僕の導命眼が疼く!!

「ハァ、ハァ、ハァ……」


 無数の鳥居を潜りながら、星司は全速力で走っていた。

 無限鳥居の中は、鳥居と足元の石畳で区切られた範囲以外が、マーブル模様の空間で満たされており、時折、見知らぬ場所の光景が表面に映り込んでいる。


『ククク、慌てず走れよ。

 外に落ちたら、オイラでもヤバいからな』


「見れば分かりますよ! というか、後ろの道が崩れているんですが!?」


 ゴ……ゴゴ、ゴシャッ……ゴゴ……。


 潜って来た鳥居が次々と崩壊しながら、あいだにあった石畳の道ごと消えていく様子に、星司の精神は動揺が続いていた。

 継続する状況の変化に追い立てられて、落ち着く暇がないのだ。


『経費削減だそうだぜ』


「経費ッ? ですかッ?」


 抱いているマタの説明に、星司が息を乱しながら尋ね返した。


『まぁ、落ち着けよ。鳥居の崩壊には十分な余裕があるからな。

 もう少し、ペースを下げても大丈夫だぜ』


 泰然としたマタの様子を見た星司の精神が、急速に落ち着いていくと、走り方も安定し始めた。


「ふぅ……はぁ……」


『あ、すいません。念話も忘れてましたね』


『……もう落ち着いたのか? 本当によく分からないガキだぜ。

 まぁ、揺れが減ったからイイんだけどな』


『お騒がせしました。まさか、移動に時間制限があるとは思ってなかったです』


『"無限鳥居の社"ってのは、見ての通り龍脈を流れるチカラの中を移動する道を創る、結界系超大規模秘術なんだが……最初は道が全部繋がっていたんだぜ。

 ソレが、需要と供給とかいうヤツで伸びに伸びてな。なっちまったのさ。

 全然、無限じゃねぇが、全国に張り巡らせて一斉に使うなら、妥当な方法ではあるな』


『ちょっと安全性を妥協し過ぎな気もしますが、確かに、このくらいのペースなら無理はなさそうですね。

 正直、『転けて落ちたらどうなるのか』は考えたくないですが……』


『ククク、虹色に歪んでいる空間に落ちるのは、まだマシだぜ。

 人界か、異界か、世界のどっかに飛ばされるだけだから、運が良けりゃあ生き残れる』


 マタの言葉にチラリと横を見れば、マーブル模様の歪な空間には、海底の美しい珊瑚礁、火山の火口内、古びた廃墟などの景色だけでなく、恐ろしい形相の鬼や巨大な蜘蛛の怪物といった"神秘"が垣間見えていた。


『映っている場所に落ちるとも限らねぇって話だから、ふらふらと近寄るなよ?』


『やっぱり落ちた人がいるんですね』


『そりゃあ、いるぜ。ダメって言われたら入るのがだからな。

 まぁ、生還率は半分程度らしいが、この規模の"神秘"に突っ込んで、生き残る目があるだけ、上等だろうよ』


『あはは。確かに、これだけ凄まじいチカラに飛び込んで、無事に生きている人達がいるっていうのは、僕にはちょっと信じられないですね』


『もし、何かの拍子に落ちるコトになったら、安全そうな景色が重なっている場所を狙うと、一応、生還率が高いらしいな。

 ……だが、偶に見える真っ黒な空間に落ちるのだけは、絶対にダメだぜ。帰還率も完全に零だからな』


『真っ黒な空間ですか?』


『あぁ、稀に現れるんだが、アソコにはのさ。

 オイラの予想通りなら、産まれる前の"神秘"そのモノ……距離も時間も曖昧だから、脱出も不可能だろうよ。

 そもそも霊格の高い存在じゃなけりゃあ、一瞬だって存在を保てねぇぜ』


 マタの警告に星司は改めて周囲を確認したが、鳥居と石畳の外は全てがマーブル色に染まっていた。


(どうやら真っ黒な空間というのは見当たらないようですね。

 そういえば、今朝の【霊視眼】でも霊力の流れを視ましたが、あれは龍脈だったんでしょうか?

 あれ? そうだとすると、あの龍脈の深い底に眠っていたモノは……あぁ、確かあそこも真っ黒な空間だったような……)

 

 星司がソレを思い出そうとした瞬間、


──ズキン!!


 唐突に右眼が強く疼いた。


「くっ!?」


『んニャ? どうかしたのか?』


「右眼が……これは赤い道? いや、逃走経路?

 何からの……あれはッ!?」


 マタの疑問に応える余裕もなく、星司は右眼が激しく疼きながら視界に映す、赤く色づいた細い道筋を視つめる。

 ソレが何を示しているのかを時間差で理解した星司が、咄嗟に振り返ると、崩れゆく無限鳥居の遥か後方に黒い点のようなシミが見えた。

 見えて、視えて、


──ズキン!!

 

 そして、星司はことを確信した。


「おおぉぉぉ!?」


『ニャン!? おいおい、一体なんだってんだよ!?』


 咄嗟に前へ向き直り、必死で走り出した星司にマタが驚きながら詰問する。


『……あの、後ろから、来てるみたいです』


『……来てるって、ナニがだよ?』


『僕には分かりませんが、マタさんはわかりますか?』


 自分がナニに視られたのか、全く分からない星司は、マタを肩越しに後ろへ向かせる。


 …………。


 そこには崩壊する無限鳥居の破片を、吸い寄せるように呑み込んでいく虚無の穴がポツンと開けられており、音までも吸い寄せているのか、いつの間にか崩壊音が聞こえなくなっている。

 そして、その虚無の穴は明らかに大きさを増し始めていた。


「ニャ、ニャーン……」


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 猫の鳴き声と乱れ始めた呼吸音が、崩壊する無限鳥居と共に、虚無の穴へと吸い込まれていく。


『『…………』』


 星司に無言で抱え直されたマタが、何かを諦めた表情で告げた。


『……そうかよ、分かったぜ。

 イカれたフラグを回収しかけてるってコトがな!!』


『……え? あ、あれって、もうですか? さっきの今ですよ!?』


『オイラが知るかよ!? 予想の一万倍は早いんだから、仕方ねぇだろう!?

 クソッたれのが……ソレも破片が寄生したマガイモノじゃなくて、本体が出張ってくる? イカれ過ぎだぜ!?

 ……ココじゃあどうしようもねぇな。

 取り敢えず、オイラが走るから、ジッとしてろよ!』


 トンッ!

 と、素早く態勢を整えたマタが、軽く星司の胸を蹴って、斜め前方へと飛び出す。


『〔化けて運んで猫車〕』


 そして、空中でクルリと回転しながら、マタが呪文を唱えると、


 ドロンッ!

 と、その場を白煙が包み込むが、一瞬で内側から突き破られるように吹き飛ばされた。


 すると、そこには、


 ドルンッ! ドルルルンッ!!

 と、炎を纏うタイヤが回転し、四気筒から薄緑色の妖気を噴き出す、三毛猫模様の大型バイクが併走していた。


「なッ!? ……おおッ!?」


 驚いた星司が転びそうになるが、ヒョイと身体が勝手に持ち上げられて、バイクの座席へと運ばれる。

 反射的にハンドルを握りながら、星司は叫んでしまった。


「カ、カッコイイ!!」


『ククク、コレはオイラの、【化猫妖術】〈ネコグルマ〉──ニャンジャ変化の術、だぜ』


 向こう傷がデフォルメされたマークを付けたカウルの下で、自慢げにライトを点滅させながら、バイクに化けたマタが告げた。


『セージ、しっかり捕まってろよ!!

 ……さて、逃げるとするか!!』


 ブオン!! ドウッ!!


 星司が姿勢を低くしてバイクにしがみつくと、四気筒から噴き出していた妖気が発火して、ロケットのようにバイクが加速していく。

 凄まじい速さで進むバイクの前方には、無限鳥居が超高速で創られている。


『鳥居が……』


『無限鳥居は石畳に触れている存在に合わせて構築されるからな。

 お前さんとオイラじゃ、色々と基準が違うんだが……しっかし、参ったぜ』


 、バイクが飛ぶように進んでいく。

 そして、真っ黒い穴のような空間を遥か後方へ置き去りにしたマタが、疲れたようにボヤいた。


『アレは何なのですか?』


でもねぇな』


『え?』


『言っただろう? あの真っ黒い空間には、ってよ。

 アレは混沌とか、虚無とか、呼ばれているが……ナニかになる前の、チカラですらない、『ナンでもねぇモノ』だな』


『混沌……虚無……、それが何で襲ってくるんですか?』


『悪りいが、流石のオイラにも理由は分からねぇな。

 だが、稀に混沌を呼び寄せるヤツらが現れるんだよ。

 そして、そいつらからは、独特のニオイがするんだが……』


『僕からも、その混沌のニオイがする訳ですか……』


『……その通りだぜ、って言えれば、簡単なんだがなぁ? セージの場合は、微妙に違う気がするんだよ。

 だから、オイラはココにいるのさ。

 つまり、お前さんは混沌に似たニオイがする、今日初めて"神秘"に触れた、混沌に追いかけ回される少年ってワケだな』


『……イカれたガキですね』


『ククク、全く同感だが……おいおい、ついでに、この道も仲良くイカれたらしいな?

 どうやら目的地へは着きそうにねぇぜ』


 延々と真っ直ぐ続いていた無限鳥居の道が、大きく右へと曲がっていた。


『無限鳥居が壊れちゃったんですか?』


『どうだろうな? 稲荷のヤツらが異常を察知して、混沌を社から遠ざけてるのかもしれねぇぜ』


 星司は無限鳥居の異常を見て、咄嗟に振り返ってしまった。

 そして、バイクに乗る前と変わらない位置にある真っ黒い穴を視ることになった。


(あれ? 距離が変わっていない? この速度に追いついて来たということですか!?)


『おいッ!? アレをあまり視るんじゃねぇ! 魂ごと引き込まれちまうぞ!!』


 マタの警告で前に向き直った星司の表情は、硬く強張っていた。


『すいません。アレが気になって……いや、そんなことより、追いつかれそうになっていますよ!?』


『焦るんじゃねぇよ。そんなことは、とっくに承知済みだぜ。

 オイラ達は加速して距離を離したすぐ後から、アレに空間ごと引き寄せられてんだよ。

 だが、あの距離からは近づいて来ねぇ。

 ……意味は分からねぇが、まだ危険ってワケでもねぇぜ』


『……僕達を観察している?』


 ふと、星司に『視られていた』感覚が蘇った。


『アレに意思があるのかは分からねぇが、そうなのかもな?

 だが、じゃあねぇぜ』


『あはは。混沌が視ているのは、ってことですね』


『ククク、イカれたヤツには、イカれたファンがってことだな』


「……」


『……』


 僅かな沈黙の間に、星司は理解した。

 そして、星司が理解したことを、マタも悟っていた。


「……僕があの穴に飛び込めば、マタさんは助かるってことですよね」


 星司はバイクにしがみついたまま、囁くような声を出して言った。


『どうだかな? まぁ、アレはオイラのことは気にしてないだろうから、目的を果たして消える可能性はあるぜ。

 少なくとも、このバイクは追って来ねぇだろうよ』


「……それなら、十分意味がありますね」


──スゥ……。

 と、ハンドルを握る星司の手から力が抜けていく。


 しかし、その身体がバイクを離れることはなかった。

 星司を引きつけるチカラが常に働いているからだ。


『おいおい、自己犠牲なんてモンは、イカれちゃいねぇが、ツマらんぜ?

 そんな結末なんぞ、意味はあるかもしれねぇが、オイラにとっちゃあ、価値がねぇ』


「マタさんにとっての価値ですか?」


『おうよ、のさ。

 ……"神秘"ってヤツは、諸説あるモンだろう? ある話じゃ死んじまった悪人が、別の話じゃ改心して幸せに暮らしてやがる。

 人界の"認識"に依存しているオイラ達みたいな『この世ならざるモノ』ってのは、その在り方が酷く移ろいやすいんだぜ?

 だから、古い"神秘"ほど在り方を変えねぇんだよ。積み重なったモノが、見届けてきた結末が、自分だけの本質となるってことを知っているからな』


『僕を犠牲にする結末は、マタさんの在り方ではないんですね』


『そうだぜ。そんなツマらねえ筋書きを認めたら、オイラの在り方に価値が無くなっちまうのさ。

 オイラは流行りモンにはうるさいが、表面を変えても、芯の大事なところを変えたことはねぇんだよ。

 ソレを変えた時、オイラは、オイラじゃねぇ化け猫になっちまうからな。

 そんな終わり方じゃあ、祟るに祟れねぇってモンだろう?』


「……そうですね。確かに、終わり方は、僕も嫌です。

 足掻きもしないで、安易な犠牲になるなんて脇役根性が過ぎました」


『ククク、そういうことだぜ?

 折角、お前さんも"神秘"溢れる世界──この世ならざる舞台に上がったんだ。

 主役を張れとは言わねぇが、舞台に齧り付く程度の根性は見せてくれなきゃ、応援し甲斐がねぇってモンよ』


「はい。、どうせなら命掛けで足掻いてみます」


──ズキン! ズキン!!


 星司が最後まで足掻くことを決めた瞬間から、右眼の疼きが再び強まり続けていた。

 その"眼"からは、黄金の粒子がまたたく薄青い輝きが、煌々と放たれ始めている。

 そして、視界に視えていた道筋に変化が起こっていた。


(これはッ!? ……もしかして、が視えているんですか?)


 様々に色づいた道が、無数の道筋に枝分かれし始めたのだ。


 緊急事態のせいか、"記憶"から上手く知識を浮かべることが出来ず、星霊の姿も分からなかった。

 しかし、ソレが可能性を示す道であることだけは理解できていた。


「〔求めよ、さらば示されん〕」


 一瞬だけ、幼い少女が彼方へと指を差し示す幻影が浮かぶ。


「どうせなら一番面白い道を行きましょう。〈ライト・ロード・トゥ・トラブル〉」


 右眼の視界を超えて光の道が顕れる。


『ほう。こいつはセージの秘術か? よくもまぁ、次から次へと……』


 呆れるマタに、ハンドルを強く握り直した星司が告げる。


「この道の上を走ってください」


『速度は?』


「全速でお願いします」


『あいよ。舌噛むんじゃねぇぜ?』


 ドウンッ!!


 四気筒から爆音が発生し、勢いを増した炎の色が赤から鮮やかな緑へと変わっていく。


 凄まじい加速に星司は姿勢を限界まで低くする。空気抵抗に顔を顰めながら、右眼だけが爛々と輝いていた。


『あぁ、そうなるのか……』


「なるほど。……後ろにも居ますよね?」


 大回りに右へと曲がっていた無限鳥居の遥か先に見覚えのある黒い穴が見えていた。

 その穴は、星司が振り向いた時の十倍近く拡がっている。


『空間が歪んでるんだろうよ。で、このまま進んでイイんだな?』


「……アレを視てから、ずっと、右眼が疼いてるんです。

 この光の道が視えてからは、急かすようにもっと強くなりました。

 この右眼が、【導命眼】が導く先へ……求めるモノがあるならば、先へ進めと疼いているんです」


『ククク、お前さんは混沌よりも厄介なモンに憑かれてるらしいな。

 本当にイカれたガキだぜ。……だが、仕方ねぇな』


「はい。仕方がないんです」


「『右眼が疼くなら、仕方がない』」


 無限鳥居の果て、始点と終点が真っ黒い穴へと呑み込まれる直前に、星司を乗せたバイクが、鳥居と鳥居の間を抜けて、石畳から飛び出した。

 斜め前方へと高速で進みながら落ちていくバイクは、真っ黒い穴の影響範囲からギリギリ外に出ている。

 しかし、真っ黒い穴から、細長い触手のように穴そのものが伸び始めた。


『んニャ!? なんだアレは!? 絶対、混沌にも意思があるじゃねぇかよ!! だが……』


「えぇ、混沌が何かは分かりませんけど、このバイクにはギリギリ届きませんね」


 ドウンッ!!


 落下しながら、ダメ押しに炎噴き出したバイクは、真っ黒い穴の触手を置き去りにして、徐々に虹色の空間へと落ちながら消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る