僕のモフリ眼が疼く!! その2
(……今回の開眼能力は、暴走も強制終了も無さそうですね)
星司の右眼は紫色に安定して輝いている。
その輝きは"記憶"の筋肉毛皮男、ミツゴローと比べれば僅かに過ぎなかったが、ハッキリと瞳の色が変わっていた。まるで猫目石のような黄緑色で縦長の瞳へと変化した右眼には、ミツゴローと同じ肉球の星紋が浮き上がり、輝きを放っているのだ。
(ミツゴローさんが台詞を捏造したから、シビュラさんが怒って……いたかは分かりませんが、"記憶"の中で訂正してましたね?
うーん、三回目……[星霊石]の夢も含めれば四回目ですが、"記憶"の星霊さん達には、やっぱり意思がありますよね?
だけど、なぜか彼らが生きているとは感じられません。
"記憶"は"記憶"に過ぎないと……僕は星霊さん達に『魂が存在しない』と確信しているみたいです。
もしかするとAIみたいな存在なんでしょうか? そうだとすれば、右眼の奥底に宿ったモノとは……)
"記憶"から能力の概要を浮き上がらせながら、【星霊眼】と名付けた能力の本質を星司は考えていた。
右眼と融合した[星霊石]には膨大な"星霊の記憶"が刻まれており、【星霊眼】という能力を通して、滅びた惑星において星霊と呼ばれていた霊的存在のチカラが表出している。
しかし、その星霊は過去の情報に過ぎないのだ。[星霊石]に魂が宿っているとすれば、それは……、
『おい! その右眼はなんだ!? また、ビームを出すつもりかよ!?』
「ッ!? いえ、ビームは出ませんよ。コレは別の能力です」
『……複数の秘術を使えるのか? やっぱりセージはイカれたガキだぜ』
警戒するように毛を逆立てたマタの念話が、頭に直接響いて星司の思索を遮った。
星司は直ぐに誤解であると告げたが、マタからすれば、複数の秘術を人間の子どもが操る時点で異常なのである。
率直な猫の感想に苦笑いをしながら、魔眼を宿した少年は答えた。
「確かに僕の右眼は特別ですよ。マタさんのレッスンにも……ちょっと反則ギリギリかもしれませんが、応えられそうです」
『ほう? どうしようってんだ?』
「猫さん達にご奉仕しようかと」
『んニャ? そいつは正攻法だが、ニャムチュールンでも持ってんのか?』
「残念ながらチュールンは持ってませんね」
『ふん、まぁ、いいぜ。猫への奉仕がどれだけ過酷なのかを知るんだな。
おらぁ!! 同胞共よ、この"猫の集会場"に挑む愚かな奉仕者が来たぜ!!』
「「「ブニャア!!」」」
マタの呼び掛けに寛いでいた猫達が反応して起き上がると、あっという間に星司を包囲してしまった。
怠惰にして狡猾な猫達の目はギラギラと、獲物を狙う危険な輝きを帯びている。
しかし、彼らは気付いていなかったのだ。彼らを見回している、もっと危険で獰猛な輝きを宿した右眼のチカラを。
「くっ……右眼が疼く!!」
──ズキン! ズキン!!
繰り返し疼く右眼を押さえながら、星司は"記憶"から噴き出すように浮かび上がったチカラある呪文を唱えた。
「〔全てのモフ毛に最も美しい毛並みを、それがモフリストの矜持!!〕」
呪文が"星霊の記憶"を呼び覚ます。
星司の背後に一瞬だけミツゴローの幻影が浮かび、【モフリ眼】が放つ魔力の輝きが一点に集約されていく。
凄まじいチカラと共に、星司は星霊の意思を明確に感じていた。
「モフる前のマナーだそうです。〈パーフェクト・トリートメント〉」
パアアァァ!! シュワシュワシュワシュワ……、シャキシャキシャキン!!
「「「ニャ、ニャア!?」」」
星司が押さえた手の隙間から光が溢れた。
そして、右眼から放たれた光は広範囲の猫達を包み込むと、瞬く間に泡だらけにして洗い上げ、毛並みに最適なカットを施してしまった。
光に恐れ慄いた一匹の猫が念話で叫ぶ。
『何をするニャ!? いきなり攻撃しくるニャンて、お前は悪い人間だニャ!!
見てみろニャ! ニャーの毛が、スゴイサッパリしているニャ!! 気持ちがイイニャ!! 優しい匂いもするニャ!! とっても良く眠れそうニャ!!
……ニャ!? ニャニャ……ニャ??』
混乱した猫は首を傾げてムニャムニャと鳴いてから、その場で寝転がった。
『お前、スゴイ奴ニャ。イイ奴ニャ』
『カユいトコロが無くなったニャ!!』
『十円ハゲが消えてるニャ!?』
『サッパリしたらお腹が減ったニャア』
星司が光を放ちながらその場で一回転すると、全ての猫が小綺麗になり、フワフワモコモコの状態で好き勝手に騒ぎだした。
その中には当然、マタも含まれていた。
『なんて秘術だよ!? オイラ達を強制的にサッパリさせちまったのか……確かにコレなら脱出に必要な奉仕に足りているぜ!!』
マタによる掛け値なしの賞賛が星司に送られる。
だが、【モフリ眼】の真価はこの程度ではなかった。
「まだですよ……」
ズン!!
と、星司が踏み出した何気ない一歩が凄まじいプレッシャーを放った。
興奮していた猫達が一斉に戦慄し、イカ耳となって警戒する中で、少年の異様な足音だけが"猫の集会場"に反響する。
ソレは比類なき強者の歩みだった。
最初に叫び、寝転がった猫へとゆっくり近付いていく星司の右眼は、爛々と際限なく輝きを増していき、両手の指先が軟体動物のように蠢いている。
全ての猫達が既に察していた。
自分達は『モフられる!!』と。
そして、最初のターゲットに選ばれた猫は、寝転がったまま潤んだ瞳で見上げると、傍らに立つ星司に懇願した。
『なんだかとってもヤバい"眼"ニャ。
お前にモフられたら、もう野良でやってけないかもニャ……。でも、許しちゃうニャ。
……だから、優しくしてニャ?」
ニコリ。
星司は"記憶"に刻まれていた星霊と重なる満面の笑顔を浮かべながら、湧き上がる【モフリ眼】の魔力に身を任せてチカラある呪文を呟いた。
「〔生きるとはモフることと見つけたり〕」
再び満面の笑顔でミツゴローの幻影が一瞬だけ浮かぶが、その幻影は目だけが異様に血走って、周囲の猫達を凝視していた。
「ただ感謝を込めて。〈アメージング・フィンガー〉」
迸る魔力と共に繰り出されたのは、恐るべき指先の芸術だった。
強過ぎず、弱過ぎず、的確なポイントを撫でながら、ランダムにポイントを外して絶頂を焦らすフェイントを加える。
その流れるような指の動きには一瞬の遅滞もなく、全てを予測可能とする果てしない研鑽が滲み出ていた。
「ニャ…ニャ、ニャ……」
結果、霞むほどの速度で仰向けに撫でられ続けた猫は、既に念話をする余力もなく、ヨダレを垂らして鳴き声を漏らす肉塊へと変わり果ててしまった。
「「「フ、フシャー!!」」」
そして、余りの快楽でヘソ天しながら絶頂している同胞の姿に恐怖した猫達は、野生を剥き出しにしながら、同胞を撫で続けている星司へと襲い掛かるしか逃げ道がなかった。
しかし、その襲撃すらも【モフリ眼】によって予測された行動に過ぎなかったのだ。
モフモフモフモフモフモフモフ……。
星司はすれ違うように最小限の動きで避けながら、全ての猫達を的確にモフっていく。
流れるようにモフられた猫達は、ヘソ天して次々とその場に寝転がり、重なりながら猫玉になっていった。
ひと撫でするだけで猫達を白目痙攣させていく星司は、平凡な中学生では不可能な筈の繊細且つ力強い指先の動きに【星霊眼】の真価を実感していた。
(この【モフリ眼】で自覚したというのは、若干複雑な気分ですが……どうやら、【星霊眼】に刻まれた星霊とより深く共鳴することができれば、開眼能力だけでなく、"記憶"に刻まれた星霊の技術──〈星霊技〉すらも使用できるみたいですね)
星司の右眼には全てが視えていた。
猫達が纏うモフ毛の動き、艶、弱点、柔らかさ、匂い、その他あらゆる情報が【モフリ眼】の視界に映っていたのである。
そして、その何もかもが視えているモフ毛へ触れた瞬間に、右眼から溢れる紫色のチカラ──魔力を指先から直接流し込み、猫達の快楽中枢へと干渉していたのだ。
(開眼能力の真骨頂は、視えたモノに干渉できる〈星霊技〉のチカラ……なるほど、右眼のことが少しだけ理解できた気がします。
思い返してみれば、家族に霊力を流したりすることができたのは、シビュラさんの技術を少しだけ使えたからなんでしょう。改めて感謝ですね。
それにしても、達人になった気分ですが、【モフリ眼】では干渉できない筈の身体能力まで増しているのは、なぜでしょうか?)
星司が思考している間にも、【モフリ眼】に導かれた身体は自動的に猫達をモフリ続けていく。
その結果、数分も掛からずにその場でヘソ天していない猫は、マタだけになっていた。
星司はゆっくりと残された最後のモフモフ──マタへ向かってヘソ天の花道を歩む。
『セージ……お前さん、ヤバ過ぎるぜ』
ゴクリ。
己に待つ運命に生唾を飲み込んだマタが、額の向こう傷を歪めてニヒルに笑う。
二股の尻尾が星司を迎え撃つようにうねり、飛びかかるために伏せられた足腰の筋肉が、溜め込まれたエネルギーに軋みをあげている。
ミチ! ミチミチ!!
『〔化けて巫山戯て猫騙し〕』
さらに、化け猫としての本性が薄い緑色をした妖気のオーラとなり、マタの身体を覆う幻覚となることで、身体を何倍にも大きく見せていた。
『オイラの十八番〈ネコダマシ〉だぜ。
ククク、オイラはタダではやられない……フニャ〜!?』
マタ氏、即モフ
身体を覆っていた妖しげなオーラは散り散りに消え去り、腰と一緒に溜め込まれた力も抜けてしまった。
星司の指先から伸びた魔力によるソフトタッチの奇襲が、一瞬で歴戦の化け猫を文字通り骨抜きにしてしまったのだ。
その瞬間、異界の支配権が移り変わる。
"異界の主"が屈服したのだ。
「ッ!? 今、なにかが……?」
『ニャ、ニャ……。セージがこの異界を支配したんだぜ……。"異界の主"になったってことだな』
「え? ソレは大丈夫なんですか!?」
『心配しなくても、ほとんど何も変わんねぇぜ。オイラ達も主のままだからな……。群れの序列にセージが加わっただけだ。
要するに、お前さんが"猫の集会場"のボス猫になったってことだぜ』
「……ボス猫ですか。なるほど、確かに空気が変わったというか、この場に受け入れられた気がしますね」
『ニャン……。この異界は快適さが売りだからな。主であるセージの好みに合わせて陽射しや風通しが変わったんだぜ』
「地味に凄いですね。うーん、僕も猫さん達に混ざって昼寝を……あっ!?」
座り込みながら、会話中も魔力の指先でモフリ続けていた星司と、なんとかプライドだけでヘソ天を回避していたマタだったが、蠢いていた魔力が急速に霧散していく。
開眼能力の発動時間が終わり、【モフリ眼】の輝きが失われたのだ。
星司は魔力の輝きが消えた指先を暫く観察した後で、納得したように頷いた。
「能力の発動限界時間ですか。……やっぱり連続では発動できなさそうですね」
『ニャッ!? お、終わったのか? ……助かったぜ』
ヘソ天寸前まで寝転がっていたマタだったが、魔力の指先が消えると、フラつきながらも立ち上がった。
『イカれたガキだとは分かってたんだが、まさか異界を正面突破で攻略するとは……参ったぜ。
せいぜい、オイラと条件を交渉するか、秘術で強引に脱出するか、次回に纏めて条件を満たすか……できることはその程度だと思ったんたがなぁ』
「マタさんと条件の交渉ですか? ……なるほど。それで"異界の主"の許可になるなら、確かに一番無理がありませんね」
感心したように頷く星司に変質者を見る目を向けながら、マタは愚痴った。
『それをお前さんは、おかしな秘術を使いやがって……どいつもこいつも腰が抜けちまってるぜ。なんだよ、あの"眼"は?』
「【モフリ眼】です。能力は……ご覧の通りモフモフに特化した魔眼のようですね。
でも、達人みたいに身体が動いたのは、僕もびっくりしましたよ。身体強化みたいな効果はない筈なんですけど……」
『ニャン? そりゃあ、ココが異界だからだぜ。自然と魂の位階──霊格に応じた身体能力になるんだよ』
「霊格ですか? なんだかゲームのレベルみたいなチカラですね」
『ククク、本当ならゲームと違って気軽には上がらねぇ筈なんだがな……セージはやっぱりイカれてやがるぜ』
「え? どういう意味ですか?」
『……セージの霊格は、その辺を歩いてる人間並みなのに、"眼"が光っている間は違うみてぇなんだよ』
「右眼が光っている間ですか?」
『あぁ、そうだぜ。お前さんが暴れてた時、"眼"の輝きが強まるほど、霊格も一緒に高まり続けていたのさ。
オイラにも上昇限界までは分からねぇけど、あの"眼"を自在に操れれば、恐ろしいチカラが手に入るだろうな』
ブルリ。
と、慈悲なきモフリを思い出して身体を震わせたマタの顔には、拭いきれない恐怖の表情が張り付いていた。
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