かくれんぼか……?
女性らしい高い声とともに、ドアノブをひいた時特有の音を響かせる。その音は俺にとっては警報と同じであり、これから入ってくる人物は、例えるなら台風。このままではその台風が俺に直撃し、俺は二度と袖女の部屋に入れなくなってしまうだろう。
「あ、ま、まずいですよ!」
まださっきの感情が残っているのか、赤面させた状態で声を出す。
しかしそこは袖女。やっていいことと悪いことはしっかりと理解できているようで、音量を極力小さくし、俺にだけしか聞こえないように声をかけてきた。
(むむ……)
俺は袖女の言葉に対し、思考をめぐらせる。
1番いいのは窓から外に出る方法だが、既に台風は部屋のドアノブをひねっている状態だ。俺が外に出る頃には、ドアが開き切り、部屋の音が筒抜けになってしまっているだろう。
(普通の家位の高さならともかく……最上階ともなると……)
いくら俺とは言え、施設の最上階から外に出るためには、最低限の踏み込みは必須。そして踏み込みには勢いをつけるため、足を地面に叩きつけなければならない。
(その音を感知されてしまえば……)
開いた窓を閉める前に、台風に部屋を見られてしまえばその時点でジエンド。それだけは避けなくてはいけないため、窓を開けての脱出はない。
袖女に仮病を使ってもらって、部屋には入らないでくれと説得してもらう方法もあるが、はっきり言って論外だ。あまりにも博打が過ぎる。もしあの台風が心配性だった場合、無理矢理ドアを開けられて終了してしまう可能性が高い。
となると……
「……どこかに隠れるしかないか」
古典的だが、隠れられるポイントに隠れるしかない。俗に言うかくれんぼだ。
単純だがその分、成功できる可能性は十分にある。少なくとも先2つの案よりは限りなく成功する確率は高いだろう。
「おい! どこかこの部屋に隠れられるポイントはないか?」
「そこにクローゼットがあります! この部屋では1番マシかと!」
袖女はクローゼットを指差して俺の問いにそう答える。
(クローゼットか……)
クローゼットの頼りがいのなさに若干の不安を覚えるが、もう他の場所を選ぶ時間はない。
こうしている間にも、台風の足音が近づいてきている。足音の大きさ的に、もう廊下の半分以上が通過していると思われる。もはや会話する猶予もない。
(くっ……!)
まさかかくれんぼでここまで冷や汗をかく日が来るとは。子供向けのゲームでここまでの緊張感。さすがはかくれんぼ、完成されたゲームだ。今度、本屋に行った時、かくれんぼが上手くなる本があったら購入を検討しよう。
そんなことを思いながらも、物音を立てないよう、早歩きで移動する。
カコン。
「あっ……」
(まっじか……!?)
そんな必死の抵抗にトドメを刺すかのように、俺のジャケットのポケットから、スマホがポロリとこぼれ落ちる。
あまりにもひどい。こんなことがあっていいのか、まさに神のいたずら。
もしこれがスマホではなく、ハンカチが落ちていたら、そのまま無視してクローゼットに向かっていただろう。なぜなら、落ちているハンカチに気づかれたとしても、袖女が新しく買ったハンカチとでも理由をつけて言ってしまえば、簡単に済む話だからだ。
よりによって落ちてしまったものが、スマホとは……スマホでは、ハンカチのような理由付けが通用しにくい……いや、通用しない。そう断言できる。
袖女も俺の隠れる予定のクローゼットに意識を向けさせないため、クローゼットとは逆の方向に歩を進めていたため、時間的にスマホを拾ってもらうことも不可能。
終わった。これではどこに隠れたとしても、スマホの存在で袖女以外にも人間がいることを察知されてしまう。
(ぐ……ぐぐぐ……)
こうなったらもう……これしかない。
(やぶれかぶれだ!)
その瞬間、最後の防波堤であるリビングへのドアがついに開かれる。
「ひより! 大丈……ぶ……?」
台風が素頓狂な顔でその光景を凝視する。そうなるのも当然だ。
「あはは……ど、どうも……」
目の前に、見知らぬ男がいるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます