僕の霊視眼が疼く!!
ゴールデンウィークが始まったばかりの早朝、一家全員が揃っている有馬家の食卓で、星司は家族から生温い目で見られていた。
黙々と食事を進めていく星司を他所に、父の
そして、食事が終わる頃になって、遠回りをしていた会話が星司の再発した厨二病の話題へと辿り着いた。
「それにしても星司の厨二病かぁ。
なんだか懐かしいけど……高校受験でストレスが溜まっているなら、山へキャンプにでも行くかい?」
「あら、いいわね。
私も久しぶりに天体観測がしたいわ!
だけど、山ならキャンプに行かなくても、お義父さんの所でお世話になる予定でしょう?」
「爺さんの家なら庭でバーベキューとかでもよくないか?」
「お肉? さんせー!! ねっ! 星司お兄ちゃんもいいでしょ!?」
「バーベキューですか?
そうですね。僕もいいと思います」
美星に話を振られた星司が賛成すると、陽一が少し驚く。
「あれ? 丁寧語はそのまま続けるんだね」
「……何か誤解があるみたいですが、今朝はちょっと右眼が疼いただけですよ?」
右眼を押さえる星司に、陽一は複雑な表情を浮かべた。
「そ、そうか。疼いてしまったなら、仕方がないね」
「そうね! 仕方がないわ」
「あぁ、男なら稀によくあることだな。仕方ねぇよ」
「星司お兄ちゃん、また"我"って言わないの?」
「「「……」」」
「……さぁ、どうでしょうね?
右眼にチカラが宿ったばかりですが、少なくとも今はまだ、口調を変えたいとは思ってないですよ。
幸運にも昨日までと同じ、僕は僕のままみたいです」
「ふ〜ん。じゃあ、今度はどんなチカラを使えるの?」
「「「……」」」
星司は厨二病だと誤解されることを覚悟していたので、家族との会話中もほとんど正直に答えていた。
そして、おかしな言動で避けられることも想定していたが、逆に積極的な質問をしてくる美星の態度に驚きと疑問を持った。
「思っていたよりグイグイ来ますね……どうしたんですか?」
「え? だって、わたしね! 星司お兄ちゃんが昔遊んでくれた厨二病ゴッコ、面白くて好きだったんだもん!」
「ッ!? ……そうでしたか」
無邪気な妹の笑顔に、星司は何も言えなかった。
「あぁ、やってたねぇ」
「ふふ、あの時の星司くんが大事にしてた文字を描いた包帯はどうしたかしら?」
「三年くらい前だっけ? 俺は部活に熱中してた頃だな」
「封印されたキンキノチカラなんだよね!」
「「「……」」」
数年前の黒歴史を家族が懐かしみながらも、笑いを堪えている姿を見て、激しい羞恥心が込み上げてきた星司だったが、なぜかすぐに気持ちが落ち着いてしまう。
自分の精神が安定し過ぎているため、逆に星司は困惑してしまった。
(……やっぱりおかしいですね?
僕のメンタルは大して強くなかったのに、動揺が続きません。いや、恥ずかしいは、恥ずかしいんですけどね……。
感情が失われたり、変化した訳じゃないみたいですが、精神そのものが強くなっているような……? 心を覆う厚みを感じます。
まぁ、今はいいです。光る右眼に比べれば急ぐ問題じゃないでしょう)
その困惑すら受け入れてしまった星司は、自分の精神性に関する疑問を一旦棚上げにした。
そうすることができたのは、美星に答えたようになぜか自分の本質は変わっていないという確信があったからだ。
「……なるほど、それでは教えましょう。
この【彼方にて滅びし星霊の軌跡を宿す《
……【星霊眼】は、"星霊の記憶"に刻まれた数多の星霊の能力を発動できるみたいです」
厨二病の設定であるかのように、"記憶"の断片から読み取れたイメージを簡略化して伝えていく。
その時、星司はなぜか家族へ詳しい能力を隠す必要性を感じていなかった。
「まぁ、今は宿ったばかりで、どの星霊のチカラも使うことは……」
──ズキン!!
「くっ!?」
咄嗟に右眼を押さえながら、呻いた星司に美星が驚く。
「どうしたの!?」
「……右眼が、疼く!!」
「「「「……おお!」」」」
謎の感嘆を洩らす家族を置き去りに、唐突な疼きを伴って、"記憶"の断片が右眼を通して星司の根幹へ流れ込んでくる。
そして、溢れた"記憶"の欠片が繋ぎ合わさり、右眼の視界に星霊の幻影を浮かび上がらせると、"記憶"に刻まれし"この世ならざるチカラ"──開眼能力の目覚めが告げられるのだった。
────誰かが、星司を視ている。
『"星霊の記憶"を継ぎし器よ。
此度、目覚めし星霊は、滅びた惑星アイボールに文明が生まれ始めた時代、強大なるこの世ならざるモノに翻弄されていたヒト族の中に顕れた始まりの開眼能力者である』
星司の視界が"記憶"を覗く。
ある少女の物語が視えた。
少女は幼い頃から己を視ているモノ達がいることを感じていた。
未だ拙い文明で暮らすヒト族が、この世ならざるモノを畏れ敬うだけで、触れようともしなかった時代にも関わらず、己のすぐ隣に在るモノを否定せずに少女は受け入れていた。
周囲が恐ろしさに震える闇の帷にすら親しみを覚えながら、誰もが畏れ敬うモノ、集落を襲う化け物達とすら、言葉を交わしてみたいと少女は純粋に願っていたのだ。
その願いは、低い霊格の弱者に過ぎなかったが故に、可能性で満ちていたヒト族のアストラル体へ
そして、少女はあらゆるこの世ならざるモノを見透す霊なる瞳を開眼した。
少女はこの世ならざるモノを視て、触れて、話して、学んでいった。
少女はこの世ならざるモノと交渉し、協調し、反発し、説得していった。
少女はこの世ならざるモノが視えぬ者達も見極め、祓い、清め、教え、導いていった。
少女はこの世ならざるモノとヒト族を結びつけ、やがて《始まりの巫女》と呼ばれるようになった。
四方に
神聖な気配を纏う巫女装束に似た姿をした三つ目の少女が、額の目だけを閉じた無表情のままで口を開く。
『ワタクシの開きし"
されど、視るは知る。知るは触れる。触れるは障る。障るは祟るに通じますれば……。
貴方様が"神秘"を覗く時、"神秘"もまた貴方様を覗いておりますこと、ゆめゆめお忘れなきように』
少女の第三の目がゆっくりと左右に開く。
隠されていた縦長の瞳だけがギョロリと星司を探して蠢くと、虹彩に複雑な紋様が浮かび上がり、青白く輝きだす。
星司はその輝きの先に、誰かが視えた。
『そして、【星幽より訪れたるモノを見透し祓う《
星司の右眼が青白く輝いている。
その輝きは"記憶"の巫女少女、シビュラと比べれば僅かに過ぎなかったが、ハッキリと瞳の色が変わっていた。まるで水晶のように煌めく半透明の瞳へと変化した右眼には、シビュラと同じ紋様……星紋が浮き上がり、輝きを放っているのだ。
星司はそれをなぜか確信できていたが、星司の家族は全く輝きを認識できていなかった。今も右眼を押さえる星司を生暖かく見守っているのだ。
そして、右眼を光らせた星司は、本人も自覚しないまま精神力と同様に強化された思考力……正確には強化された精神によって思考する能力を発揮していた。
(今のは夢と同じ"記憶"ですか?
それに右眼がまた光ってるように感じますが……やっぱり気付かれていませんね?
いや、それよりも危険は……なさそうですね。危険がないと分かる理屈は分かりませんが……。
何より、今の"記憶"で語り掛けてきた巫女さん──シビュラさんをなぜか知っている気がします。
……どうにか説明書が欲しいですね。
右眼のことも概要しか分かりませんし、知らない異星人の巫女さんを知っているなんて……あれ? この感覚は?)
家族の目の前で起きた異常事態にも、高速化した思考の中で星司の精神はすぐに落ち着きを取り戻した。
しかし、意味不明な状況に対する疑問が解決した訳ではない。
特に右眼の視界を奪って語り掛けてきたシビュラという巫女少女に対して、星司は驚くよりも強烈な既視感を感じていた。
そして、その既視感こそが星司に一連の状況を唐突に理解させる切っ掛けとなった。
(……あぁ!? もしかして、コレが今朝から繰り返されている変な確信の正体ですか!?
僕は思い出せないだけで全てを知っている!!)
些細な気づきが、星司の奥底から確信を引き出していく。
(多分、間違いないでしょう。
僕は昨日の夢で滅びた星の"記憶"の全てを見て知っている……。
"記憶"が断片的なのは、量が多すぎてほとんど理解できていないから……?
そりゃあ百科事典みたいな説明書を貰ったとしても、覚えてなければ意味がないですよね……。
なんだかスマホみたいな理由ですけど)
さらに、確信から逆算された理屈が、不可思議な現状へ理解を齎らし、未だ残る疑問に推測を与えていく。
(うーん、凄く昨日までの僕っぽい平凡な理由で逆に安心しましたが、新しい右眼のチカラ──開眼能力とやらの使用方法くらいは何とか分かりそうですかね?)
星司が己の根幹にある"記憶"を意識すると、右眼の疼きが急速に薄れ始め、押さえていた手を離した視界が明確に変化していく。
取りこぼしたはずの知識が泡のように浮かび上がり、理解不能の"神秘"に星司を適応させていったのだ。
目覚めた右眼の視界には、星司の既知だったはずの世界において、未知なる領域が視えていた。
「おぉっ!?」
「「「「??」」」」
それは青白いエネルギーの奔流だった。
星幽界あるいは霊界とも呼ばれるこの世ならざる世界に満たされた根源的エネルギー──霊力の流れが視えているのだ。
そして、その流れは美し過ぎた。
だからこそ、星司は"眼"を奪われてしまった。
いつの間にか右眼の視界が身体を離れ、世界を巡る霊力の流れに攫われていく。
目紛しく変わる幻想的な景色の中で、霊力の奔流はこの世ならざる領域を横断し、世界の裏側に潜む存在……異界、異形、霊能力者、魔法使い、超能力者、妖怪、モンスター、あらゆる"神秘"に属するモノ達が、走馬灯のように過ぎ去っていった。
それでも霊力の奔流は止まることなく、その流れは段々と"神秘"の深層へ渦を巻くように落ちていく。
深く、深く、深く、さらに深く……その深淵にソレは在った。
死んだように眠るソレを星司は【霊視眼】で視てしまったのだ。
モゾリ……。
故に、視線を受けたソレは……。
──ズキン!!
右眼が強く疼き、一瞬で視界が戻る。
「っ!? はぁっ! はぁっ!」
(今のはヤバかったですね! 完全にシビュラさんの警告を無駄にするところでした!
マジで特別な能力を得たその日の内に死ぬところでしたよ!?
……あれは絶対、邪神とかのラスボス系怪物です。視られてたら死んでましたよ。そういうの僕は詳しいんです)
精神が不自然に強化されていてなお、星司の心を恐怖が支配していた。
思わず周囲を確認すれば、家族が生温かかった視線に心配の色を濃くし始めている。
そして、精神が急速に落ち着いていく中で、星司は感覚的に理解した。
(かなりの時間が経過していると思っていましたが、この【霊視眼】が開眼してから一分も経っていませんね。
そして、能力は未だに発動中ですが……ピントが合うように、今の僕が扱える程度まで【霊視眼】の性能が調整されていると分かります)
星司の視界は元に戻っていたが、再び周囲を意識して視ると、霊力の流れは薄っすらとしか映らなかったが、代わりに別の"神秘"を確認できた。
妹である美星の周囲に踊る緑光の小人。
「妖精?」
兄である星一の身体を巡る薄赤いエネルギー。
「気功?」
母である美月の頭に乗っている青白くボヤけた小型の犬らしき影。
「子犬?」
父である陽一の肩に纏わりつき、隣の子犬に威嚇されて顔を歪めている、ドス黒い煙で形成された男の顔。
「ハゲたオッサン?」
「「「「ハゲたオッサン!?」」」」
突然、それぞれの顔以外を順番に見つめて呟き始めた星司に驚いていた家族だったが、想定外のパワーワードに全員の声が揃う。
当然、陽一以外の視線は一家の大黒柱の頭頂部に集中するのだった。
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