第10話 卒業後のそれぞれが選んだ道~透 編~
高校を卒業してから、透は大学ではなくIT系の専門学校に進路を取っていた。
全国高等学校サッカー選手権大会に出場したこともあり、大学からスカウトの話がいくつか上がっていたが、全て辞退していた。
理由は、悠馬がいないチームは至って普通の、県大会レベルの総合力しかないと自覚していたから。
全国から見たら平均以下の自分が今更大学でサッカーを続けられると思わなかった透は将来を見越して、くいっぱぐれない様に手に職を着けられる道を選択した。
入学してから一年が経過して真面目に勉強している傍ら、容姿も相まって年頃の男女たちからの誘いも多い。
そして今日も……
「一条君、今日合コンあるんだけど、来れないかな?」
「また? 先々週も数合わせで呼ばれたと思うんだけど……」
「女子たちがさ、一条君が来ないと私達も行かないって言いだすしさ」
「だったら少しは合コン控えたらいいんじゃない?」
「出た! 強者の余裕。 てかさ、いい加減に彼女作る気とかないの? 一条君がいつまでもフリーだと女の子達が一条君狙いから変えてくれないんだよ」
「いや…… そんなこと言われてもさ…… あ、ゴメン。明日は大切な用事があるから今日は行けないかな」
「明日なんでしょ? だったら今日は大丈夫じゃん」
実はそういう訳にも行かない理由が透にはあるのだ。
それは専門学校に入学して二カ月後の事。
数合わせでいいからと言われて誰がいるのかは聞かされずにNASAに連行される宇宙人の様に確保されて辿り着いた場所はカラオケボックス。
大して広くもない部屋に男女合わせて八人ほど交互に座っていた。
透が現れたことで盛り上がる女子。その姿を見て苦笑いをしながら歓迎(?)する男子。
その時点で鈍感な透君も流石に察した。「なるほど、自分を連れてくる理由に彼女等を引き留めていたのか」とこっそり連行してきた片割れに問いただすと無言で首を縦に振った。
「また
両隣は当然女子が取り合いする。
席の並び順は透+女子の列と向かい側に残りの男子の布陣となっていた。
男子達を置いてけぼりにして透相手に盛り上がる女子サイドとその様子を無言で見せつけられる男子サイドで温度差が生まれていた。
いたたまれない空気感に到着して十分も経たない内に透は「もう帰りたい……」と心でギブアップ宣言をしていた。
そんな透にとっては地獄の責め苦の様な苦行も明日…… 悠馬に会いに行くというモチベーションで乗りきっていたのだ。
あれから何時間たったのか分からない。気がついたら透は寝てしまっていた。
目を覚ました時、場所は同じカラオケボックスのルーム内。
周りを見ると自分と同様にそのまま寝てしまっていたのだ。
「これがオールって奴か……」
透は高校時代にクラスメートから朝までナニかをしていると聞いた事があったが、部活第一で生活していた透とはそんな言葉とは無縁だった。
初めてのオールに感心して静まった部屋で一人辺りを見渡している透。
すると、隣で寝ていた女子が目を覚ました。
「あ、ゴメン。起こしちゃった?」
「ううん、おはよう。一条君」
寝ぼけまなこで辺りをキョロキョロしている女子はまだ他の誰も起きていない事を確認すると、ニヤッとしながら透にがばっと抱き着き始めた。
今自分の身に何が起きたか理解できていないまま女子は話を続ける。
「ねえ、一条君…… みんなが起きる前に二人で抜け出さない?」
「昨日、ここに来るときも伝えているはずなんだけど、今日用事があるから無理なんだよ」
「いいじゃん、ブッチしちゃおうよ。それでさ…… 二人でこれからホテルにでも行かない?」
ホテル? それ即ち、大人の階段の昇ってしまうアレか……。
透はゴクリと喉を鳴らすものの『透君…… 楽しそうだね、一体何をしてるのかな?』というどこからともなく聞こえたドスの入った悠馬の声により現実に戻って来た。
「ご、ごめん。大事な用事で本当に急ぐから。お金置いておくね」
抱き着いてきた女の子を引き剥がすと、他の人達を起こさない様にそそくさとその場から逃げ出した。
(危ない…… 現実に引き戻してくれた悠馬に感謝しないと…… ってか何であそこで悠馬が出てきたんだろ……)
時間はもう朝…… 日が出ている。
周辺のお店も開き始めて、徐々に賑わいが増してきている。
小腹が減った透は近くの喫茶店で朝食を取って時間を確認している。
(悠馬との約束の時間を考えると、帰ってから着替えて準備して出掛けると間に合わないか…… 朝食を取り終わったらこのまま行くか)
いつも通りに悠馬の家に到着する。
インターホンを鳴らして悠馬の母親である瑠璃が出て来る。
これがいつもの流れ……
しかし、今日は若干違っていた。
瑠璃が何か異変に気付き、スンスンと何かの匂いを嗅ぎ取っている。
すると、ニンマリした表情の瑠璃が透にこっそり「透君、羽目を外すのは悪いとは言わないけど、次からは気を付けた方がいいわよ」
「何の事ですか?」
「透君…… 人生とは日々勉強なのよ。 今日も学ぶことは多いと思うわ」
瑠璃の言っている事が理解出来ぬまま透はいつも通り、悠馬の部屋をノックする。
「透君、待ってたよ」
「ああ、悠馬。最近さ、学校で――」
などと最近起きた事、面白かった事など、いつも通りの会話をしていた…… はずだったが
「という訳なんだよ」
「…………」
「悠馬? そこにいるよな」
「いるよ」
悠馬の短い言葉から…… 妙に力強い…… というかなんか凄い圧を感じる。
「返事くらいしてくれよ。もしかしたら寝ちゃったのかと思ったじゃないか」
「じゃあ、聞くね。昨日…… ううん、
(ついさっき? 朝起きた時は…… カラオケボックスで、起きたら女の子に……)
などと起きてからの一連の流れを頭の中で描いていたら悠馬が連続して問いかける。
「君さ、香水とかつける人じゃなかったよね。どこにいたの?」
香水? 確かにつけないけど…… 透は自分の袖や胸元の衣服の匂いを嗅ぐ……。
すると、どうでしょう。
Before(昨日):匂いがしない。
After(なう):抱き着いてきた女の子の匂いがびっしり。
ここに来てようやく事態に気付いて青ざめていく透。
「ち、違うんだこれは。昨日無理矢理連れていかれたカラオケで、同級生の女の子に突然抱き着かれて……」
必死に弁解しようとしてつい経験不足を露呈した透君はありのままを語ってしまう
「はぁ? 同級生の…… 女の子? 抱き着かれて?」
さらに圧が増す悠馬の言葉。本能的に危険を感じて来た透は自然と呼吸が荒くなり、心臓の鼓動がフルスロットルしていく。
「い、いやっ…… 違っ…… 違わないか…… 違わないけどそうじゃないんだ、誤解だ誤解!」
(なんだ…… なんで僕はまるで彼女に言い訳している浮気男みたいな感じになってるんだ……)
「ねえ、君は
「べっ、べつにニチャニチャなんてしてない。悠馬を待たせておけばいいなんて思ってない。 何が起きたのか分からない状態でされたんだって! 本当に! 本当なんです!」
へなちょこ系王子様の透による必死の謝罪も悠馬の怒涛の追撃に成す術もなかった。
あまりに必死過ぎてつい、悠馬の発した第一人称すら頭に入っていなかった。
「でも! その時に悠馬の事が頭に浮かんで必死に逃げて来たんだ! だからそれ以上は何もされていないし、当然していない」
「…………」
「ゆ、悠馬?」
「ふーん、そうなんだ……
「た、助かった……」
その様子を一部始終聞きながら、声を上げない様に必死に腹をかかえて笑いを堪えていた一人の人物がいた。
その名は瑠璃。
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