バトルスタディー

 訓練所の中に入った瞬間、観客スペースから大きな声援が巻き起こる。ガラス張りの仕切りから見える観客は、多すぎてゲロのように見えた。


「王馬様ー! 頑張ってー!!」


「キャー! 王馬様ー!!」


「なんなのアイツ! 王馬様にたてついて! 王馬様ー! やっちゃってー!」


 嘘みたいにテンプレな応援の仕方。そして、それと同時に聞こえる俺への罵倒。しかし、俺はそれに動じることなく、たくさんの客にこの戦いを見てもらえる幸福に身を委ねていた。


(客が多いのは好都合…….俺の戦いを目の当たりにする観客は多いほうがいいからな)


「ルールはどうしますか?」


「なんでも、あんたに有利なルールでいいぜ?」


 隙さえあればすかさず煽る。こうすることで俺に有利に働くからだ。


「なっ……なんて世間知らずな!!」


「このゴミ! 恥を知れ!!」


「王馬様! こんなやつ、丸めた新聞紙みたいにしてやってください!!」


 俺の舐めた言動を聞き、周りは大バッシングを俺にぶつけてくる。そうだそうだ、もっと俺を目の敵にしろ。そうすることで、俺の価値は天にも昇るものになる。


「……はぁ、あなたは本当に恥をかくのが得意なのですわね……では、一撃当てたら勝ちでどうでしょうか?」


「りょーかーい」


 俺と王馬は持ち場につき、審判役の子がスタートの合図を送った。


「試合開始!!」


「一瞬で終わらせてあげますわ」


「そういうの負けフラグって言うんだぞ」


 互いに台詞を吐きかけ、その決戦の火蓋が切られた。









 ――――









「プププ……あはははははは!! なにあの人! ヒハハハハ!!」


 天子先輩は笑いを堪えきれず、足をばたつかせて大爆笑していた。沙月先輩に対して吐いた言葉がよほど面白かったらしい。


「なんというか……まぁ……」


「……命知らず」


 あの発言には正直、私も驚いていた。彼は勝算のない相手を怒らせるほど浅はかな考えの持ち主ではない。なのに沙月先輩を煽るような言葉を何度も吐いている。と、すると……


(沙月先輩を勝てる相手だと判断した……? あの沙月先輩を?)


 もちろん、彼が負けるビジョンなど私には思い付かない。だが、沙月先輩は神奈川派閥では誰しもが認める絶対強者だ。少し前に旋木先輩との戦いを見た分、私は沙月先輩の強さをよりよく知っている。


 確かに彼の強さも折り紙付きだ。だが、だからといって、攻撃を無効化する沙月先輩に勝てるかと言われると言葉に詰まってしまう。


(彼はインファイター……攻撃を無効化する沙月先輩とは相性が悪い……)


 最初に勝つと考えたものの、考えれば考えるほど、沙月先輩の有利さが目立つ。正直、私の心は揺らいでいた。そんな時、旋木先輩の方から声が聞こえた。


「ねぇねぇ、みんなはあの人が勝てると思う?」


「いやー……勝てないと思います! さすがに!」


「ふむふむ……紫音は?」


「……みんなと同じ考えだとつまらないから、私は勝つ方にしとく」


「なるほどなるほどーーで、ひよりは?」


「私は……彼」


 彼が勝つ、そう答えようとした瞬間、私の喉が言葉を放つを止めた。最初のほうに勝つと思っていたくせに、心が揺らぎ、本当に彼が勝つのかと疑問を持ってしまったのだ。


(どうしたの? 彼が勝つのに、彼は勝つのに――)


『彼はそんなに弱い人間なのか?』


 そして、心の中の私が私に問いかけた。その言葉に、私はハッとなる。


 そうだ。彼はどんな時も、逆境を覆してきた。牛に殺されかけた時も、東京で助けにきた時も、ボロボロになりながらも最終的に彼が立っていた。


 そんな彼が負ける? 馬鹿な、そんなはずはない。


(彼は勝つ。いつだって、どんな時も)


 私はそう心に決め、改めて旋木先輩の問いに返答した。



「彼は強いです。だから負けません。だから――勝ちます」



 その返しに、3人とも目をまん丸にして驚いていた。

 

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