僕の霊視眼が疼く!! その2

『ギギ……ググ……』


 恨めしげなオッサンのハゲ頭が、陽一の肩に乗って唸っているのが、星司の右眼には視えていた。


「いやいや、父さんがハゲてるんじゃないですよ!?

 スダレハゲのオッサンが父さんに憑いているんです!!」


「「「「ええ!?」」」」


「星司!? フォローになってないよ!」


「あなた、暫くは寝室を別にしましょう」


「スダレハゲ……落武者?」


「お父さんエンガチョー!!」


 家族の誤解に気づいた星司が慌てて訂正するが、寧ろ悪化してしまう。

 落ち込む陽一に謝りながら、星司は仕切り直した。


「ゴホン。誤解を招いてすみません。

 僕の右眼がのは……多分、皆んなの周囲にある霊的なチカラ──"神秘"だと思います。ただし、僕が未熟なので分からないことだらけですが……」


「厨二病じゃなくて、占いだったのか?」


「……さぁ? 僕は疼いた右眼で視たことを話しているだけですよ」


「お、おう。疼いたなら仕方ないな」


 星司が疑問に答えると、星一は少し顔を引き攣らせながらも納得した。

 頷き返した星司は、美星の頭上に顔を向けて少し悩んでから話し始める。


『キャハハハ!!』


 "神秘"へ意識を向けた星司には、幼い笑い声が聴こえていた。


「うーん。休日とはいえ、いつまでも僕に付き合わせるのは悪いですから、手早く視えたまま伝えますね。

 まず、美星の周囲には緑色に光る小さな子どもが視えます。顔とかは分からないのですが……薄っすら羽根も視えますので、恐らく妖精じゃないですかね?」


「妖精!? カワイイ!!?」


「可愛いかは微妙ですが、めちゃくちゃ楽しそうに踊って飛んでますね」


「そ、そうかい。元気な美星に相応しいね。僕はオッサン憑きだけど……」


「もう、あなたって人は……。

 あら? そういえば、小さい頃の美星ちゃんはよく誰もいない場所を見てたわね? それに幼稚園の時くらいまでは、『妖精さんと遊ぶ』って公園でもはしゃいでいたかしら……」


「イマジナリーフレンドってヤツか?」


「んぅ? 妖精さん? あれ?? なんか一緒に遊んだことがある気がする……」


 小学六年生にしては幼さが強く残る顔で、首を傾げながら何かを思い出そうとしている美星の周囲を、淡く輝く妖精が無邪気に踊っていた。

 完全にファンタジーの世界観な妹の様子を横目に、兄である星一へ顔を向け直した星司が続ける。


「兄さんは身体にオーラみたいなチカラが少しだけ流れていますね。多分、気功とかそういう系統の才能があるんだと思います」

「まぁ、星一ならありそうだね」


「星一くんは本当にお義父さん似のマッチョさんになったけど、柔道の次はカンフーでもやるのかしら?」


「星一お兄ちゃん、ハーッてやるの!? 手から出るの!?」


「この歳でハーッを人前ではやれんよ。……いや、人前以外でもやってないからな!?」


 強面の顔を赤くして秘密の習慣を否定する星一の身体は、小柄な有馬一家では例外的に逞しい。大柄である父方の祖父の血が色濃くでていた。

 中学時代には柔道の大会に出場して好成績を残しており、高校のスポーツ名門校によるスカウトもあったが、『スポーツを義務でやりたくない』と断って近場の公立高校へ進学を決めてしまった、独自の価値観を貫く性格でもある。


 そんな楽しみながらも自己鍛錬を欠かさない文武両道の星一に流れるエネルギーは、一見すると掠れるほどに細く、途切れがちになりながらも、身体全体を巡るように伝わっていた。

 星司は鼓動するように流れる兄のエネルギーから目を離して、母である美月の頭上へと視線を動かした。


『キャン! キャン!』


 美月の頭上では、子犬が陽一の肩に乗ったハゲたオッサンに向かって吠えていた。


「そして、母さんの頭には子犬が乗ってますね。青白い影みたいだから犬種はハッキリしないですけど……この懐き具合は、ナガレにそっくりです」


「「「「ナガレ!?」」」ちゃん!?」


「そうです。子犬になっていますが、凄い父さんの方を威嚇してますね。……肩に乗っているハゲたオッサンがビビりまくっていますよ」


「え?」


「あなた、ナガレちゃんが怖がるから少し離れて下さいね」


「ええ!? ……星司は僕に恨みでもあるのかい?」


「いや、威嚇してるのは父さんではなくてオッサンなんですが……っ!? あぁ、本当にナガレなんですね」


 哀しそうな父親の誤解を解く中で、青白い影でしかなかった子犬にハッキリとした印影が浮かび、存在感が増していく。

 そして、手の平サイズから少しだけ大きくなりながら変化が終わると、影の子犬は霊力の輝きを放つ柴犬の姿となっていた。


 ナガレは有馬家で飼っていた柴犬であり、三年近く前に老衰で亡くなっているが、美月にとっては最古参ともいえる家族である。

 というのも、有馬家が住んでいるのは、元々母方の亡くなった祖父母が住んでいた家をリフォームした建物であり、ナガレも美月が結婚前から飼っていたのだ。

 甘えん坊な性格で、家族全員に懐いていたが、特に母である美月にとっては最初の子どもとも呼べる存在であった。


(コレはが増した》》ということですかね?

 うーん、厨二病というより、兄さんが言った通りの占い師か霊能力者ゴッコになってますが……どうせなら限界までやってみましょうか)


 家族の目線が集まった自分の頭へと優しく手を伸ばして宙を撫でている母の姿を見た星司は、少し考えた後で食卓の座席から立ち上がった。

 そして、隣りに座っていた美星の周りを飛ぶ妖精に顔を近づけて見つめる。


「〔視るは知る……〕」


 星司は【霊視眼】の"記憶"をなぞった。

 巫女少女シビュラの『この世ならざるモノを見透す』霊眼を再現しようとする意思が、青白い右眼の輝きを増幅する。

 そして、右眼に集まる霊力の動きが、星司に未知なる感覚を理解させていく。


 緑色に光る小さな子ども、妖精を視ようとするイメージで霊力を込めた。


『キャハハ!!』


「あ……妖精さん……」


 ボンヤリと呆けたように呟く美星の視線が、ハッキリと存在感を増したへと向いている。


「〔知るは触れる……〕」


 そのまま星一の背後に移動した星司が、背中に触れて霊力をオーラに混ぜて巡らせるイメージを込めた。


 コォッ!!


「おぉっ!? なんだ? ……身体中を熱の塊が流れている?」


 身体を巡っていたオーラの流れが活性化して真っ赤に輝やく汗を噴き出す星一は、手を開閉しながら何かを確認している。


「〔触れるは障る……〕」


 幻影を突き抜けるように手を動かしている母親の頭から、ナガレを美月の座っている食卓の上で手放した。


『クゥン、クゥン……』


「え? ……本当にナガレちゃん?」


 目の前に突然顕われた存在を凝視した美月は、恐る恐る手を伸ばそうとしている。


「〔障るは祟る……〕」


 最後に急変した家族の様子に混乱している父親の肩から、ハゲたオッサンの頭を掴んで引き剥がした。


『ギャアァァ!?』


「うおっ!? ……か、課長?」


 突然、苦しみ叫ぶ頭だけのオッサンが視えた陽一は、ソレが自分の出世と同時に異動した元上司の顔であることに気付く。

 そして、スダレハゲのオッサンは、憤怒の表情で掴んだ星司の右眼を覗き込み、


──ズキ……。


 星司の右眼が僅かに疼くのと同時に、白目を剥いて消滅しそうになってしまった。


(……祟るは、祟るでも、僕が祟っていませんか? それに覗き込んできたオッサンの方を、僕が覗いてしまいましたね)


「妬みの呪いですか……父さんがお世話になったお返しが必要ですね。

 それでは、〈キャッチアンドリリース〉です!」


 "記憶"と似た一瞬の幻影によって、元課長の父親への妬みを垣間見た星司は、掴んだオッサンに霊力を込めると、部屋の窓に向かって全力で投げ捨てる。


『ギィアアァァ……!?』


 閉じた窓を透過して飛んでいくオッサンを見送った星司が振り返ると、部屋の中は混沌に包まれていた。


「あはは! 妖精さん、遊ぼう!」


「フゥゥ、ハァッ!!」


「ナガレちゃんはとっても可愛くなりまちたね。赤ちゃんになっちゃたんでちゅか?」


「おぇっ。セクハラハゲ課長がずっと一緒にいたなんて……」


 有馬家の全員が虚ろな表情で、邂逅してしまった"神秘"にいたのだ。


(やり過ぎましたか? どうするべきでしょう……ん? 右眼の霊力が……)


 スゥゥゥ……。


 【霊視眼】の輝きが収まり、継続していた僅かな疼きも消えていく。同時に周囲で煌めいていた青白い霊力の流れも、家族に纏わる"神秘"も、幻想の全てが薄れていった。

 そして、星司の視界が昨日までと変わらないに戻った瞬間、


──ジジ……ジ……ジジ……。


 世界にノイズが走った。


「っ!?」


 ソレは一瞬の出来事であり、星司が驚愕して周囲を確認した時には、


「ごちそうさま。お母さん! わたし、公園行ってくるね!」


「あら? なんだか私も散歩したい気分だわ。あなたも一緒にいかが?」


「うん、いいね。今朝は凄く肩が軽くて気分がいいんだ。喜んでご一緒するよ。

 あ、そうだ! 散歩なら、近場で花祭りをやっている筈だから、車を出そうか?」


「お花!? わたしも行きたい!!」


「いいわね。じゃあ、混まない内に皆んなで行きましょうか」


「星一はどうするかい?」


「俺も調子がいいから、今日は限界までトレーニングをするよ。何か掴めそうなんだ。昼も自分で食うから気にしないでくれ」


 家族が今までの出来事が無かったかのように行動し始めたのだ。


 妖精も、気功も、子犬も、ハゲたオッサンさえも話題に上がることはなく、全ての"神秘"は忘却の彼方へと去っていた。

 それどころか、星司の存在さえ忘れたかのように……家族全員がこの場から逃れるように食卓を離れていく。


──ズキ……。


 呆然と家族が部屋を出ていく様子を眺めていた星司の右眼が僅かに疼き、その痛みが思考を促す。


(今のは一体……いや、見たままでしょうか?

 異常を否定するチカラ……所謂いわゆる、"世界の修正力"ってヤツですか?

 いやいや、漫画知識も侮れませんね。"記憶"に頼らなくても、イカれた常識のテンプレートが既にあるんですから……。

 この世ならざるモノ、"神秘"の事象を忘却させる強制力……僕のことが見えてなかったのも修正力の影響だとすると、【霊視眼】が原因でしょうね)


 一人残された星司の推測は、この世ならざるモノが"神秘"たり得ている理由へ至る。


 文字通り、秘されているのだ。

 世界によって。


(思い返せば、僕が会話の主導権を握り続けていたのは不自然でしたし、厨二病の行動を皆んなが受け入れ過ぎていた気もします。

 恐らく、僕は何かしら霊的な強制力を発動していたのでしょう。

 そして、修正力による揺り戻しによって、僕のことを一時的に"認識"し難くなっていた……そんな確信があります)


 故に改めて結論が出る。


「つまり、カミングアウトに意味はなく、この右眼が疼く間は、永遠の厨二病という訳ですか……」


 星司は厨二病を世界に強いられていた。

 修正力だから、仕方がない。


 

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