僕の異界が繋ぐ!!

「恐ろしいチカラですか? うーん、今は全く発動する気がしませんね……」


 星司は右眼に意識を集中させたが、少しも疼くことはなく、身体に溢れていた筈のチカラも完全に抜けていた。


「それに右眼が輝くほど、身体能力も上がることは分かりましたが、【モフリ眼】を自在に操れるほど発動するというのは……いや、アリですかね?

 待機時間クールタイムさえ分かれば、猫さん達に触れるだけで発動しそうな"眼"は【星霊眼】の修行に最適……」


『ニャ!? おい、そのクネクネ指を動かすのはめねぇか!?

 それに、これ以上モフるのは勘弁してくれ! オイラ達を溶かしてバターにでもする気かよ!?』


 両手の指を蠢かしながら、恐ろしいチカラを気軽に練習しようとする星司の姿に、マタはドン引きしていた。


「え? ……いやまぁ、やり過ぎは良くないですよね。ちょっと、モフモフ大好きオジサンに影響されていたかもしれません」


『誰に影響されてんだよ!?』


 無意識に指先が蠢いていたことに気づかされた星司は、誤魔化すように訂正する。


(うーん、〈星霊技〉の影響でしょうか?

 恐らく、星霊の技術を使うということは、星霊に身体を貸すようなモノということなんでしょうね。

 ……あぁ、なるほど。深く【星霊眼】で共鳴したことで、ミツゴローさんの強烈な意思を経験した身体が、残響のように指を動かしたモフモフを求めた訳ですか。

 人格に影響はなさそうですが、慣れない"チカラ"を使って、少しばかり気が大きくなってましたかね……)


 遅れて"記憶"から浮かび上がる知識が理解を促していく。

 自分が少しばかり『調子に乗っていた』と気づいた星司は、猫達をモフる修行を諦めた。


「……そういえば、右眼が疼くと考える速度も上がっていた気がしますね」


 あからさまに話題を変えた星司をジト目で見ながらマタは答えた。


『それも霊格が高まった証だぜ。オイラ達と同じで、頭じゃなくて魂で考えるようになったのさ。』


「猫さん達と同じですか?」


『おいおい、知らねぇのかよ? 人界の猫は喋れねぇんだぜ?』


 呆れたようにマタは肩をすくめた。


『頭の中も餌と昼寝のこと以外は、ほとんど考えちゃいねぇしな……まぁ、それはココのバカ猫共も対して変わらねぇがよ。

 それでも霊格の高い喋る猫は"神秘"なんだぜ?』


「普通の猫は喋らない……なるほど。

 霊格が高い"神秘"は、頭じゃなくて魂で考えているんですか……」


『肉体を持っているオイラ達は、程度の問題だがな。頭より魂の方が上等なら、主にそっちを使うってこった。

 今のセージは霊格が下がっちまってるが、魂で考えることを覚えたんなら、頭と一緒に使えばいいのさ。

 人界じゃあ難しいが、異界は肉体と霊体の境界が曖昧だから、コツを覚えるのも早いだろうよ』


「頭と一緒に魂で考える……」


 マタの説明を聴きながら、星司は考え込んでいた。

 魂での思考について、心当たりがあったのだ。


(今朝から思考能力が妙に上がっている気はしてましたが……僕は魂で考えていた? それなら[星霊石]の"記憶"が流れていたのは……なるほど、そういうことですか)


 星司は"記憶"を浮かび上がらせる感覚が、何を意味していたのかに気付いた。

 そして、既に自分が魂で思考するコツを掴んでいると理解した。


──ズキ……。

「くっ……。これは?」


 その瞬間、右眼が僅かに疼き、肉体と魂の歯車が深く噛み合ったことで、より思考が明瞭になっていく。

 さらに星司は自分が一つの能力を得たことも確信できた。


『あぁ、凄く視野が広がった気がしますね』


『ニャン? ……念話か!?』


『多分、そうです。なんだかできそうな確信があったんですが……「うーん、』集中しながら話すのは難しいですね」


『おいおい、お前さんはどうなってんだよ?

 ……いや、あんなイカれた秘術が使える下地があるんなら、いきなりのコツを掴んで念話して来るくらいは、驚くコトじゃねぇのかもな……』


 前触れもなく星司が念話を使ったことに驚いたマタだったが、少し疲れた顔をしながらも事実を受け入れた。

 ある意味では使えて当然の能力であると気づいたのだ。


 それに対して、"記憶"に導かれてコツを学んだ星司は、己が何を会得したのか自覚が薄かった。


「魂で考えることが、悟りなのですか?」


『あぁ、最近じゃ覚醒とも呼ばれてるが、魂で考えるってのは、人界の存在が"神秘"に至る登竜門なんだぜ。

 ……お前さんみたいに秘術を最初にブッ放すガキなんかいねぇのさ』


「それは……そうでしょうね」


『悟りを開いて、魂を自覚する。自覚した魂を鍛えて霊格を高める。高まった霊格で秘術を行使する。

 基本的に"神秘"を自在に操る秘術師ってのは、そういうモンだぜ。自分のイカれ具合は知っておけよ?』


「……なるほど? それでは、僕は【星霊眼】を自在に操れてはいないので、秘術師ではないということですか?」


 そもそも、星司には"記憶"にない秘術というモノがよく分かっていなかった。


『んニャ? ……微妙だが、あれだけ強力な秘術を複数使えて、念話が使えるほど悟りも開いているなら、使ってのも違うだろう?』


「どう違うんですか?」


『秘術使いってのは、異能者とも呼ばれてる一発芸が凄いヤツらのことだぜ。

 火の玉を出したり、幽霊を見たり、瞬間移動したり、魔剣で切ったり、能力はなんでもいいが、共通しての"神秘"を使っている連中だな。

 それに対して、秘術師はの"神秘"を扱うヤツらのことだぜ。

 魔術師とか、陰陽術師とか、妖術師とか色々いるが……セージはビームも出るし、一時的にでも魔眼を使いこなしてただろう?

 多分、見習い瞳術師くらいは名乗っても許されるぜ』


「あぁ、そういう違いがあるんですか……」


 マタの説明に頷きながらも、星司は自分の能力が瞳術とは異なることも察していた。


(確かに色々な開眼能力が使えるのは、複数の"神秘"を扱えることになるのかもしれませんが……。

 [星霊石]を一つの"神秘"とするならば、全ての開眼能力を【星霊眼】に依存している僕は、秘術使いの方が正しい気がしますね)


『"神秘"の強度や相性で勝敗は変わるから、どっちが強いとかはねぇな。

 神秘使いが能力の応用で秘術師扱いされることもあるが、基本的に"神秘"の持ち主は、"神秘"を打ち消しちまうから、秘術使いが秘術師になるのは難しいんだぜ。

 まぁ、最近は"神秘"が宿った道具を使うヤツも多いらしいから、分ける意味がねぇかもな』


「マタさんが言っていた退魔士というのは、秘術師とは違うのですか?」


『んニャ? 退魔士ってのは、退魔士協会とかいう組織に所属している秘術使いと秘術師を合わせた呼び名だぜ』


「なんだか大きそうな組織ですね」


『あぁ、でけぇぜ。大半の"神秘"に属する人間共は集まってるんじゃねぇか? 他の組織に入っても、結局は妖魔と戦うために掛け持ちするらしいからな。

 よくは知らねぇけど、妖魔を倒すと金が貰えるらしいぜ』


「妖魔と戦うから退魔士ですか。……そういえば、妖魔っていうのは結局どういう存在なんですか?」


『妖魔か? 改めて訊かれると難しいが……できるだけ簡単に言えば、人界の存在と敵対している"神秘"のことだな』


『敵対している"神秘"……』


『勘違いしてるかもしれねぇが、悪魔、幽霊、妖怪、怪物……オイラみたいなのも含めて、怪異と呼ばれている"神秘"に属するモノは、危険な化け物ではあっても、問答無用で敵ってワケじゃあねぇんだぜ?

 だがな。姿形は他の"神秘"と同じでも、人界の存在と相容れない独特な気配を纏ったヤツらもいるのさ。そいつらをまとめて妖魔と呼んで区別しているってワケだぜ』


「人界の存在……人間に限らない訳ですか」


『そうだぜ。猫も犬も見境ねぇな。ピンからキリまでいやがるが、どいつもこいつも人界の存在を喰い殺しに襲ってくる、悍ましくて鬱陶しいヤツらだぜ』


 マタは嫌な記憶を思い出したのか、とても嫌そうな顔をしたが、星司は分かりやすい敵対存在の情報を知りたがった。


「妖魔は多いんですか?」


『……妖魔は人間の"負の認識"──異界側の修正力だって言われているんだぜ?

 つまり、無限にいるのさ。まぁ、強い妖魔ほど生まれるには条件も必要になるが、下級妖魔ならそこら中の異界で彷徨いてるぜ』


「……なるほど。それなら僕も倒せるようにならないといけませんね」


 星司は正しく理解した。

 "神秘"と関わるということは、妖魔と戦うということでもあるのだ。


『その通りだぜ。オイラのレッスン2では下級妖魔を倒させるつもりだったんだが、あの"眼"があるなら楽勝かもな?』


「いえ、僕の開眼能力は連続使用ができないみたいなんです。待機時間クールタイムがどれくらいかも把握できてないですね」


『おいおい、全然自分の能力を把握できてねぇのかよ? それであの暴れっぷりとは末恐ろしいが……。

 じゃあ、あのビームはもう使えるのか?』


「うーん、難しいですね。

 どうにも僕の右眼は、状況に合わせた能力を発動するみたいでして……。

 正直に言いますと、分かりませんね」


『……無茶苦茶だぜ。だが、セージのイカれっぷりには、オイラも慣れてきたからな。

 まぁいいぜ、もう少し付き合ってやるよ。

 取り敢えず、異界が多い人間が沢山いる街まで散歩するぜ』


 マタは広場にある出口の一つに顔を向けると、星司に移動を促した。


「人間が沢山いる街ですか? 都心なら電車で直ぐですけど、マタさんは乗れますかね?」

『おいおい、猫を舐め過ぎだろ? 電車くらい乗ろうと思えば、乗れるんだぜ!?

 ……まぁ、今回は乗る必要がないから見せられねぇけどな』


「なるほど。電車は使わないんですね」


『セージも悟りを開いた"異界の主"なら気づける筈だぜ? よくこの異界を霊感で


「霊感で感じるですか? ……ッ!?」


──ズキ……。


 マタの言葉に従って集中した星司のが、急激に広がっていく。

 それは"猫の集会場"という異界の支配権を持つ"異界の主"に与えられている当然の権能だった。

 情報は魂へと直接送られてくるが、悟りを開いた星司ならば十分に処理可能であり、僅かな疼きと共に中継装置と化した右眼の働きによって負担もほとんど感じなかった。


(この感覚は……【霊視眼】の開眼時に似ていますね。異界内に満ちているチカラの流れを感じます。

 広場から出口までの全てを把握できそうですが……出口がかなり遠い? いや、コレは人界との重なりというヤツですか。

 あぁ、なるほど。『この世ならざる道を繋ぐ』ことによって、異界では数歩の距離が、人界では数キロ単位の移動になるんですね)


 凄まじい"神秘"に感動しながら、星司は呟いた。


「転移とか本当にあるんですね」


『正確には妖精の道って"神秘"の亜種だそうだぜ。ククク、オイラ達はカワイイ猫妖精って訳だな。

 神隠しとか、縮地とか、昔は色々と名付けられてたが、まぁ、転移でも間違いじゃねぇだろうさ』


「確かに電車いらずの"神秘"ですね。

 同じ出口でも複数の路地に繋げられるのは迷ってしまいそうですが」


『慣れは必要だが、この"猫の集会場"に繋がっている路地は近場だけだから、まだマシなんだぜ。

 もっと異界なら、より広い範囲へ繋がっていることも多いからな。

 例えば、"化け猫横丁"なんかはこの国の全ての路地に繋がっているんだぜ』


 マタが話しながら立ち上がって歩き出す。

 星司もマタの横に並んで、未だにヘソ天で寝転がっている猫達を避けながら、広場の出口へと歩いていく。

 お互いが異界を通じて繋がっているため、目的地を直感的に共有しながら、話し続けていた。


「凄い名前の異界ですが、全国の路地というのは……範囲が広すぎて、もはや意味が分かりませんね」


『"化け猫横丁"は異界だからな。

 ただ通るだけでも、油断すると猫になっちまうんだぜ?』


「……それは普通に怖いですけど、便利なのは間違いないですね。僕も通れますか?」


『ニャン? どうだろうな?

 基本的には霊格が高い猫専用だが、偶に迷い込む人間はいるし、猫と親しいほど迷いやすいとは言われてるぜ。

 お前さんは"猫の集会場"の主になったことで、大分だいぶ猫寄りの"認識"が混ざってるからな。"化け猫横丁"が間違える可能性はありそうだぜ』


「え? 猫寄りの"認識"って何ですか?」


『ククク、猫よりは猫よりだぜ?

 まぁ、修正力と似たようなモンだよ。猫に親近感が湧くとか、昼寝が好きになるとか、猫と縁が繋がりやすくなるとか、そういう類の"神秘"だな』


「あぁ、相性とか運命力とかに影響する訳ですか。うーん、結構重要そうですね」


『まぁ、"化け猫横丁"に迷い込む可能性も米粒くらいはあるだろうぜ』


「米粒ですか? なんとなく、薄い可能性なのは分かりますね、と。……着きましたか」


 星司は何かの境界を越えたことを自覚することができた。

 入る時は気づかなかったが、異界を出る瞬間を知覚したのだ。

 それは悟りを開いたことで得た魂の感覚──霊感であり、"神秘"に属するモノとしての確かな成長だった。


──ジ…ジ……。


 しかし、星司は僅かな"人界の修正力"が発生していたことには、気づくことができなかった。


 異界を抜けた先は、N市の都心にある繁華街に通じる路地裏だったが、その場所は大通りから死角になる位置であり、一人と一匹が唐突に現れたことを"認識"できた存在がいなかったのだ。

 そのため、最小限の修正力が発生しただけで、『星司達が短時間で長距離移動した』という事象が、のである。



 大通りまで進むと、行き交う人々を見ながら、マタが呆れたように肩をすくめた。


『相変わらず賑やかだな? お前さん達は、もっとのんびり静かに暮らすことを覚えるべきだぜ』


「まぁ、繁華街でのんびり昼寝している人は少なそうですね」


『何が楽しいのか、人間ってのはせわしないこったな。……そういえば、異界に入って、猫の道まで通ったが、お前さんの体調はなんともないのかよ?』


「え? ……特になんともないですね」


『ほう。そいつは結構なコトだが……なんともないねぇ?』


「強いて言えば、現在地が分からないくらいです。……それで、ここは何処ですか?」


 星司は周囲を見回したが、中学生が来るような場所ではないことが分かるだけで、建物などに全く見覚えがなかった。


『人間のセージが、猫のオイラに聞くことかよ? ……それと念話を使った方がいいぜ』


『あ、そうですよね。もしもし、通じてますか?』


『そのもしもしって何なんだ? 人間は大体言うよな?』


『おぉ、通じてますね。もしもしの意味は知らないですよ。

 そして、この繁華街も知らないです。

 情けないですが、僕はまだまだ知らないことだらけなんですよ』


『ククク、まぁ、仕方ねぇさ。お前さんもイカれちゃいるが、やっぱりガキってことだな。

 ……んニャ? ココから先は自力でやらせるつもりだったが、いきなりに妖魔を探させるのは、ちょいと難し過ぎるか?

 ……よし、仕方ねぇから、このままレッスンを続けてやるぜ。着いてきな!』


『はい。よろしくお願いします』


 堂々と尻尾をくねらせながら歩くマタを追いかけて、星司は見知らぬ土地の視知らぬ世界を進み始めた。

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