鈍感

 なんだこの男は? 黒のビショップに対して放った拳を掴まれた時、彼に抱いた印象はそれだった。


 結構当たり前の印象だが、私レベルの実力者が男に対して疑問を抱く。そんな事は滅多にない。


 ……が、何よりも驚愕したのは、私の拳を掴むパワーだ。


 今の私は、戦いの疲れはあるものの、黒のビショップのおかげでかなり強化されている。正直、本職のインファイターと戦っても打ち勝てるんじゃないかと思うほどのパワーが今の私にはある。


 そんな私が、どれだけ力を入れてもこの手を振り解くことができない。その異常性を私は嫌でも理解できてしまった。


(この男……)


 神奈川派閥では珍しい男性。最初はただそれだけの兵士かと思っていたが、多少なりとも腕は立つと見た。認識を改めなくてはならない。


「……そろそろ放して欲しいのだけれど?」


 私がそう言うと、男は思い出したような顔をし、私の拳を手放す。


「ん? あぁ、悪い」


 敵に対して行うとは思えないその行動に、私は思考をめぐらせる。


(せっかくのチャンスなのにわざわざ手放すのか……余裕とというやつかしら? ……いや、さすがにないわね)


 自分で考えておいてなんだが、余裕だからチャンスを逃したルートは可能性としてないと考え、脳内から排除した。なぜなら、グリードウーマンの名は神奈川内でそれなりに通っており、神奈川兵士なら知らない人の方が少ない。今の私は変装もしていないし、グリードウーマンとして活躍する時の服装をしっかり身につけている。


 それに、たとえ私の存在を知らなくとも、バックにはあのシュルカーがいる。どちらか片方の存在を認知しているはずだ。


 以下の理由から、私に攻撃できる数少ないチャンスを逃した理由は他にあると考え、私は再度頭を回す。


(……スキルに何かしらの制限があるとか……スキル関連の何かがあったと考えるのが妥当ね)


 私はそう結論づけ、黒のビショップを抱き抱える男に向き直る。


 当の男は、何やらあたりをキョロキョロと見渡していた。何か気になる事でもあるのだろうか。


「……なぁ」


 と、急に男が私に対して喋りかけてきた。


(む……)


 これに対して何も言葉を返さない手もあるが、今は少しでも相手の情報が欲しい。今の言葉も男の作戦なのかもしれないが、そう警戒して何もない時間が続き、他のチェス隊に到着されたらそれこそまずい。


 探るためにはこちらから行動しなければならない。そう考え、全方位を警戒しながら、私は言葉を返す。


「何かしら?」


 さぁ、なんでもこい。何かしらのスキル攻撃が飛んでくるのか? それとも単純に攻撃の隙を作っただけ? 他に何かしてくるのか? こちらは準備ができている。いつでもかかって――――


「連絡にあった犯罪者たちってどこに行ったかわかるか?」


 その言葉を聞いた瞬間、私の中の何かがプツンと音を立て、切れる。


「じゃあ……」


 そして私は、脳が反応するのを待たず、男の目の前まで一気に移動、右腕を振りかざして――――


「教えてあげる」


 人の命を奪うための、その右拳を思いっきりぶつけた。


 

 

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