僕のゲーミング眼が疼く!! その3


(ベガットでしたっけ? 眼帯に親近感が湧いてきますが、ゲームのラストステージでは全ての攻撃が凄い威力で、瀕死にまで追い詰められた強敵です。

 もし、能力がそれなりに再現されているなら、油断はできませんね)


『フハハハハ!!』


 ラスボスがゆっくりと立ち上がり、両腕を組んで笑う。その仕種はゲームの演出と全く同じであった。


「あぁ、なるほど。分かりやすいですね」


『ククク、妖魔ってのは半端なことをしやがるだろう?

 基本的に弱い妖魔ほど頭が悪いのさ。

 ……いや、取り込んだ概念に影響され過ぎると言った方が正しいかもな』


「本当にゲームそのままですね。

 概念……人界の"認識"でカタチを創ったなら、ソレを模倣するのは必然ですか」


 ラスボスが演出通り玉座から階段を降りてくると、BGMが一際盛り上がることで戦闘の開始を告げるのだった。


 BGMへ合わせてラスボスと同時に動きだしながら、星司は反省していた。


「あまりにゲーム通りなので、思わず演出を待ってしまいました」


『微妙に異界から干渉されてたな。

 なんとなくの気持ち程度だが、演出を邪魔させないための強制力ってヤツだぜ』


「結構怖いチカラですね……。

 ですが、ゲームを再現して瀕死にされる訳にはいきませんからね。此処からは忖度なしで、勝たせてもらいます」


『おお、あと一息だからな。最後まで油断するなよ!』


「はい、いってきます!!」


 気合いを入れ直した星司が間合いを詰めようとすると、妖魔から強烈な黒いエネルギーが放出される。


『サイコショット!!』


「おっと、ベガットの技を再現したようですが、しゃがんだら避けられるのは、ゲーム通りの欠陥技ですね」


 【ゲーミング眼】が見極めた軌道をすかさず避けた星司は、再び間合いを詰めるながら、リーチが長いラスボスからの打撃攻撃を丁寧に防御していく。


『フッ! ハッ!』


 ゴッ! ゴッ!

 と、星司が想像していたよりも鈍くて大きな音が響くが、音に反して衝撃はほとんど感じられなかった。


(……やっぱりゲームの設定が僕にも反映されていますよね。打撃攻撃を防御してもダメージがありません。

 異界の特性もありそうですけど、恐らく【ゲーミング眼】が主な原因ですよね。

 というか、ゲーマさんの姿が完全に武術家リョウの色違いになってる時点で間違いないでしょう。

 まぁ、ソレは後で考えればいいのですが、流石に強化されたラスボスは強いですね。

 攻撃モーションがゲームの時よりフレーム単位で早まってますから、隙が少ないです。

 強引に攻めれば倒せそうですけど、妖魔を倒すレッスンとしては減点確実でしょう。それにどうせなら、ゲームでは失敗した完勝を狙いたいですからね)


 星司は防御を固めながら、ほとんど攻撃せずに間合いを少しずつ詰めることで、弱攻撃のコンボから呪文コマンドに繋げていくパターンを狙う。

 そして、ラスボスが突進技を発動するモーションを始めた瞬間、


 ガッ! ゲシッ! バゴォ!!


『サイ、ゴッ!? グガッ!?』


 再び、流麗な左右のワンツーからの回し蹴りコンボが決まり、


「〔↓↘︎→+パンチ〕〈星霊天響波〉!!」


 続けて、リョウゲーマの幻影を浮かべながら、星司の掌底からエネルギーが放出される。

 しかし、ラスボスは怯みからの立ち直りが異常に早く、大きく跳躍して〈星霊天響波〉を避けてしまう。


(コンボが!? ……ですが、コレも想定内です!!)


「〔→↓↘︎+パンチ〕」


 その瞬間、ラスボスの動きが、空中で不自然に硬直した。

 レトロ格闘ゲームにおける空中ガード不可の概念が、防御しようとしたラスボスの動きを制限したのだ。


「今です!! 〈星、霊、しょーうてーんけーい〉!!」


 絶妙に技名を伸ばながら叫んだ星司が、黄金の粒子が瞬く青白いエネルギーを放出させて、空中へと飛び上がる。


 〈星霊昇天勁〉とは、中国拳法の鉄山靠てつざんこうに似た体当たりを斜め上方に放つ対空迎撃技であり、星司はリョウゲーマの幻影とブレるように重なりながら、高速で背中から突進することで、ラスボスを強烈に突き飛ばした。


『ウガァァァァァ!!?』


 ドゴォ!! ゴガッ! ズドォン!!

 と、凄まじい衝突音を残して、ラスボスが玉座を貫通しながら、勢いよく壁まで吹き飛んでいく。

 そして、強烈な衝撃を発生させながら壁の中へとめり込んだ。


 そのままラスボスは動きを停止したが、他の妖魔が倒されると消滅したのに反して、未だにその姿を保っていた。

 さらに、その身体からは黒い瘴気が……、


『オォォ……!!』


 ズン!!

 と、唐突に辺りを不可視のプレッシャーが襲った。

 ソレは霊格が急激に上昇した際に漏れ出した余波であり、霊圧とも呼ばれるそのものであった。


「なにがッ!?」


『おっと、を引いたか?

 最下級で発動するのは珍しいんだが……アレは妖魔名物の【瘴滅相しょうめつそう】って秘術だな。

 瘴気を限界以上に吸収しながら暴れまくる強化形態で、暴走モードとも呼ばれてるぜ』


「ボスの第二形態ですか……」


『ククク、その通りだな。放っておけば勝手に崩れて消滅するんだが、それまで再生し続けるから厄介なんだぜ。さぁ、どうする?』


 意地悪く笑う化猫に、右眼を限界まで輝かせる少年は、ハッキリと答えた。


「動きだす前に潰します。暴れる前に倒します。再生する前に消滅させます。

 妖魔への忖度は、ないです。

 そして、そのための準備は、既に終わっています」


 開眼能力は"星霊の記憶"によって構築されたチカラであるが、能力が不変という訳ではない。

 【ゲーミング眼】はその典型例であり、地球の格闘ゲームという概念を取り込んで能力を発動している。

 そして、その概念の取得先は星司の根幹である魂の"記憶"なのだ。

 無論、星司がそうであるように無制限な概念の取得など不可能であるが、既に取り込んだ概念と関連性が深ければ、取得の難易度は劇的に低下する。


「〔↓↘︎→↓↘︎→+パンチ〕」


 つまり、とある格闘ゲームの後継シリーズにおける"超必殺技の概念"を取得することも可能なのだ。


「必殺技ゲージの消費は三本です!!」


 星司の背後に派手なエフェクトを纏ったリョウゲーマの幻影が浮かび、身体の動きに合わせて光の残像が発生する。


「〈開眼〉!!」


 凄まじいチカラが右眼に収束される。


「〈星霊〉!!」


 そして、その集まったエネルギーが放出されようとした瞬間、


 スタッ。

 という軽やかな着地音と共に、何者かが星司の右隣に現れた。


「ッ!?」

 咄嗟に振り向こうとした星司は、


──ズキ……。

「……くっ! 〈天撃光〉!!」


 疼きと共に【ゲーミング眼】から強く促されたことで、そのままラスボスへと全力の〈開眼:星霊天撃光〉を放つのだった。


 カッ!! ドシュウゥゥゥ!!

 キュイィィン……ビカァァァァ!!


 の異なる光線が、壁から抜け出そうとしていたラスボスへ直撃する。


『オォォ……ォォ……』


 数秒だけ再生によって抗った強化妖魔は、粉々に砕け散って消滅するのだった。


──YOU WIN!! PERFECT!! CONGRATULATIONS!! GAME CLEAR!! チャララ〜。


 勝利宣告を最後に空間に流れていたラストステージのBGMが切れたが、星司が気にすることはなかった。


「……あの」


 突如現れた存在を注視していたからだ。


『gg』


 星司に向かって、ぎこちないガッツポーズをしてきた存在は、妖魔達を反転させたような白一色のポリゴンで再現されたメイドらしき姿をしていた。

 簡易化された結果、ほとんど詳細が分からない外観の中で、額に開いているカメラアイのような第三の眼だけが、異様な存在感を放っている。


「あ、グッドゲームです。えーと、ドウメキさん、ですか?」


『そうデス。新たなマスター候補サマ』


「マスター候補……、いや、どうして、貴女が此処に居るのですか?」


『ツープラトン攻撃デス』


「ツープラトン……?」


『乱入、裏ボス、ツープラトンは格ゲーのサプライズだぁ!! と、ハカセが叫んでいましタ。アイとユージョー、デス』


「……なる、ほど? ……サプライズを、ありがとうございました?」


『イエ、喜んで頂けたなら嬉しいデス。

 ……デハ、ドウメキは当機よりツヨイヤツに会いに行きマス』


 首を傾げつつ星司が感謝を伝えると、無機質ながら僅かに嬉しそうな気配の念話を返してきたドウメキは、ペコリと頭を下げた。

 そして、一旦後ろをむいてから、顔だけを振り返らせる立ち姿で、決め台詞を告げると、満足気に歪みの中へ消えて行った。


 右眼の輝きが失われていくのを感じながら、ふと、星司は気づいた。


「ツープラトン攻撃って、シリーズが違うんじゃないですか?」


 思わず口から出た疑問に、


──ズキ……。


 【ゲーミング眼】の視界が一瞬だけ、元の姿に戻ったゲーマの幻影を視せると、"記憶"が浮き上がってきた。


 コラボしたから、仕方がない。


「……あぁ、新作の格ゲーってそういう傾向ありますよね」


 納得した星司は、周囲を確認すると、いつの間にか壊れかけの玉座の上に座っているマタの下へと歩きだした。



『お前さん、なんか召喚してやがったな?』


 玉座まで移動してきた星司へ、マタが興味深そうな表情で確認した。

 すると、星司は首を傾げながらも"記憶"から理解できたことを答えた。


「そう……ですね。よく分からないんですが、僕の右眼が格ゲーの概念を利用したみたいです」


『格ゲーの概念? ……あぁ、なるほどな。

 セージの魔眼、いや、星霊術だったか? 兎に角、その右眼はゲーム特化の能力を発動していたんだろう?』


「はい。そうですよ。今回は特に格ゲー特化だったみたいです」


『あぁ、その特化した能力が、ゲームの概念を取り込んだ異界と共鳴したんだろうぜ。

 本来なら、侵入方法の時に話した同調の上位にあたる超高等秘術だな。

 イカれ過ぎもイイところだが、お前さんは異界と共鳴することで、異界に干渉するための支配権を得たのさ。

 つまり、擬似的な"異界の主"となって、妖魔モドキを創ったワケだぜ』


「また、"異界の主"ですか? でも、召喚が起きた条件は、理解できました」


 星霊であるドウメキが擬似的とはいえ、異界へ現れたのは、限定的に条件が満たされたからだった。

 その条件を理解しながら、難易度を理解できていない星司の様子に、マタは苦笑しながら説明を続ける。


『ククク、確かに、素人同然な秘術師のガキが、連続で"異界の主"になるなんて意味不明ではあるな。

 とはいえ、最下級の異界型妖魔はかなり不安定だからな。強引に支配権を奪うこと自体は難しいことじゃねぇんだぜ?

 その証拠に、今はオイラがこの異界を半分支配してるからな』


「異界型妖魔? それにマタさんが主になっているんですか?」


『いや、主にはなってねぇよ。

 まず、異界型妖魔ってのは名前の通りだな。

 人界に敵対的な"神秘"が妖魔なんだから、人界に敵対的な異界は、異界型妖魔ってことだぜ。

 異界型妖魔は、瘴気に取り憑かれた場所そのものが"異界の主"ってことが多いな』


「主はあのラスボスじゃないんですか?」


『アレは守護者モドキだぜ。そもそも、主に戦闘力があるとは限らねぇのさ。

 この異界も瘴気が集まっていたゲームコーナーが、本当の"異界の主"だろうな。

 多分、別のゲームから入っていたら、別のカタチで妖魔が生まれただろうぜ』


「あぁ、なるほど」


 星司はマタの説明に納得して頷いた。

 今回の星司達は、格闘ゲームから異界に侵入したが、仮に他のゲームから侵入していれば、そのゲームにおける敵キャラクターが妖魔となって出現していた、ということだ。

 そして、星司へ異界型妖魔の在り方を教えたマタは、壊れかけの玉座をペチペチと猫パンチすることで、注目を促した。


『そんでコレが、この異界の核だな』


「うーん、いかにもですけど、今の僕が分かりませんね」


 右眼の輝きが完全に消えてしまった星司には、霊感を集中しても、ただの壊れかけた椅子にしか見えなかった。


『ククク、【瘴滅相】の影響で、瘴気がほとんど残ってねぇからな。

 コレは余計分かり辛いだろうが、霊感を磨いていけば、その内に擬装された核でも分かるようになるぜ』


「やっぱり擬装されてるんですね」


『そりゃあ、弱点は隠すモノだろう? そういう"認識"が反映されるワケだぜ。

 とはいえ、コレはハダカも同然だけどな』


「チカラは分からないですけど、この異界の中で、異様に目立ってますからね」


 星司が確認するまでもなく、この異界内に玉座以外のオブジェクトは、ほとんど存在しなかった。


『小規模異界のだな。

 あぁ、コレのカタチにはさほど意味はなさそうだが、異界の場合、核もカタチに合ったチカラを持つから注意しろよ?

 玉座なら、魅了とか支配ってのが定番だが……今はイイか』


 そう告げたマタが、片足を掲げてチカラを込めると、その肉球へ緑色をしたオーラ──妖力が集まっていく。


『異界の核の説明で最も重要な部分は、異界が核によって構成、制御、維持されているってコトだな。

 つまり、もう壊れかけちゃいるが、異界の核である以上は、コレに直接チカラをブチ込めば、この異界の制御を奪えるってコトだぜ!!』


──ズン!!

 と、掲げられた猫足が振り下ろされた瞬間、異界の全てが揺れた。


「うわッ!?」


 倒れそうになった星司が驚きの声を上げたが、マタはそのことに構わず説明を続ける。


『勿論、同調や共鳴とは真逆で、"異界の主"と支配権を賭けて力づくの綱引きをする必要があるんだぜ?

 だから、地力がなければ不可能だし……おっと、こんな風に無理をした負荷で核が崩壊することもあるから、気をつけろよ』


 ヒラリと、玉座から星司の肩に飛び乗ったマタの言葉と同時に、玉座が砂のように崩れて消滅していく。


『というワケで、妖魔退治のレッスンは終了だな。もう直ぐ、異界が崩れるぜ』


「ッ!?」


 完全に玉座から消滅した瞬間、


──ジジ……ジ……ジジ……。


 異界全体にノイズが走り、世界の境界線が剥がれるように崩れると、星司達はゲームセンターの中へ戻ってきていた。


 星司が周囲を確認すると、レトロゲームコーナーの中で、異界の入口となった格闘ゲームのゲーム筐体だけが沈黙していた。

 電源が切れてしまったのか、ゲーム画面を映していたディスプレイが、暗くなっているのだ。


『今のは修正力ですか?』


『そうだぜ。オイラ達が異界に出入りしたコトや異界を潰したコトを、人界の"認識"に合わせて修正したのさ。

 てっきり、異界型妖魔の影響で、ココらへんのゲームは全部ブッ壊れるかと思ってたんだが、入口以外は無事みたいだな?

 余程この格闘ゲームとやらの概念に"神秘"が集中したんだろうぜ』


『あぁ、暴走、召喚、核の支配と、色々ありましたからね』


『ククク、そういうことだな。

 それじゃあ、このピコピコうるせぇ場所を出るとしようぜ?』


『あ、ちょっと待ってて下さい』


 ゲームセンターから出るよう促すマタに一言告げてから、星司は店員を探すと、格闘ゲームの故障を伝えた。

 若い店員は「レトロゲーってよく故障するんだよね」と愚痴りながら、手早くゲーム筐体に故障中の紙を貼ると、返金の確認をしてから去っていった。

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