僕のフラグが立つ!!

『レトロゲームが故障しやすいというのは、異界ができるからですか?』


 店員が去った後、ゲームセンターの出口へ向かいながら、星司は肩に乗っているマタへ尋ねた。


『んニャ? まぁ、そうだろうぜ。

 このゲームセンター自体も瘴気を集めやすい立地にあるんだが、そもそも古いモノは"神秘"を集めやすいからな』


という時点で、異界になりやすいんですね』


『あぁ、『古いモノは憑かれやすい』と、誰もが考えるだろう?

 コレだけ想念が渦巻いてる場所なら、異界以外でも、呪いやら地縛霊やらと"神秘"には大人気だろうぜ。

 とはいえ、憑いた"神秘"を十年、二十年と放置しなけりゃ、気分が悪くなりやすいだとか、頭痛を感じるとか、人界への影響なんぞ大したことはないけどな。

 そう考えると、故障が多いのは、退魔士が早めに対処している証拠ってコトかもな』


『あぁ、なるほど。確かに、そういうことかもしれませんね』


 話している間にゲームセンターから出た星司は、人気のない場所へ移動してから、マタを落とさないように頭を下げて礼を伝えた。


『マタさん、妖魔退治のご指導ありがとうございました』


『ククク、初見で妖魔を殴るイカれっぷりを見せてくれたと思ったら、店員を探したり、猫に頭を下げたりと、丁寧で律儀な姿も見せてくれる。

 相変わらず、人間の多面性ってヤツは面白いモンだぜっと』


 スタッ。

 と、肩から軽やかに降りながら、マタは愉快そうに笑っていた。


『まぁ、イイってことよ。

 詳しくは言えねぇんだが、オイラにも、オイラなりの理由があるからな。セージが気にする必要はねぇのさ。

 というか、お前さんがイヤだと言っても、暫くは世話を焼くつもりなんだぜ』


 そして、先導するように歩きだしながら、なんでもないことのように、レッスンの継続を星司へ告げるのだった。


「え!?」


 その思わぬ言葉に、星司は驚きが声に出てしまった。

 歩きだしていたマタは、その声を聞いてチラッと振り返ると、不機嫌そうに尋ね返す。


『なんだよ? お前さん、本当にイヤなのか?』


 星司がマタを追いかけながら、慌てて否定する。


『全然、嫌じゃないですよ!?

 寧ろ、僕の方がマタさんにお願いしたかったくらいですけど……てっきり、このレッスンで終わりだと思っていたので……。

 まだ、僕を助けてくれるんですか?』


『ニャン? まだ、というより、まだまだ、だな? 最初に『レッスンをしてやる』って言っただろう?

 セージは既にオイラの弟子……は人間じゃ無理だから、教え子なんだぜ。

 たかが、最下級の異界を潰したくらいで、オイラみたいな化け猫の教え子から卒業できる道理があるもんかよ』


『……そう言われれば、そうですね、としか言えませんけど、僕はマタさんに何も返せませんよ?』


 マタの知識やチカラが途方もない高みにあることを、既に星司は察していた。

 そのマタから『中途半端に教えて終わる訳がないだろう』と言われれば、納得する以外にできることはなかった。

 しかし、対価もなく甘え続けるのは、星司が子どもで未熟だとしても気が咎めた。例えマタに何かしらの目的があるとしてもだ。


『おいおい、これだけしてくれたじゃねぇか? 野良は身嗜みが大変だから、ありがたかったぜ。まぁ、暫くモフられるのは勘弁だがよ』


『ええ? 【モフリ眼】が対価でいいのですか?』


──ズキ……。


 右眼が僅かに疼き、一瞬、満面の笑顔でサムズアップする巨漢の男の幻影が浮かぶ。


『あぁ、偶に、月に一回……いや、二回くらい頼むぜ。あ、その時はもう少し優しくな?』


『え? 本当に? まぁ、なんだか二回目以降も、"猫の集会場"に行けば、勝手に発動しそうですけど……』


『なら、他の猫共も一緒によろしく頼むぜ。

 まぁ、レッスンの対価なんてそれで十分なんだよ。なにせ、お前さんに構うのは、オイラの理由が半分、暇つぶしが半分ってところだからなぁ。』


『暇つぶしは構いませんけど、マタさんの理由ですか……』


『ククク、思わせぶりに引っ張って悪いが、オイラくらいになると、で捻じ曲がっちまうモンがあるんでな』


『あぁ、なるほど。フラグとか、言霊とか呼ばれているヤツですよね』


『おぉ! よく知ってるじゃねぇか。そういうこったぜ。

 何もなきゃ、お前さんが寿命で死ぬまで、関わらないで済むコトだからな。

 お前さんだって下手なコト聞いて、藪蛇になっちまうのは勘弁だろう?』


『……あの、『何もなければ、関わらないで済む』って、フラグじゃないですか?』


「…………ニャ、ニャーン」


 急に猫の仕種で誤魔化しながら、マタが駆け出し、少し先にあったビルの地下へと階段を降りて行った。


「あ、……フラグ、立ったんですね」


 思わず確信が声に出てしまった星司には、右眼に頼らずとも、自分の未来で起きる回避不能のが視えた気がした。


(よく考えるまでもなく、【星霊眼】なんて異常な能力を手に入れて、何も起きずに生きられる筈がないですよね)


 星司は漫画や小説などで、特別なチカラを持った存在が、波瀾万丈な人生を送ることを"認識"していた。


(現に今日だけで、"神秘"を視て、マタさんに会って、異界に行って、猫をモフって、妖魔を倒して……それだけやっても、まだお昼になったくらいですか? ……あはは、ゴールデンウィークを生き残れるかも怪しいですね)


 だから、な少年のな判断によって、この先に待つ危険性をと受け入れていた。

 強靭な精神力で動揺を消し去り、昨日までの『平凡な少年の本質』を"神秘"に属する世界で維持している。

 そのすらも受け入れながら、[星霊石]の器たる少年は、猫を追う。


(幸いにも、それほど疲れてはいませんが……あれ? 星一兄さんじゃあるまいし、僕にこんな体力はなかったですよね?

 ……あぁ、なるほど。右眼が輝いて身体能力が上がっていた時に、体力も回復していた訳ですか。……兄さん、僕はいつの間にか疲れ知らずの鉄人になってましたよ)


 星司が自分のタフさに内心で驚きながら、階段を降りていくと、ビルの地下に出店しているバーの前にマタが座って待っていた。


『ゴホン。それじゃあ、次のレッスンへ行くために、この店に入るぜ。

 ちょいとチカラを込めねぇと、この扉は開かねぇから、オイラの後に着いてこいよ』


 星司の到着後、マタは何事もなかったかのような態度でそう告げると、『閉店中』のプラカード掛かった扉を向いた。


 ガチャリ。

 と、扉が自然と開いていく。


『コレが本当の〈ネコノテ〉だぜ』


『念力みたいで便利そうですね』


『ククク、まぁ、便利のは間違いねぇけどな。

 本来なら、物理的な結果を起こす秘術ってのは、修正力による減衰がヤバい。

 異界でビルを丸ごと浮かせるような秘術を使って、精々が猫一匹浮かせるのが限界だった、なんてこともあり得るんだぜ?』


『うわぁ、人界で超能力者と手品師の違いが分からない訳ですね……』


『ところが、化け猫のオイラが、上手いこと猫の腕力くらいにチカラを調節すると、なんでかほとんど修正されずに秘術を使えちまうのさ。

 裏技みたいなモンだが、獣型の"神秘"はコレを覚えないと不便で仕方ねぇんだよ』


『なるほど。人間社会で暮らすなら、の代わりが必須でしょうね』


『そういうこったな。それと残念だろうが、人間には裏技が適応されねぇぜ』


 そう告げて、マタは扉を潜って行った。


『え? ……あぁ、なるほど。人間の念力は"神秘"という"認識"が強いんですか』


『そういうことだな。"認識"の主体が人間である証拠とか、誰かに聞いた気がするぜ』


『確かに残念……あ、少しだけチカラを感じましたよ?』


『ソレがオイラのチカラ──の感覚だぜ。覚えておけよ』


 マタの後に続いて扉を潜る際に、星司の霊感が薄っすらとしたマタの妖力を感じ取っていた。

 そして、完全にバーの中に入った星司は、室内の様子に違和感を覚えた。


『暗いですね? いや、明かりがないんですか?』


『おっと、〔化けて燃やして猫焔〕』


 マタが呪文を唱えると、壁際に複数の火の玉が現れた。


『【化猫妖術〈ネコホムラ〉】ってな。

 お前さんも無意識に使ってたみたいだが、今の言葉は呪文や真言なんて呼ばれてる、秘術を補助する言霊の一種だぜ』


『おぉ、凄いです!! 宙に浮かぶ火の玉なんて、ザ・妖術って感じですね!!』


『……セージ、褒めてくれるのはありがたいが、目からビーム出すヤツに火の玉を褒められると、微妙な気分になるんだぜ?』


 明るくなったバーの中は、ワンフロアだけしかない無人の空間だった。それどころか、床の全面が石畳となっていて、バーとしての内装が存在しなかった。

 その代わりとして、この薄暗い場に似つかわしくない、神聖な気配を漂わせる存在が、フロアの中央に置かれていた。


「ビームと火の玉は別物だと思いますが……それは置いておいて、こんな場所におやしろがなんであるんですか?」


 無人であることを確認した星司が、目の前にある小さな鳥居が飾られた社について、声を出してマタへ尋ねた。


『ほう、社が分かるのか。最近のガキは色々知ってるから、説明が楽だぜ。

 コレは"稲荷の無限鳥居"に繋がる社、龍穴の関所でもあるな』


「無限鳥居に龍穴の関所ですか……?

 稲荷ということは、狐さんの異界ですよね?」


『まぁ、稲荷の狐共が管理している異界ではあるな』


 頷くマタに星司は予想を続ける。


「龍穴は……確か、パワースポットとか、龍脈がどうこうという話を聞いた気がします。

 だとすると、関所なら通行できる道が続いている訳で……あぁ、猫の道みたいな場所ということですか?」


『ククク、なかなかイイじゃねぇか。

 ほぼ満点だな。ココは龍脈に沿って長距離移動するために創られた異界の入口だぜ。

 猫の道より遠くへ行けて、手形さえあれば誰でも使えるってんだから、ナカナカ便利なモンだろう?』


「誰でも使える転移装置ですか? 便利なんてレベルじゃないですね」


『まぁ、その分だけ対価も必要だがな』


 そう告げると、マタは何処からともなく美しい装飾がされた木の手形を空中に浮かべた。


「え? 何処から……アイテムボックス?」


『最近の若いヤツは、直ぐソレだよな。

 ちょいと昔は、猫で秘密の道具とくれば、ポケットだったんだぜ?

 まぁ、オイラの〈ネコブクロ〉は腹に付いているワケじゃねぇけどなっと』


 マタがぼやきながら、妖力を込めると、宙に浮いた手形が眩く輝き出す。


「ッ!?」


 星司の視界が白く染まった。



 溢れた光が消えると、目の前には巨大化した社と鳥居が建っており、背後には鬱蒼とした森が広がっていた。


「神社と森、ですか……?」


 室内だった時の面影は、足元の石畳だけであり、星司達が立っている場所から舗装された道のように鳥居と社を繋いでいる。

 そして、星司が驚きながら、背後の森を見回していると、


『いらっしゃいだコン!』


 急に見知らぬ思念が頭に響いてきた。


「え!? ……あ、お邪魔してます」


『よう。世話になるぜ』


 慌てた星司が神社側に振り返ると、いつの間にか、鳥居の傍らに飛行機の客室業務員が着ているような服装をした狐が座っていた。


『手形を確認するコン』


 狐は星司達に近づいて来ると、何もない空中に水晶球を出現させて、マタが浮かべている手形と、見比べ始める。

 そして、何かを確認して満足気に頷くと、星司達に告げた。


『確認したコン。"天原八百万街アマノハラヤオヨロズマチ"行きの往復二名コンね。

 出発は五分後、支払いは霊子マネーでいいコン?』


『お、早いじゃねぇか。支払いはカードで頼むぜ』


 マタが今度は、空中に黒地に銀のラインが入ったカードを取り出すと、狐が出現させた水晶球へと触れさせた。


『支払いを確認したコン。お忘れ物ないようにお願いするコン』


 狐はペコリと、頭を下げてから鳥居の傍らへと戻っていく。

 マタは手形と黒いカードを一瞬で仕舞うと、狐を無言で見送っている星司に視線を向けた。


『昔は稲荷寿司でもイケたんだが……。

 妖怪、神、退魔士と、最近はどこもかしこも霊子マネーでカード払いだぜ。

 オイラも流行りにはうるさい方だし、便利でもあるんだが……化け猫と稲荷の取り引きとしては、ちょいと情緒がねぇよな?』


「霊子マネーですか? さっきから驚き過ぎて、よく分かりませんけど……妖怪さんや神様が、僕の想像よりも百倍くらい文明的なことは理解できました」


『"神秘"は人界の"認識"に影響されるが、別に従属しているワケじゃねぇからな。

 カガクで出来ないことを秘術で誤魔化して、退魔士協会が人界の技術を先取りすることも珍しくはねぇぜ。

 まぁ、新しいモノほど人界の影響が強く、古いモノほど"神秘"に馴染むから、好き勝手できるワケでもねぇんだが、狐や狸共はカガクを盗むのが趣味みたいなモンなんだよ』


「なるほど、科学を盗むですか……。

 確かに狐さんの姿を見ると、此処は空港を真似た異界のような気がしますね」


『見た目とチグハグだが、異界の役割としてはその通りだな。

 それとココはバーに偽装された表のドアが、妖力だけに反応する仕組みになっているから、一般人どころか、退魔士もほとんど入れねぇんだぜ?

 つまり、オイラみたいな妖怪系の"神秘"にとっては、安全な専用空港ってコトさ。

 あの稲荷共は退魔士や他の種族用も創ってエゲツなく稼いでいやがるから、対価を払うのが、ちょいとイラつくけどな』


「妖怪専用なら、僕が使ってもいいんですか?」


『入るのが難しいだけで、使うのが禁止されてるワケじゃねぇから構わねぇよ』


「あぁ、だから、狐さんが何も言わなかったんですね」


『ククク、あの稲荷の粗末な分霊は、規則に従うロボットみたいなモンだから、セージのことなんか気にもしてねぇさ』


「え? ロボットなんですか?」


『似たようなモンだな。ギリギリの効率を狙ってやがるから、決まったコト以外はしねぇ筈だぜ。

 まぁ、ホンモノが偶に化けたり、隠れて巡回しているから、この異界でアホなコトをすれば、ヤバい結果になるだけだがな』


「なるほど、稲荷の狐さんなら強そうですから……ッ!? これは!?」


 マタと話していた星司は、唐突に異界を満たした、膨大なチカラの波動を感じて絶句した。

 慌てて発生源に目を向けると、鳥居の内側が虹色に染まったマーブル模様の空間となって歪んでいる。


『……おっ、すぐに無限鳥居が繋がるから、急いで鳥居を潜るぜ。

 あぁ、イカれたお前さんが、中で離れるとマズいかもな……取り敢えず、オイラを抱えて進んでくれよ』


 ピョイ、モフ。


 飛び込んできたマタを反射的に抱き留めた星司は、驚いて尋ねる。


「え? あの鳥居、凄い色をしてますよ?」

「アレはもうすぐ、安定するぜ。

 だが、繋がる時間が短いから、すぐに入らなきゃいけねぇのさ」


 そうマタが応じたのと同時に、鳥居の向こう側が再び視認できるようになった。

 しかし、後ろにある筈の社は見えず、石畳で舗装された道と幾つもの鳥居が、延々と続いているのが見えている。


『おい、急げ!!』


「ッ!? はい!! お邪魔します!!」


『行ってらっしゃいコン〜』


 狐の気の抜けた声に送られて、星司は鳥居を潜り抜けた。


 鳥居の内側は、一分程度で再びマーブル模様に歪むと、走る星司の後ろ姿が消えて、元の社に繋がった状態へ戻ってしまう。

 そして、異界を満たしていた波動の影響が収まると、分霊の狐も消えており、その場には静寂だけが残っていた。

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