僕の右眼が疼く!!

仮面ライター

第一章 僕の右眼が疼く!!

プロローグ 僕の右眼に宿る!!

────鮮やかな色の美しい巨大な眼球が、星空に浮かんでいる。


『"とある星"が寿命を迎えた』


 誰かの声が聴こえると、記録映画のように場面が変わりながら、遥か彼方の"記憶"を伝えてくる。



 大陸の独特な形状が"巨大な眼球"に見えるという理由から《大いなる眼差しアイボール》と名付けられた少々奇妙ながらも美しかった惑星は、膨大な年月と共にその鮮やかな色を失っていき、渇き果てた大地の奥深くまでヒビ割れていった。


 永き刻の中で数多の生命を育み、生を、死を、愛を、戦いを、歴史を……そして、何よりも伝説に謡われる星霊達を見守り続けた惑星は、その定められた役割を終えたのだ。


 しかし、アイボールで最期に産まれた《終末の星霊》は、母なる星がただ終わることを良しとしなかった。


 僅かに残された星霊達の力を凝縮すると、惑星の核から[星霊石]を生み出し、アイボールが見守り続けた"星霊の記憶"を刻み込んでいった。


 そして、寿命を終えて砕け散る惑星の中心から、[星霊石]を旅立たせた。


 ただの記憶……惑星アイボールが存在したという証に過ぎなかった[星霊石]は、遥かなる時を越え、銀河の彼方より星々の海を進み続けた結果、星の種とでも呼ぶべき《始原の星霊》として昇華された。


 ただし、《始原の星霊》が意思を持つことはなかった。

 いや、持てなかった。誕生より続く孤独が、想念を虚無へといざなったのだ。


 だが、永劫に続くと思われた孤独なる旅路にも終わりは来た。


 は確かに偶然であり、有り得ざる無に等しい可能性でしかなかった。


 しかし、同時に果てしなき時間が齎らした、来たるべき必然でもあった。


 は確かに終わりであり、滅びた星を看取りし《終末の星霊》が望んだ願いの成就であった。


 しかし、同時に《始源の星霊》の意思が目覚めた、新たな旅路の始まりでもあった。



 星が降る。

 蒼き星──地球と呼ばれるアイボールによく似た惑星の夜空に、この世ならざる一筋の星が流れていく。


 星が落ちる。

 極東の島国──日本人と呼ばれる旧き"神秘"と新しき"神秘"が混在する国の民が住む街々の上空で、雲を切り裂きながら星が導かれて飛んでいく。


 星が宿る。

 有馬星司アリマセイジ──滅びた星の記憶と引き合う"平凡な少年"が暮らす家の屋根をすり抜けて、[星霊石]がベッドで眠る少年の右眼を貫くように吸い込まれていく。


 《始原の精霊》と星司の魂は邂逅し、共鳴し、融合する。

 星の種は芽吹き、星霊は再誕し、蒼き星の意思が目覚め始める。


 異端なる超越者は"神秘"の世界を歩み始め、[星霊石]に秘められた"星霊の記憶"へ新たな軌跡が刻まれていく。



 流れ続けていた"記憶"が終わり、誰かの声が再び聴こえる。


『そして、【彼方にて滅びし星霊の軌跡を宿す《大いなる眼差しアイボール》を継承せし星眼】が開眼する 』────



「いやいや、勝手にされても困るんですが……。

 うーん、やっぱり、しっかり、間違いなくますね?」


 ゴールデンウィークの初日、中学三年生にしては小柄な少年である有馬星司は、朝起きてから感じていた右眼の違和感を調べようとした洗面所で、誰にともなく尋ねていた。


 夢だと思っていた断片的な"記憶"を振り返った星司が、いくら洗面所の鏡を覗き込んでも変わらない不可思議な現実を前に、思わず声を出して確認してしまったのだ。


(どうやら流れ込んできたイメージ……"記憶"の通り、僕の右眼には[星霊石]とやらが宿ったみたいですね。

 あれ? 夢オチじゃないってことは、もしかして……この"眼"に付けられた超長い名前もそのままですか!?)


 鏡に触れそうなほど近づいた右眼の瞳が様々な色に変化しながら黄金の輝きを放っている。


 いや、瞳の色が変化しているのではない。


 ギョロ、ギョロリ。


 現実の右眼に重なって、様々な幻想の眼球が蠢いていた。

 不可思議に輝く漆黒の瞳と鏡面が合わせ鏡となり、虹彩の奥底で不可思議な紋様を浮かび上がらせた赤や青、金や銀などに染まった瞳が無数に重なって写っているのだ。


(それにしても、僕は何でこんなに落ち着いているんですかね?

 いや、絶賛混乱中ではあるんですが……昨日までの僕なら、眼が光った時点で叫ぶか、腰を抜かすか、チビってますよ)


 星司は自分が平凡な人間だと思っている。十数年も生きていれば、子どもながらに己を知ることができるのだ。


 自分に特別な能力はない。


 それは悲しい自覚だった。

 "特別な自分"を諦められず、否定しようと必死で行動したこともある。

 しかし、自分や世界を知れば知るほど、物語の主役のように特別な能力など持てる筈がないと理解できた。

 それどころか、仮に特別な能力を得られたとしても、『どうせ慌てふためき持ち腐れるだけの"ダサい脇役"がお似合いだろう』と悲観していた。


 昨日まで、間違いなく有馬星司という少年は平凡だったのだ。


(特別な能力が文字通り『そらから降って来た』訳ですが……そんな異常事態を否定する気持ちが湧きません。

 僕は間違いなく驚いてますけど……頭の中がぐちゃぐちゃになってますけど……この状況を当たり前に受け入れてもいます)


 意味不明な"神秘"を前に現実感はない。

 だが、時が経つほど膨れ上がっていく確信があった。

 知る筈のない記憶が恐るべき変化の自覚を促しているのだ。星司の根幹──魂の深奥が未知なる"神秘"を『既に知っている』と囁いていたのだ。


 そして、何より……、


──ズキン!!


「くっ……!?」


 不定期に訪れる鈍い痛み。鼓動のように繰り返される謎の膨張感。

 それは正しく目覚めの疼きだった。


「右眼が……疼く!?」


 右眼を隠すように片手で押さえた星司の口から、台詞が漏れる。

 朝起きてから拡大し続ける混乱が、封印された過去の記憶を刺激したのだ。


 それは逃避行為に過ぎない戯言のはずだったが、恐るべきことに真実でもあった。


 そして、星司が状況を整理するために右眼を押さえてジッと俯いていると、


 ガチャ。

 と、閉じていた洗面所の扉が急に開いた。


 入って来た者へと右眼を押さえたまま星司が振り返る。


「「……」」


「おはようございます」


「おはよう。お兄ちゃん」


「「……」」


 洗面所に入ってきた幼さが強く残る少女──妹である美星ミホと、星司は奇妙な間を空けながら挨拶を交わした。


「ねぇ、顔を押さえてどうしたの?」


 右眼を押さえたままの星司を見た美星が、不思議そうに尋ねた。


「……ちょっと右眼が疼いただけです」


 星司は一瞬考えてから、その疑問へ正直に答えた。


「……ふーん、そっか」


 納得したように頷いた美星は、押さえた指の隙間から覗く星司の右眼をジィ〜ッと見つめた後で、


 …………ガチャリ。

 と、洗面所を使うことなくそのまま後退して扉を閉めた。


 そして、星司の愛すべき妹は、


「お母さん! 星司お兄ちゃんが、また"厨二病"になっちゃったよ!?」


 扉の向こう側で、客観的事実を叫ぶように告げるのだった。


「……なるほど」


 閉まった扉から鏡へ向き直ると、右眼を押さえたまま星司も頷いた。

 押さえた指の隙間から覗く右眼は、未だに


(やっぱり美星は右眼の輝きに全く気付きませんでした。多分、オカルト漫画みたいに霊感とかが必要なパターンですね。

 まぁ、バレなかった代わりに致命的な誤解を受けましたが……仕方がないです。

 いや、それどころか好都合かもしれませんね?)


──ズキン!!

 と、再び右眼が疼く。


 "神秘"がうごめきだしたのだ。


 だから、星司は受け入れることにした。


(特別な能力は隠すのがテンプレですが、僕はボロを出さない自信がありません。

 それにビクビクと社会の片隅で怯えて暮らすような『生き方がお似合いだ』なんて、自分を悲観するのも辞めました。

 ならば、何も隠さなければいい……右眼に特別な力が宿ったと宣言すればいいんです)


 克服した筈の病にもう一度罹ることを受け入れたのだ。


 故に、鏡に写る自分を見つめながら、星司は封印された過去を明確に呼び覚ますためのチカラある呪文を唱えた。


──ズキン!!


「くっ……〔僕の右眼が疼く!!〕」


 有馬聖司。中学三年生。

 滅びた星の記憶を受け継いだ少年は、特別な能力を得て、厨二病を再発した。



 こうして彼方より飛来した[星霊石]は、少年の右眼に宿り、様々な混沌を巻き起こすことになる。


 しかし、それは仕方がないのだ。


──ズキン!!


 疼くのだから、仕方がない。


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