第8話 卒業、そして……
……すぐに終わってしまった。
この日は卒業式……
志望の大学に合格した者、死亡の大学に堕ちて牢人となる者、就職、フリーター様々であるが、卒業する時はみな平等である。
そんな彼らは今後のお互いを励まし、応援し、讃えあい、罵倒し、嫉妬し、呪いをかけるもの、涙を流しながら再会を誓うなど様々な青春模様を謳歌していた。
その中でいまいち青春しきれない系王子様こと
―― 一条 透
卒業式後にイナゴの大群の様に女子生徒から散々群がられた後、その制服にはボタンのボの字すら残らなかった。
大群が去った後にエンカウントしたボス級のイナゴは、出遅れたせいかボタンの無かった透から制服を強奪しようする猛者たったが、なんとか死守した。
その代償としてジャージの上下を失う事となった。
ジャージを奪っていったイナゴ…… もとい女子はジャージに顔を埋め、匂いを嗅ぎながら走り去っていった。
変な事に使われなければいいけど…… と考える透だったが、その願いは徒労に終わる事を彼は知らない……。
そんな彼は三学期の最初から一つの事だけを考え続けていた。
(結局、悠馬は卒業式にも顔を出さなかったな…… 心の準備か…… まだ先なんだろうか……)
考え事をしている最中、クラスメートから打ち上げが打診されて「あぁ、そうだね。行――」と言いかけた所、そこに一人の女子生徒が割り込んできた。
「おい、へっぽこクソ虫。話があるからちょっと来なさい」
「明日奈……」
そこに現れたのは
「そいつは
睨みを利かせつつ、手の指をパキポキ鳴らして透のクラスメートを威嚇し始める。
過去の経緯を知っているため、代償を解りたくないクラスメート達はそそくさと「一条君、ゴメン」と言って
その一連の流れを見た明日奈は若干邪悪さをにじみ出してる「ククク」という笑いと共に、余計な一言を追加する。
「アンタってやっぱり人望ないのね。やっぱ顔
「それが言いたいがために割り込んだわけじゃないよね?」
「顔だけ男の癖に察しがいいじゃない。瑠璃さんから伝言よ。「悠馬が今日話をしてくれるから透君を呼んできて欲しいの」だそうよ」
それは透が待ちに待った内容。打ち上げの前に割り込んでくれてよかったと嘘の関係で始まって以降、明日奈に初めて感謝した透は急いで荷物を纏めて悠馬の家に向かう準備を始めた。
「あ、そうそう。今日が私達の関係の最終日だから、明日以降は馴れ馴れしくしないでね」
「馴れ馴れしくした覚えは一度もないけど…… そういう約束だしね、何の問題ないよ」
嘘で始めた関係。そのせいで友人を追い詰めてしまい、高校生活の最後の三カ月を奪ってしまった。
自分の罪は重い。今日だけで清算出来るとは到底思っていない。それでも今日が何かそのキッカケになればいいと透は悠馬家に向かう。
◆
もう目の前まで来ている悠馬の家……
何度か訪れた悠馬の家……
今日ほど緊張する事はあっただろうか。
もう玄関は見えている。
一歩一歩近づく度に比例して緊張が大きくなって、心臓の鼓動も加速していく。
何故?
ただ友人に会いに行くだけのはずなのに……。
久しぶりだから?
彼に罪悪感があるから?
自分で自分の感情が分からない。
だけど、分からないからと止まって良い理由にはならない。
今自分がすべきことは彼に会って話をする事。
何の?
謝罪をする?
開き直ってバカ話でもする?
彼とすべき会話の内容も頭で整理出来ぬまま、しかし足だけは玄関の前に辿り着いてしまった。
頭は変わらず整理できていない。しかし、手は勝手にインターホンを押していた。
インターホンに反応した声が家の中から聞こえる。
聞き覚えのある声…… 瑠璃さんだ。
自分の準備とは関係なく開かれるドア。
そこに現れたのは、自分の姿を見つけて笑顔の瑠璃さんだった。
「透君、いらっしゃい。待ってたわよ…… あと、高校卒業おめでとう」
「あ、ありがとうございます。あの…… 悠馬君が話があるって聞いて…… その…… 急いで……」
「そんな慌てなくて大丈夫よ。 一つ、ユウからお願いがあってね……」
お願いってなんだ……?
会ってから言えばいい話じゃないのか?
わからないけど、今は従うしかない。
「はい、なんでしょうか」
「ドア越しで会話して欲しいって。ごめんね、わざわざ来て貰ったのに……」
どうして?
会いたくない…… そういうことなのか?
でもそれだったら、わざわざ呼び出す必要なんてない。
悠馬、お前は今何を考えているんだ?
いや、自分がとやかく言う立場にはないんだ。
なんでもいい。まずは話をしたい。
「わかりました。それで構いません」
「ユウの部屋は二階にあるの。上がってすぐ左がそうよ。ノックをして貰えれば反応すると思うから…… 」
「……はい」
玄関に入ってすぐ目の前の階段の上に目をやる。
この先で悠馬が待っている。
階段をゆっくりと昇る…… 一段一段上がるたびにギシギシ軋む階段の音を聞きながら悠馬の部屋に近づく。
遠い…… すぐそこなのに…… 何故か遠く感じる。
ようやく登り切った階段のすぐ目と鼻の先…… 一つの扉がある。
ここだ……。
気がついたら、呼吸が荒くなっている自分に気付く。
一旦落ち着くために、胸に手を当てて大きめの呼吸を繰り返す。
ここまで来たら躊躇うな。
意を決してドアをノックする。
すると……。
「透…… 君……?」
久しぶりに聞いた悠馬の声……。
不思議と安堵する。
さっきまでの緊張が嘘の様に消えていく。
自然と顔が綻びてしまう。
それと同時に襲い掛かる強烈な罪悪感。
いなくなって初めて気づいた…… 彼が自分に何を
自分は恵まれていた存在だと思っていた。
容姿が優れ、勉強も運動も人並み以上、部活だって全国に行った……。
まるで物語の主人公……。
でもそれは全てお膳立てされていたからだった事に気付いていなかった。
悠馬が支えてくれていた事に……。
あの時までは……。
悠馬は愚痴を言わない。見たことが無い。いつも笑顔で誰にでも対等に接している。
先輩の、同級生の、後輩の悩みも聞いていた。
それでいて、勉強も運動も人望も自分より遥か上の存在だった。
あの明日奈が本気になるのも今ならよく解る。
悔しかった。だから「嫉妬」した。
その醜い感情を晒した結果がこれだ。
明日奈に言われた言葉を思い出す。
『顔だけの男ってクソだわ』
その通りだ。俺は…… 僕は…… クソ野郎なんだ。
よく聞く言葉『覆水盆に返らず』まさにこの状況だ。
その容器から失った水を新しく汲む事は出来るかもしれない。
でもそれは、前よりも綺麗な水なのか? 濁った水じゃないのか?
今僕にできる事は悩む事じゃない。
濁った水を入れてしまったのであれば、少しでも濾過する事だけを考えろ。
その為に、今は悠馬と真摯に向き合う。
自分が出来るのはそれだけなのだから。
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