僕のゲーミング眼が疼く!! その2

──YOU WIN!! PERFECT!!

 ゲーム画面では軍服を着た女性が倒れている。


「か、完勝ですか……」


『おいおい、今度は何の魔眼なんだよ?』


 予想外の結果で最初のゲームステージをクリアすると、星司が能力を把握するまで待っていたマタが質問してきた。


『どうやら、この【ゲーミング眼】という開眼能力は……ゲーム特化のチカラみたいです。

 さっきまでもゲームの動きはよく見えていたんですけど、比べモノにならないくらい詳細に分かるようになりました。

 特に……当たり判定? というのが分かるのが強いみたいですね。

 あとは、【モフリ眼】の時ほどじゃないですけど、コマンドを入れる指先が思った通りに動きます。……スティックの癖も触っただけで分かるみたいですね』


 説明を聞いたマタは、一瞬だけポカンと呆けてから笑い始めた。


『ククク、なんとも都合がイイじゃねぇか。

 また、モフられるかと構えちまったが、ゲームが上手くなるだけの魔眼とは、流石にイカれているだけはあるなぁ。

 気づいてねぇみたいだが、お前さんの右眼から溢れているチカラは、精錬された上位の霊力だぜ?

 どうみても、並の"神秘"じゃ及ばねぇ干渉力を持ってる筈なんだが……意味が分かんねぇな』


──YOU WIN!! PERFECT!!

 ゲーム画面の中では派手な力士が倒れている。


『上位の霊力ですか? なんだか金粉みたいな光が瞬いていますね』


『まぁ、チカラの属性が霊力に近いってだけで、チカラの本質までは分からねぇけどな。

 そういや、さっきの"眼"は魔力の属性だったが、一流の瞳術師でも属性が違う秘術ってのは、そうポンポンと使えねぇんだぜ?』


 マタが呆れたように肩をすくめると、スティックを小刻みに動かしながら、星司は苦笑した。


『あはは。正直に言えば、僕もよく分かっていませんからね。

 ……この右眼の由来とか詳しく話した方が良いですか?』


──YOU WIN!! PERFECT!!

 ゲーム画面ではプレイヤーキャラクターとよく似た武術家が倒れている。


『ニャン? ……どうだろうな? 詳しい由来が分かれば、オイラにも教えられることはあるだろうが、秘術の本質は隠せるなら隠すべきだぜ。

 広く知られた"認識"は確かに強さとなるが、同時に弱点を知られるってことでもあるだろう?

 鬼に酒、ムカデに唾、狼男に銀、吸血鬼にニンニク、猫にまたたびってな。

 まぁ、有名過ぎて隠しようがないこともあるワケだが、ワザワザ自分から教えてやる必要もねぇのさ』


『……なるほど。だから、瞳術師ってことですか?』


『まぁ、そういうことだぜ。

 相手に自分が何者なのかを"認識"させながら、本質は悟られたくない秘術師の古い慣習ってワケだな。

 面白いのはココからで、この慣習は【名乗り】とか呼ばれる"神秘"になってやがるんだよ。

 つまり、正直に『ナントカ術師のダレソレです』とか名乗ってから戦うと、バカにならねぇパワーアップをするんだぜ』


『戦う前に名乗るんですか? なんだか、戦国時代か、バトル漫画みたいですね』


『ククク、確かに知らねぇヤツからすれば、アホみたいな"神秘"だろうが、実用性は凄まじいからな。

 その証拠に【名乗り】は退魔士の常識として、今でも使われてるんだぜ。出会った時に笑うなよ?』


──YOU WIN!! PERFECT!!

 ゲーム画面では鉤爪の男性が倒れている。


『あはは、気をつけます。というより、僕も名乗るべきでしょうか?』


『……そうだな。妖魔相手にも効果はあるし、他の"神秘"や秘術師と戦うこともあるだろうからな』


『あぁ、やっぱりもありますよね』


『仕方がねぇだろう? なにせ『世の中から争いをなくす』なんて便利な"神秘"は存在しねぇからな』


『……なるほど、確かに仕方ありませんね。

 ただ、僕が瞳術師というのは微妙に違う気がするんですが……』


『んニャ? なら、魔眼使いとかでもイイんじゃねぇか?』


『あ、そういう感じでしたら、星霊眼使い? いや、星霊術師ですかね?』


『精霊? 精霊がゲーム?』


『そっちのセイレイではないですよ。星の霊ですね。僕の右眼は星霊のチカラを宿しているらしいです』


『……星霊ねぇ、神降ろしの類いか? だが、降霊術なら降ろした霊をオイラが感じられねぇのもオカシイよな?

 ……おっと、オイラとしたことが詳しく訊いちまって悪かったな』


『いえ、それが"神秘"の本質って訳でもありませんので』


『……ほう、なかなか分かってきたんじゃねぇか?』


──FINAL STAGE!!

 BGMが変わり、ゲーム画面に演出と共にラスボスが現れる。


『分からないから、ですよ。僕には"神秘"の本質なんて程遠いから話せるんです』


『ククク、なるほどな。まぁ、仕方ねぇさ。

 "神秘"を継承する一族でもなきゃ、自分の"神秘"を完全に把握してるヤツなんて一握りしかいねぇからな。

 それでなんて名乗るんだ? 星霊術師とやらなら《アストラルマスター》か?』


「ッ!?」


 ガチャッ!

 滑らかに動いていたスティックが一瞬、硬直する。

 その瞬間、怒涛のような攻撃を受けたプレイヤーキャラクターが吹き飛ばされていた。


『んニャ? どうかしたか?

 ……あぁ、オイラだって最近の流行りくらいは知ってるんだぜ。

 ちゃんとルビを漢字に付けて《星霊術師アストラルマスター》と読ませるんだろう? そういう微妙な部分も【名乗り】だと感じるんだよな』


『そう……なんですか』


 見当違いな説明を続けるマタに応えながらも、星司は激しく動揺していた。


(ア、アストラルマスターですか……。

 あまりにも懐かしい二つ名を聞いて驚いてしまいましたね。

 《星を司る者アストラルマスター》──かつての僕が名乗った"魂の真名ソウルネーム"を、まさか猫又さんから聞くことになるとは思いませんでしたが……。

 うーん、妙にしっくりきますね)


──ズキ……。


「くっ!?」

(コレは"記憶"の知識? いや、違う? 

 相変わらずよく分かりませんが、やっぱり確信だけはあるんですよね。

 ……なるほど。【星霊眼】の"チカラ"は開眼能力の方ではなく、"星霊の記憶"の方が本質に近いのですか。

 ならば、仕方がないですね)


 僅かに増した右眼の疼きと共に、星司は己に相応しい【名乗り】を理解した。

 だからこそ、"魂の真名ソウルネーム"というを隠しながら、その在り方を示す名を告げた。


「《星霊術師アストラルマスター 有馬星司》」


 ゴウッ!!


 星司が声に出して名乗ると、右眼の輝きが増し、鈍っていた指先が滑らかさを取り戻していく。

 そして、ゲーム画面の中で瀕死となっていたプレイヤーキャラクターが、フレーム単位の動きで攻撃することで、ラスボスに何もさせず圧倒し始めた。


──YOU WIN!! CONGRATULATIONS!! GAME CLEAR!! チャララ〜。

 ラスボスが倒れると、エンディング画面へと変わり、スタッフロールが流れ始める。


『……これが【名乗り】ですか。

 なるほど、凄い効果ですね』


『おお!? いきなり使えるとはやるじゃねぇか! それだけ効果があるなら【名乗り】が正しかった証拠だぜ。

 だが、何度も連続で使うと逆効果でチカラがミミクソみたいになっちまうから、気をつけろよ? 目安は一日一回だな』


『ミミクソ……分かりました。気をつけますね』


『おう。それにしても、お前さんの苗字は有馬だったのか?』


『え? そうですけど、どうかしましたか?』


『いや、化け猫と縁のある名の一つだからな。

 ちょいと、面白かっただけなんだが……おっと、余所見している間に侵入の条件が満たされたみたいだぜ?

 それじゃあ、本番と行きますか!』


 いつの間にか、エンディングが終わったゲーム画面が渦を巻くように歪んでいた。

 間髪入れずに、マタが渦に飛び込んで行くのを見て、星司が渦に触れた瞬間、一人と一匹は見覚えのある広間に立っていた。


 その広間は、かなり広い空間を無機質な壁や柱が囲んでおり、よく見ると未来的な装置が設置されている。そのため研究所や秘密基地を思わせる外観になっていた。

 正面奥は階段状になっており、悪のシンボルという雰囲気に満ちた邪悪な装飾が至る所に施されている玉座が置かれている。


『ククク、驚いてるな? まぁ、こうやって侵入するワケだぜ』


 周囲を確認している星司に、マタが笑いながら告げる。


 星司とマタはゲームセンターとは似ても似つかない広間の中心に一瞬で移動していた。


「……此処はゲームのラストステージですか?」


 声に出して確認する星司に、マタは頷いた。


『そうだぜ。とはいえ、ハリボテもイイところだけどな』


「ハリボテ?」


『お、悪いがお喋りは後回しだな。早速、妖魔のおでましだぜ』


 マタの言葉と同時に、星司と玉座の中間地点辺りに歪みが現れると、


 ズダンッ!


 重い着地音と共に黒塗りの力士が空中から落ちてきた。


「ッ!? アイツは……ヨコヅナン田中?」


 ソレは影のように黒塗りとなっていたが、先ほどまでプレイしていた格闘ゲームの力士キャラと酷似したカタチをしていた。

 二次元のポリゴンを無理矢理三次元の人型に変えた姿は、人間というよりは角張ったロボットに近い造型に見える。


『ゴッツァンデ……ス』


 そして、即座に起き上がって近づいてくる無機質な力士からは、濃い瘴気の気配に混ざって、酷く濁った機械音声のような思念と、これ以上ないほどの敵意が、星司の霊感へと伝わってきた。


「……なるほどッ! これが妖魔ですか!」


 生まれて初めてのに星司の緊張がピークへと達するが、妖魔が相手を気にすることはなく、間近まで迫った力士は、姿に似合わない滑らかな動きで張り手のモーションを開始する。

 その瞬間、


 バゴォ!!


『ゴッ!?』


 間合いを詰めた星司に思い切り殴られた吹き飛んだ。


「……あれ?」


『おお!? やるじゃねぇか!

 いきなり妖魔を殴り飛ばすとは、流石にイカれてやがるぜ!!』


「え? いや、何かおかしいような」


 吹き飛んだ力士は直ぐに立ち直ると、また接近からの張り手を繰り出そうとする。

 しかし、


 ガッ! ゲシッ! バゴォ!!


『ゴッ、ギッ、ゴガッ!?』


 星司が繰り出した流麗な左右のワンツーからの回し蹴りが決まると、力士は張り手を振り抜けずに、大げさなほどの音をたてながら再び吹き飛んでしまった。


「コレは、まさか!? ゲームと同じコンボの動きですか!?」


 ピヨピヨ……。


 立ち上がった筈の力士が、頭にヒヨコの幻影を浮かべながら、フラフラと立ち尽くしている。


──ズキン!!


 その状況を確認したのと同時に、右眼が強く疼き、星司は浮かび上がったチカラある呪文を反射的に唱えていた。


「〔↓↘︎→+パンチ〕」


 ソレは始まりにして究極のコマンド。


 星司の背後に七色に発光する髪と三つ目になったプレイヤーキャラクター、武術家リョウの幻影が浮かぶ。


「〈星霊天響てんきょう波〉!!」


 星司が勢いよく突き出した掌底から、黄金の粒子が瞬く青白いエネルギー弾が放たれ、立ち尽くしていた力士に直撃する。


『ゴッツァンデ……ス!!?』


 ドグォン!!

 と、盛大な爆発音が響き、力士の身体が弾けるように吹き飛ぶと、粉々になりながら消えていく。


 爆発の余韻が消えると、妖魔の痕跡は何も残っていなかった。


『んニャ!? 最下級の妖魔とはいえ秒殺だと!? それに放出系の秘術? いや、単純な霊力操作なのか? ……もう、オイラは驚くのも疲れてきたぜ』


「……」


 呆れつつも感心しているマタを他所に、星司は慄いていた。


(……今度の〈星霊技〉は、コマンドを口で言わなきゃいけないんですか?

 まぁ、ゲーマさんがリョウになってましたし、仕方がないのでしょうけど、噛まずに言わなければいけませんね)


 ほぼ早口言葉に等しい呪文に不安を覚えながら、周囲を警戒する。

 【ゲーミング眼】がの存在を告げているのだ。

 その予告の通りに星司を囲むように複数の歪みが現れた。


 ズダダダン!!

 と、一気に妖魔達が落ちてくる。


 その姿は、モヒカン軍人、中華娘、軍服少女、プロレスラー、鉤爪男とバラエティに富んでいた。


『『『『『オォォ……!!』』』』』


「いきなり、複数ですか!? さっきの格闘ゲームって一対一でしたよね!?」


 星司は予想外の劣勢に思わず叫んでしまった。


『ククク、大事な教訓を得られたな? 古今東西、敵に正々堂々を求めちゃいけねぇぜ』


 なぜか妖魔に気づかれず襲われていないマタが、意地悪く笑いながら、戦場における常識を伝えてくる。

 しかし、残念ながら、そのレッスンは星司の参考にならなかった。


「そりゃ、そうですねッ!」


 咄嗟に【ゲーミング眼】が視せた導きに従った星司は、


 ガッ、バキッ!

 と、格闘ゲームの小攻撃モーションを繰り返しながら、突出した妖魔を牽制する。


『オッ、ガッ!?』


 一斉に現れた五匹の妖魔だったが、力士に比べると若干反応や動きが遅く、機械音声もヒビ割れていた。


(全体的に少し弱くなっていますか? 

 連携も全く出来ていませんし、複数出てきたことにも欠点はあるみたいですね)


 【ゲーミング眼】で視えた五匹の妖魔の総合的な戦闘能力は、力士の三倍程度だった。


 『一対一の格闘ゲーム』という概念を取り込んだ妖魔が集団戦をしていることで、概念を通して繋がっている人界の"認識"に反したペナルティが発生しているのだ。


 星司は牽制を細かく繰り返しながら、バラバラなモーションで個別に動く妖魔達の足並みを無理矢理揃えていく。

 そして、右眼の輝きを強めながらタイミングを測り、

 

「〔↓↙︎←+キック〕」


 ある一瞬を見定めて、最適な呪文コマンドを唱えた。

 背後にリョウゲーマの幻影を浮かべた星司の脚へとチカラが流れ込み、


「〈星霊廻天かいてん脚〉!!」


 バウッ!!


 一斉に襲いかかってきた妖魔達が、輝くエネルギーを振り撒きながら一回転する星司の脚によって薙ぎ払われて消滅していく。

 そのギリギリのタイミングは、【ゲーミング眼】によって、"当たり判定"を見極めることができたからこそ成立した絶技だった。


「え? 一撃で倒せましたね」


『だから、ハリボテだって言っただろう?

 最下級の妖魔はカタチは似せても中身はスカスカなのさ。

 まぁ、それでも今の攻撃系秘術が使えなければ、それなりに苦労したと思うぜ。

 なにせ格闘ゲームという概念は、単純な能力しか持てない最下級妖魔との相性がイイからな。

 多分、最後のボスも接近戦だけなら、下級手前くらいには強化されるだろうぜ』


 マタが伝えたことを異界が察したのか、急にゲームのラストステージで流れていた曲と同じBGMが空間に響き始め、正面奥の玉座が一際大きく歪みだした。

 そして、暫くしてから歪みが消えると、身体の各所に色が付き、これ迄の妖魔よりも派手になった黒塗りのラスボスが、堂々と玉座に出現したのである。

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