僕のゲーミング眼が疼く!!

『ココがイイ感じに澱んでそうだな』


 暫く繁華街を進んだ先で立ち止まったマタは、周囲を確認しながら星司に告げた。


 不思議なことに、堂々と通りの真ん中を歩いていた筈のマタが注目されることはなかった。寧ろ、マタを追いかける際に人々の流れを横切ることもあった星司の方が大勢から目を向けられていただろう。


『ゲームセンターですか。らしいと言えば、らしい気がしますね。

 ですが、澱んでいるというのは……分かりませんね』


『ククク、オイラは鼻がイイからな。

 人間の多い場所は退魔士も多いから、妖魔がいるような澱んだ異界はデカくなる前に潰されちまうんだ。

 ココの異界もだろうぜ』


『なるほど。澱んだ場所に妖魔が生まれる訳ですね』


『あぁ、近づけばセージにも分かるだろうが、妖魔退治でもなきゃ、澱んだ気配の濃い場所なんかには、近づくモンじゃねぇぜ』


『じゃあ、僕達は近づかないといけませんね』


『当然、そういうこったな。それじゃあ、ココからはセージの番だぜ』


 ゲームセンターを見上げていた星司の背後にマタが移動する。


『……なるほど。レッスン2ですね』


『あぁ、レッスン2だぜ』


 星司が納得して頷くと、マタもニヒルに笑いながら頷いた。



 N市の繁華街に造られたゲームセンター"ピコピコランド"は比較的新しい三階建ての施設であり、犯罪防止目的も含まれた開放感のある明るい店内はゴールデンウィーク初日ということもあって混み合っていた。


『踏まれちまっちゃ堪らねぇから、肩を借りるぜ』


 トン。

 と、軽い音を立てて星司の左肩の上にマタが器用に乗った。右肩には肩掛け鞄があったので避けたのだ。


『え? 軽いですね。というか、重さがないんじゃありませんか?』


『まぁ、気にすんな。ただの〈ネコダマシ〉だぜ』


 驚く星司を揶揄からかうマタの姿は、向こう傷を額に付けた二股の尻尾を持つ化け猫だった。


(猫又の姿ですね? 異界から出た時は普通の三毛猫の姿に変わっていた筈ですが……。

 そういえば、通りを歩いている時はどうだったでしょうか? 猫又の姿だったなら、目立たなかった理由も分かるのですが……)


 疑問を抱きながらも、星司は混み合う客を避けながら、ゆっくりと施設を巡っていく。

 一階はクレーンゲームなど大型のゲーム筐体きょうたいが置かれていた。

 二階は集団向けのミニボーリング場やカラオケなどの設備があり、ほぼ満員となっていた。

 そして、三階へと移動した時、ようやく星司も僅かにチカラを感じ始めるのだった。


『あぁ、なるほど。なんとなく澱んだチカラというのを感じますね。

 ちょっと重いような? こう、ねっとりした……表現が難しいですけど』


『おっ、流石に悟りを開いただけあって敏感だな。この距離で気づければ合格だぜ。

 それと霊感ってヤツは、魂の感じ方だからか個人差が大きくてな。

 この澱んだ気配──瘴気しょうきに対する感覚も、オイラなら迷うことなく一択なんだぜ?

 ……まぁ、それはいいんだが、さっきからピコピコワーワーうるせえなぁ!?』


『あはは。"ピコピコランド"ですからね。

 僕もゲーセンにはあまり来たことがなかったんですけど、念話を使えなかったら、絶対マタさんとは話せませんでしたね』


 三階はアーケードゲームと呼ばれる格闘ゲームやシューティングゲームなどのゲーム筐体が大量に置かれた空間であり、人混みとゲーム音楽が一体化した騒音は、凄まじい音量になっていた。


『こんだけ人間が集まってりゃ、そりゃあ妖魔も生まれるぜ』


『妖魔は人間の"負の認識"……この瘴気というチカラに不快感を覚えるのは、それが原因なんでしょうね。

 そうはいっても、此処にいる皆さんはとても楽しそうに遊んでいますが……』


『遊んでいる時はイヤなことは忘れるモンだろ? その忘れたモンが集まってんのさ。

 だが、瘴気の影響はちゃんと出ているぜ。よく見てみれば、人間の数が段々と減ってきてるだろう?

 霊感持ちじゃなくても、瘴気が満ちた異界は、本能で避けてるってことだぜ』


 マタの言葉通り、星司が瘴気を強く感じる方へと進んでいくと、殆ど満員状態であったゲーム筐体や通路に空きができ始めた。

 そして、三階の端にあった瘴気が最も強いゲームコーナーまで辿り着いた時には、周囲に人影がなくなっていた。


『マタさん。恐らく、此処が最も瘴気が強い場所だと思います』


『ククク、イイんじゃねぇか? まぁ、明らかに浮いてるモンな。

 余程性根が捻じ曲がってるヤツじゃなければ、瘴気は毒にしかなんねぇから、妖魔を探すなら覚えておけよ』


『確かに、僕も此処まで近づくと、少し気分が悪いですね』


『この程度はホコリが舞ってるようなモンだぜ。ヘドロみたいな極悪の瘴気に比べりゃ無害もいいとこだな』


『ヘドロですか……生まれる妖魔もヤバそうですし、あまり視たくはないですね』


『ククク、まぁ、今はレッスンの続きをしようぜ。次にやることは分かるか?』


 スタッ。

 と、格闘ゲームの筐体に降り立ったマタからの問いに、星司はゲームコーナーを見回してから、近くの椅子に座って答えた。


『異界の入口を探す、でしょうか?

 このコーナーはレトロゲームとかいう古いゲームが集まってますが、"猫の集会場"みたいな通路がある訳じゃないですよね』


『だな。こういう場合、幾つか異界に入る方法があるんだぜ。

 まずは力づく。

 異界の境界線を秘術なんかでこじ開けて、無理矢理入るってことだな。

 一見すると危険だが、異界を構成する"神秘"を削る効果もあるから、退魔士御用達のど定番な侵入方法だぜ。

 次は波長を合わせる。

 異界の"神秘"に同調することで境界線をすり抜けるってことだな。

 同調するにはかなり難易度が高い秘術が必要なんだが、偶然一般人の魂が異界の波長と合って迷い込むことがあるっていう、実用性は低いのに目撃例が多い方法だぜ。

 そして、最後は条件を満たす。

 異界ってのは発生する際に何かしら人界と重なっている必要があるんだが、同時に条件を満たすことで、必ず侵入できるようにもなっているのさ』


『どうして侵入するための条件が必ずあるんでしょうか? ……あ、もしかして、また修正力ですか?』


『ソレも間違いじゃねぇが、そもそも異界を構成している"神秘"が人界との繋がりを必要としてるんだぜ』


 ゲーム筐体から伸びているスティックにテシテシと、高速猫パンチをしながらマタは続ける。


『言わなかったか? お化けだろうが、悪魔だろうが、畏れられてナンボだってな。

 それこそ妖魔だって、とも呼ばれる人界の"認識"を取り込むことで生まれるんだぜ?

 どれだけ強大な"神秘"だろうが、"認識"との繋がりがなきゃ、ただのカタチがないチカラのかたまりになっちまうのさ』


『"神秘"に繋がりが必要だからこそ、必ず異界へ入れるようになっている……ですか』


『あぁ、お前さんの予想通り、修正力の影響もあって、意味不明な条件ってのはほとんどねぇからな。

 だから、場所やらモノやら歴史やらで大体は条件も絞れるんだぜ。"猫の集会場"なら『猫に着いていくこと』ってワケだな』


『なるほど。……つまり、此処の異界に入るなら、ゲームをクリアする必要があるってことですね』


 スティックだけでなく、ボタンも踏み始めたマタを見ながら、星司は頷いた。

 そのジェスチャーが侵入方法のヒントだと気づいたからだ。

 星司の答えにマタは猫パンチをめると、座り直してから告げた。


『だな。まだ、セージには分からねぇだろうが、霊格を高めていけば、"神秘"を直感的に理解できるようになれるんだぜ。

 オイラの視た感じだと、ココにあるゲームを、どれでもいいからクリアすれば異界への入口が開くみたいだな』


『なら、このままプレイしましょう。

 この格ゲーは友達の家で最新のヤツを遊んだことがありますからね。それなりに僕は詳しいんです』


 マタが猫パンチしていたスティックの反対側に椅子を寄せると、鞄から財布を取り出した星司は、その中身を見てから静かに目を閉じた。


(七百円……軍資金が少々心許ないですね)


 星司はおさつを貯金箱に保管する派だった。

 何処へ行くかを決めてから財布の中身を補充する倹約家なのだ。

 しかし、今日はあまりにも異常な事態が起きたことで、財布の中身を確認せずに家を出てしまった。

 つまり、財布に残っていたのは釣り銭だけであり、ゲームセンターを満喫するために必要な金額には到底足りていなかった。

 なお、有馬家の交通費はチャージ式のカード払いである。


 目を開いた星司は決意を込めて宣言した。


「ワンコインで決めます!!」



──GAME OVER!! チャララ〜。


「ですよね〜!?」


『ククク、ってヤツだな』


 台パン寸前で力を抜いて、へたり込んだ星司へと、容赦のないマタの声が届く。


 既に、星司は追い詰められていた。

 連コインによってコンテニューすること五回、合計六百円を消費しても、最終ステージにすら進めていないのだ。

 最後の百円も入れようか迷ったが、他のゲームをクリアできる可能性を考えて六回目のコンテニューは諦めていた。


 星司は気づいていなかったが、ゲームコーナーの壁に貼り付けてある説明文には、ゲーム筐体の設定を最高難易度にしてあると書かれていた。

 また、レトロゲームの設定は大味なことも多く、星司が挑戦していた格闘ゲームの初期シリーズは高難易度で特に有名なタイトルである。


『テレビのゲームはもう少し上手くできたんですが、このスティックが……いや、言い訳はですよね。

 あぁ、でも、最後の百円でどのゲームをするべきでしょうか?』


『おいおい、猫のオイラに分かる訳ねぇだろう? 精々、納得できるように頑張りな。

 ……そんなに心配しなくても、異界は力づくで入ればイイんだから、もう少しゲーム自体を楽しんでもいいんだぜ?』


『あはは。そう……ですね。ちょっとムキになり過ぎたかもしれません』


 気合いを入れて挑戦した分、惨憺さんたんたる結果に強靭となった精神力ですら挫けそうになっていた星司は、マタの忠告に苦笑いで応じながら、打開策を考え始めた。


(……思っていたよりもアーケードゲームって難しいですね。

 でも、右眼のお陰でしょうか? キャラクターの動きはよく見えるので、結構上手く戦えるんですが……技が上手く出ないんですよね。スティック使い辛いですよ?

 あぁ、それなら、格ゲーは諦めて、シューティングに挑戦すればクリアできるかもしれませんね。

 ……いや、ワンコインじゃ難しいでしょうし、ここは潔くもう一度格闘ゲームに挑んでから、力づくで異界に入るべきですか?)


「うーん、よし! 決めました!

 最後はクリアを忘れてこのゲームを最初からプレイしてみます」


 悩み過ぎて念話を忘れた星司が声に出して告げる。


『セージ、このゲームはそんなに面白いのか?』


『え? どうでしょう? ただ、別のゲームを一回だけやるのも消化不良になりそうなので、最後に楽しもうかと』


『くくく、なるほどな。じゃあ、オイラは力づくで異界に入る準備でもするぜ』


『……まだ、クリアできないとは決まってませんよ?』


『あぁ、お前さん……結構な負けず嫌いなんだな』


 チャリン。

 と、軽やかな音と共にデモムービーが、キャラクターセレクト画面に切り替わる。


「主人公キャラもいいですけど、このモヒカンの軍人さんが強かったんですよね……」


 最後は楽しむことに決めた星司が、気になっていたキャラクターを選ぼうとした瞬間、

 

──ズキン!!


「くっ!?」

 唐突な右眼の疼きに星司は呻く。


『んニャ? どうした……まさか!?』


「……右眼が、疼く!!」


 キャラクターセレクトの制限時間が迫る中で、容赦なく"記憶"が星司の根幹へと流れ込んでいく。

 そして、新たなる開眼能力の目覚めが告げられるのだった。



──── 誰かが、星司を視ている。


『"星霊の記憶"を継ぎし器よ。

 此度、目覚めし星霊は、惑星アイボールの後期文明、この世ならざるモノ達が姿を隠すようになった時代にて、仮想遊戯の英雄となった開眼能力者である』


 星司の視界が"記憶"を覗く。



 ある少年の物語が視えた。


 少年は日々をただ惰性に生きるのみで、何の取り柄もない己に自信がなかった。

 家族も早くに亡くし、生きている意味さえ感じていなかったが、暇つぶしの娯楽として買ったゲームに夢中となる。

 それからあらゆるゲームを攻略していく中で、少年の自我は徐々に現実を離れ、仮想の世界へと誘われていった。

 この世ならざるモノがヒト族の前から姿を隠しつつあった時代でも、アイボールは"神秘"と共にある世界なれば、仮想世界への依存こそが、少年のカタチである自我の"在り方"となったのだ。

 その依存は、少年のアストラル体に、仮想の世界へ捉われた故の変化をもたらすことになる。


 そして、少年はあらゆるゲームを攻略するための界なる瞳を開眼した。



 少年はあらゆるゲームを攻略する中で、現実の世界においてチカラを発揮できない己の"眼"を受け入れた。


 少年はあらゆるゲームを攻略する中で、仮想の世界を通して、多くの者達と出会い、少しずつ精神と霊格を成長させていった。


 少年はあらゆるゲームを攻略する中で、この世ならざるモノが支配する、恐るべきデスゲームに参加することになった。


 少年は最終的にヒト族の半数が巻き込まれた仮想世界を攻略して英雄となり、やがて《プレイヤー》と呼ばれるようになった。



 布団とテレビと大量のゲーム機しか置かれていない生活感のない薄暗い部屋で、七色のグラデーションで輝く髪と目を持つ痩せた少年が布団の上に座っている。

 発光するボサボサの髪を伸ばして、ヨレヨレのTシャツ姿をした三つ目の少年が、ゲームのコントローラを持って、テレビに映った格闘ゲームの画面を見ながら口を開く。


『ぼ、ぼくの開いた"真眼マナコ"はゲームができるだけの、つ、つまらない界眼です。

 あの、期待してたら、ご、ごめんなさい。

 その、あの、ゲームだけは、結構、得意なんです、よ?』


 少年の前髪に半ば以上隠れていた第三の目がゆっくりと左右に開く。

 隠されていた二次元化している瞳がギョロリと蠢くと、虹彩にドット絵に似た紋様が浮かび上がり、黄金の粒子を瞬かせながら青白く輝きだす。


 星司はその輝きの先に、誰かが視えた。


『そして、【この泡沫うたかたなれども数多なる伝説をつづり世界ゲームの攻略者《プレイヤーゲーマ・ミキシング》が操りし遊戯の界眼】が開眼する』


『……この星の格ゲーは、初めてですが、味があって楽しそうです、ね?

 あ、プレイキャラは、さっきまで使っていた武術家のヤツが、あの、オススメです、よ?

 あの、動きとか、分かるので、あ、勝手に選んで、すいません……』────



 "記憶"から視界が戻ると、キャラクター選択の制限時間が数秒しか残っていなかった。


「……」


 最後に聴こえた声に従って武術家の主人公を選択した星司の右眼は、僅かに疼きを伴って、黄金の粒子を瞬かせながら、薄らと青白く輝いている。


 ジッと観察してくるマタの視線を感じながら、無言でゲームを操作する星司の思考は、一つの疑問で占められていた。


(ビームにモフリにゲーミング……【星霊眼】のイロモノ系能力が多過ぎませんか?)


 開眼能力の目覚めは、時と場所を選ぶことはあっても、星司の心情を汲むことはないのかもしれない。


 それでも星司の右眼は疼き、輝き続ける。

 だから、目覚めた能力を己で見極めるしかないのだ。


 イロモノだけど、疼くのだから仕方がない。

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