僕のビーム眼が疼く!?
「さて、この後はどうしましょうか?」
家に一人残された星司は、気を取り直そうと声に出して呟いた。
他の家族があっという間に出掛けてしまったのは、修正力の影響で、無意識に強い"神秘"から離れようとしたのだ。
その"神秘"に己自身が含まれていることを、星司は自覚していた。
(最後に一瞬だけ視えましたが……変化した妖精やナガレは、そのままでした。兄さんのオーラも少し強くなっていた気がします。
だとすると……修正力は全てを戻す訳じゃないことになりますね。というか、僕自身にも全く影響してないです。
……もしかしたら、僕は右眼以外も既にオカシイのかもしれませんね)
出掛けて行く家族の周囲に在ったこの世ならざるモノは、修正力の影響を受けていなかった。あるいは影響が少なかったように星司からは視えていた。
だからこそ、理解できることがあった。
"神秘"の存在を秘匿する世界の法則らしきチカラは、この世ならざるモノに対して効果がないのだ。
そして、それが"神秘"に属するか否かの境界線だとすれば、滅びた星の[星霊石]が宿った右眼だけでなく、有馬星司という少年自体が、昨日までの世界から外れているということでもあった。
(それに視えなかっただけで、家族全員が何かしらの"神秘"と関わっていたということは、"神秘"の存在自体は珍しくないのでしょう。
つまり、僕と同じように修正力が効かない人達も当然いますよね。……自分が特別だとやりたい放題していたら、取り返しがつかないことになりそうです)
家族の周囲に存在した"神秘"が、世界の裏側に住む者達が居ることを教えていた。
だが、星司に驚きはなかった。『自分だけが特別な存在ではない』という真理を一度目の厨二病時代に痛感していたのだ。
(だとしても、右眼を一生閉じている訳にもいかないですし……何より、ここでビビるのは余りにもダサいでしょう。
なにせ【星霊眼】には、間違いなく【霊視眼】以外にも無数の"神秘"──開眼能力が宿っているのですから)
星司自身は特別ではないが、右眼は確かに特別だった。遠い異星から旅をして来た唯一無二の"神秘"なのだ。
そのギャップが世界に何を齎すのか、未来はまだ確定していない。
ただ右眼が疼くだけである。
(まぁ、流石に『僕が最強だぁ!!』とか、しょっぱい暴走はしたくないですし、結局は外の世界を視るべきなのでしょうね)
故に、平凡な少年には覚悟を決める必要があった。
星司の根幹に流れ込む膨大な"記憶"と如何に向き合うかを決めなければならなかったのだ。
(昨日までの常識は通じないのかもしれませんが……僕が何をするべきか、いや、何をしたいかを決めるためにも、危険を承知で今は出来るだけ動いてみましょう。
さて、何が起こりますやら……)
「では、いってきます!」
星司は鞄を肩に掛けて出掛ける準備を手早く済ませると、昨日までとは異なる世界が待っていることを確信しながら、気合を入れて家を出るのだった。
「……何も変わりませんね?」
家を出てから暫く歩き続けた星司は、立ち止まると周囲を確認しながら呟いた。
周囲を見渡しても視界に異常はない。
星司が住んでいるのは地方都市であるN市の郊外にある住宅地であり、ゴールデンウィークの朝ということもあって大通りの交通量は多かったが、"神秘"と呼べるモノは何も視えていなかった。
過剰に警戒していた分だけ、肩透かしを感じたが、すぐに星司はその原因を察することができた。
ソレは単純にして明快な事実であった。
右眼が疼いていないのだ。
(右眼に霊力が集まっていません。
つまり、【霊視眼】が発動していないということです。
自力で霊力を集めれば発動するのかもしれませんが……全く感覚が掴めませんね。
もしかすると、僕の霊力が足りないのでしょうか? ……いや、違いますね)
──ズキ……。
(……なるほど、発動した開眼能力には
なら、【星霊眼】に宿る他の開眼能力は使えるのでしょうか?)
星司が自分自身の根幹へ問いかけるように意識を向けると、僅かな疼きと共に"記憶"の断片が浮かび上がり、知るはずもない開眼能力に関するルールの一部を思い出したように理解していた。
(……この"記憶"は厄介ですね。
僕は全く右眼を使いこなせていないのに、無意識に知っていることを前提としてしまいそうです。
それに……おっと!?)
チリン、チリン。
と、"記憶"に集中しようとした星司の横を自転車が通り過ぎて行く。
(ぼうっとしてたら危ないですね。そういえば、近くに公園があった筈ですが……)
ふと思い立った星司は、交通量の多い大通りから、人通りの少ない横道へと入った。
そのまま少し歩けば、喧騒は遠くなり、ポツンと小さな公園が見えて来る。
公園の中では数名の子どもが遊具で遊び、それを母親のグループが見守りながら会話している。
公園の端には誰も座っていないベンチがあり、その上には空き缶が置きっぱなしになっていた。
公園の中に入った星司は、空き缶を避けてベンチの比較的綺麗な場所に座った。
持っていた鞄を膝上に置き、ちらりと顔を向けてきた母親グループに軽く頭を下げてから、再びぼんやりと"記憶"について考え始めた。
目線の先にはレンガで囲まれた小さな花壇と網目状のゴミ箱があり、一匹の三毛猫がレンガの上で眠っている。
(滅びた星の"記憶"……誰かに伝えたりするべきですかね?
右眼も自由に能力が使えないなら、これからどうするべきでしょうか?
……なんだか早速、振り回されている気がします。やっぱり無双の主人公なんて程遠いですね。
まぁ、僕みたいな子どもが突然チカラを手に入れたなら、当たり前のことだとも思いますけど……)
外へ出たことで急激に増した現実感に考え込んでいた星司は、なんとなく隣りに置かれた空き缶を手に取って立ち上がると、向かいに置かれたゴミ箱へ歩き出す。
(それでも悲観する気は全く起きませんね。
何より、『ダサい真似だけはしたくない』と、そう思っているのは右眼の"記憶"じゃありません……間違いなく僕自身の意思の筈です)
あと数歩までゴミ箱に近づいた星司が、ポイッと、空き缶を放り投げた瞬間、
──ズキン!!
強く右眼が疼いた。
「くっ!?」
そして、投げた空き缶を注視していた星司が咄嗟に右眼を押さえ込もうとする直前に、
ピチュン! ジュワッ!!
という形容し難い音を残して、空き缶が空中で跡形も無く蒸発した。
「は? ……うわっ!?」
──ズキン!!
突然の怪奇現象に対する戸惑いを無視するように、再び右眼が疼き、急激に星司の根幹へと"記憶"が流れ込み始める。
そして、右眼からキュインと機械仕掛けのモーター音が響き、視界が強制的に切り替わっていく。
しかし、なぜか映し出された"記憶"の内容はモノクロで荒い状態だった。
────視界が乱れており、雑音だらけで何も聴こえない。
『…………』
星司の視界が少し安定して、曖昧な"記憶"を覗く。
何処かの未来的な機材が並ぶ研究室で、実験台にジッと横たわる影とその周りを忙しなく動く影、二つのシルエットが語り出す。
『完成だ!! やはりロマンにビームは欠かせないよねぇ!! そもそも、眼からビーム以外に何を出すって言うんだい? ドウメキくぅん!?』
『ハカセ、眼からは涙が出れば十分ではないでしょうカ?』
『ロマンティック!? ビームよりもロマンティックじゃあないかぁ!? くぅ〜っ、分かったぞ!! ビームにオマケで涙を流せる機能も付けちゃおう! お値段は驚きの添え置きだぁ!!』
『ワー、おトク、おトク』
横たわっていた影の上半身が起き上がり、額部分の存在感だけが増して色付くと、現れた第三の目がゆっくりと左右に開く。
隠されていたカメラアイだけがキュインと星司を探して蠢くと、虹彩に歯車を組み合わせたような紋様が浮かび上がり、メタリックに輝きだす。
星司はその輝きの先に、複数の人影が視えた。
『そして、【攻撃型人工星霊《
──バツンッ!!
まるで停電でもしたかのように暗転した視界が元に戻る。
「は??」
既に右眼の疼きは掻き消えており、その瞳に輝きはなく、なんのチカラも感じられなかった。
異常事態が二連続で起きたことで、強くなった筈の精神力をもってしても呆然としてしまった星司は、無意識に思ったことを呟いていた。
「眼が……ビーム……ダジャレですか?」
──ジ……ジジ……ジ……。
星司の素朴な疑問を置き去りにして、世界に再びノイズが走り、
カン!
と、ゴミ箱から軽い音が響いた。
「ッ!? ゴミ箱……?」
突然鳴った音にビクリと、身体を震わせた星司だったが、その動揺は直ぐに治り、音の発生源であるゴミ箱を覗く。
すると、そこには半分になってひしゃげた空き缶が一つだけ入っていた。
そして、その空き缶は星司が放り投げて蒸発した缶と同じ絵柄であった。
(半分になった缶……? それに僕が捨てたのと同じ……どういうことでしょうか?
さっきのは修正力でしょうから、元に戻るのは分かります。
でも、半分だけ元に戻った理由が分かりませんね)
ゴミ箱を見つめながら考え込んでいた星司だったが、"神秘"の世界による洗礼はこれだけでは終わらなかった。
『人界でゴミを捨てるのに秘術を使うとは、イカれたガキだぜ……』
何の前触れもなく、星司の頭の中に渋い男の声が響いたのだ。
「うわ!? ……猫さん?」
空き缶が鳴った音よりずっと驚いた星司が急いで見回すと、花壇を囲うレンガの上で眠っていた三毛猫が、いつの間にか足下に座っていた。
『ニャン!? 物騒なその"眼"をこっちに向けるんじゃねぇぜ!! オイラとケンカする気なら、目ん玉を引っ掻いてやるぜ!!』
「あ!? すいません! でも、眼からビームはもう出ませんよ」
『んニャ? 確かにお前さんからはちっとも霊圧を感じられねぇな? ……ゴミ掃除に霊力全ブッパとは、益々イカれたガキだぜ』
三毛猫が胡乱な目で星司を観察してから、納得するように頷くと、星司もそっと小さく溜息を吐いてから頷いた。
(やっと僕も落ち着いてきました。……大丈夫です。妖精、気功、幽霊、呪いとくれば、猫が喋るくらいは想定内ですから。
まだ、さっきの"記憶"が暴走した件の方がヤバいでしょう。……ハカセ、絶対マッドなタイプですよね。また、勝手に眼からビームが出たらどうしましょうか?)
そして、星司と猫との不思議な対話が始まるのだった。
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