期待

(お……)


 目の前に迫る拳。それはまあまあのスピードでこちらに近づいてくる。


(まあまあ速いな……身体能力強化スキル持ちか?)


 そんなことを考えながら、余裕を持って拳をキャッチする。


「っ!? な!?」


 緑タイツの女は、自分の拳が手のひらで止められると思っていなかったようで、驚きの表情を浮かべる。


(動きが止まった……)


 緑タイツの女の感情が驚きに包まれたことにより、体が一瞬硬直する。そして、いきなり殴ってきた女の動きの停止を見逃すほど、俺は広い心を持っていなかった。


「ガラ空きだぞー」


 相手の体が固まっている間に、反射を込めたビンタを頬にお見舞いする。


 その一撃で緑タイツの女は大きく後ろにのけぞり、距離が離れる。


 しかし、これで倒れるほど緑タイツの女はヤワではなかった。のけぞった体を起こし、こうなった元凶である俺を見つめる。


「……どうした? ちょっとビンタしただけだぞ?」


 俺の言葉を聞き、自分の頭の中の世界から帰って来れたようで、頭を左右に振り、こちらに向き直る。


「……ふん。少し驚いただけよ。何? それでこの私……グリードウーマンに勝ったつもりなのかしら?」


(グリード……へ?)


 いきなりなんだこいつ。グリードウーマン? どこかで聞いたような……


(……あ)


 そういえば、袖女の部屋から勝手に持っていった犯罪者リストにそんなのがあった気がする。確か最重要人物とか書いてあったっけ? それを見てどれくらい強いのかワクワクした記憶がある。


(まさか……)


「お前がグリードウーマン?」


 すると、緑タイツの女は待ってましたと言わんばかりに口角を歪め、鼻高々に宣言する。


「そう! 私こそがグリードウーマン! 一度は神奈川全土を恐怖のどん底にまで落とし込んだ張本人よ!」


 それを聞き、俺は戦慄する。目の前のこの女こそがグリードウーマンだと言う事実に。


(……こんな奴が?)


 白のビショップの時と同じ感情が俺の心の中で渦巻く。どこか期待はずれで、もう少し強いのかと楽しみにしていたのにそうではなかった。おいしいと評判のお店にいざ行ってみたが、そんなに言うほど美味しくなかった時のような感覚。


(……いや、もしかしたら力を隠しているだけで、実はとんでもない力を持っていたり……?)


 落胆した心を何とか持ち直し、グリードウーマンを見る。確かにその全身緑タイツは、ある意味怪しいし、底知れなさを感じなくもない。


「よし……」


 闘力操作発動。全身の身体能力向上。反射をあらかじめ右手に発動。エリアマインドで周囲のほこりや砂を浮かべる。


 それは期待の表れ。他の何物でもない――――


「……行くぜ?」


 久しぶりの、まともな勝負を期待して。

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