第9話 悠馬と透
「悠馬…… 久しぶり…… だね」
「透君…… 本当に…… 本当に久しぶりだね…… なんかとても凄い長く感じる三カ月だったよ」
悠馬からしたら何気ない言葉…… しかし、その言葉も今の透には深く突き刺さる。
「あのね、透君」
「あのさ、悠馬」
二人の言葉が重なりだす。
「あの……」
「その…… ご――」
先手を切ろうとした透の謝罪をおっ被せて来たのは悠馬だった。
「ごめんなさい!」
「えっ?」
謝罪をしてきたのは悠馬だった。
理解できない。自分はここに謝罪するつもり出来ていた。罵倒される覚悟で来ていた。
なのに、謝罪してきたのは『被害者』である悠馬だったのだ。
「ど、どうして……?」
「んとね…… 部活…… 大会出れなくてごめんなさい」
「い、いや…… そもそも部活に出れなくなったのは僕の責任だから……」
「僕……?」
悠馬に聞き返されてハッとした。
あの日、動けなくて何もできなくて、ただ茫然とする事しか出来なかった弱い『僕』。
心無い言葉を浴びせられて、打ちひしがれて、どうしていいかわからなくなった『僕』。
本能的に自分の心を守る為に、心が塞ぎ込む前に、弱い自分から逃げる為に作られた架空の強い『俺』。
素の自分を出した途端に浴びせられたあの言葉が、自分を見るあの目が脳裏をよぎる。身体が本能的に震えだす。
落ち着け、落ち着け! 今、目の前にいるのは
「透君……?」
悠馬の言葉に現実に引き戻される透。
(大丈夫、大丈夫だから…… 目の前にいるのは悠馬…… そうだ、悠馬は僕の…… 僕の……? なんだ? 僕は今何を言おうとした?)
悠馬の言葉に自然と落ち着く透。 今頭の中で考えていた事は一旦置いておくことにした。
「どうした? 悠馬」
「フフッ」
「何かおかしなことでもあったか?」
「ううん…… でもなんか透君が『僕』って…… 妙にしっくりくるなって思ったの」
「そ、そうか? 『俺』って変だったかな」
「うーん、今思えば…… 無理してる感じがしたかな。 まるで……」
「まるで?」
「……ゴメン、今のは忘れて」
「なんだそりゃ」
「あのね、さっきの続きだけど…… あの光景は確かにショックだったなあって……」
あぁ、やっぱりか。 でもそれだったら何故、明日奈の事を振ったんだ? という透の疑問をよそに悠馬が言葉を続ける。
「でもね、家に帰って冷静になって気付いたの。これはキッカケなんだって」
「それってどういう……?」
「変わる為のキッカケだよ。元々予定はしてたんだけどね…… 時期を早める事にしたの。そしたらね、部活の事をすっかり忘れちゃって……」
変わる? 何故? 何の為に? 悠馬の口から出て来る当たり前の様な言葉が透には理解できていない。
そのせいで部活のくだりが全く頭に入っていなかった。
「『誰とも付き合わない』って聞いてたから安心してたのに…… 誰のせいだと思ってるの?」
(明日奈はそんなこと言っていたか? 他の誰か? いや、考えられない…… ダメだ、悠馬が何を言っているのかさっぱり分からなくなってきた)
他の誰か……? スラっと出たその言葉で透の頭の中を過ぎったのは知らない
とんでもない発想にすぐ我に返る透。それに加えて妙に胸がムカムカするのはなんなのか、今までにない自分の感情を理解できない。
「……あのさ…… 明日奈は…… 元気にしてるかな?」
きっとこの話題は来ると思っていた……
明日奈の話。どこまで話すべきか透の心は揺れ動いていた。
正直に悠馬への嫉妬がキッカケに嘘の関係を始めたことを告白し、謝罪をするか。
一旦別れた事だけを伝えて、違うタイミングで嘘の関係を告白するか。
前者を選んだ場合、一気に険悪な仲になるかもしれない。
だけど……
「あ、明日奈とは…… もう終わったんだ。二人でいる機会もほとんどなかったしさ…… 自然消滅に近いかもね……」
ダメだ…… やっぱり今はまだ言えない。言いたくない。
この追い込まれた状況になって初めて気付いた。
もしかしたら悠馬との関係が完全に断たれてしまうかもしれない。
そう考えたら一気に血の気が引いた。そして理解した。
『僕は悠馬に嫌われたくない』のだと……。
卑怯者と罵ってくれて構わない。
いつかちゃんと話をするから、だから、せめて、今だけは…… この心地良い関係でいさせてくれないか……。
「……そうなんだ。あのね、明日奈に謝りかったんだ。あの日以来、関係も拗れちゃったけど…… 昔みたいに…… 戻りたいなって…… ゴメン、一方的だよね。自分勝手だよね。自分であんな事言っちゃったのにね。だから、今のは忘れて……」
悠馬も悩んでたんだな……。
悠馬と明日奈の関係を戻して、自分も悠馬に謝罪する機会をどこかで作れれば…… 考えよう。
その為には、悠馬には姿を現してほしいんだけど……。
「悠馬…… 今はドア越しに話をしてるけど、いつになったら姿を見せてくれるんだ?」
「もう少し時間が欲しいかな…… でも…… できればそう遠くない内には…… ね…… 今はその準備段階なの。でもね、我儘言っちゃうかもしれないんだけど…… たまにこうしてお話ししたいから、また来てくれると嬉しいんだけどお願いしてもいい?」
悠馬が自分にお願い…… 恐らく、初めての事に戸惑いながらも、透は自分で気づかない内に自然と笑みを溢していた。
「わ、わかった。定期的に来るよ」
「本当? 良かった…… 断られたらどうしようかと思っちゃった」
ふと気になった事がある。 会話をしていて「あれっ」と思った。
「な、なあ悠馬。変な事を聞くかもしれないんだけどさ……」
「うん、何?」
「悠馬の声…… なんかいつもより高くないか? 風邪でも引いたかなって思ってさ」
「か…… ぜ……? き、君さ…… 本当に鈍感って言われない? 本当に風邪だったら逆に低くなるはずでしょ……でも、フフッ…… 成果は少しずつ出てるんだね……」
急に不機嫌になったり機嫌よくなったり今日の悠馬は随分と感情が忙しいなと思っていたが、機嫌が良くなったことにホッとして全部どうでも良くなってしまった。
故に鈍感と言われるこの男…… 残念系王子様透は今まで上っ面でしか他者と接してこなかったら察し能力が皆無なのである。
それからどのくらい会話しただろうか…… 悠馬が居なくなった三学期を取り戻すかの様に、三学期が始まってから卒業までの二カ月半に何があったかを話していた。
もう夜に差し掛かり、時間に気付いた透は一旦お開きにしようとする。
「そっか…… 仕方ないよね」と残念そうな悠馬に「また来るから」と再会の約束をして透は玄関へと向かう。
悠馬はドアに耳を当てて、透が階段を下りていく音を聞いている。そして、家を出たことを確認する。
「君のせい…… 君のせいなんだよ、鈍感な透君」
透がいなくなり、シーンとした空間。
ゆっくりとドアを開けて部屋から出てからドアを閉じる。
透が先ほどまで居たであろう場所に身体を預けて目を閉じて呟く。
「『無理してる感じがしたかな。 まるで……』
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