メモ

 彼が訓練所を去って数分。完全に私以外の人間がいなくなっても、私はその場から動けずにいた。


「…………」


 その理由は、私からペンとメモを奪い取り、白紙のページに無理矢理書き込まれたその内容にある。


 とは言っても、その内容は非常にシンプルで、そこまで多い文字数は使われていない。所々にできたシワや書き殴られた文字の読みにくさが男らしい、彼らしい感じがそのページに溢れていた。


 肝心のその内容は……


『手のひらの中で回転させて撃ち出せ』


 それのみ。確かに私のオーラは自由自在。やった事はないが、回転させることもできるだろう。


 しかし、それをやって何になるのか。それが私にはわからない。回転させて撃ち出したところで、オーラナックルと同じようになるとしか思えない。


(ま、やってみるしかないですね……)


 早速、手を握り込み、その中にオーラを巡らす。


 オーラの性質として、私の体から外に出ると、コントロール下から離れてしまい、空気中に霧散してしまう。なので、アニメのように手のひらにオーラを作ってエネルギー弾を撃ち出すことはできない。なので、オーラを手に流す時は握りこぶしを作ることが必須なのだ。


 後は回転させるだけなのだが、これがなかなか難しい。普段、オーラを回転させるなんて芸当はしないので、とてもやりづらい。普段使わない筋肉を使うような感じだ。


(ぐ……む……? あ、もう時間ですか)


 そんなこんなで四苦八苦していると、もう5時半。そろそろ朝練をしている人たちが起きる時間帯だ。


 普段朝練をしていない私が朝早く、メモを片手に何かをしているところを見られるのは怪しまれる可能性がある。ただでさえ周りからうっとうしがられているのだ。変に旋木先輩あたりにこのことをチクられたりするとまずいことになる。ここは早いこと訓練所から出てしまおう。


(また明日、彼にもアドバイスをもらいながらやってみますか)


 そう思いながら、私は訓練所を後にした。









 ――――









「……うんまっ……うんまっ……!!」


 袖女との訓練を終えた後、俺は施設を抜けて昨日行った喫茶店にまた来ていた。今日頼んだのはオムライス。朝から汗をかいたので、ガッツリいかせてもらった。卵のふわふわ感とチキンライスのマリアージュがたまらんです。


(……さて、あいつはあのメモの意味を理解できるのか……)


 俺はあえてメモに全てを書くのではなく、方法のみを書いて袖女に見せた。結果の方法を全て教えた状態で訓練させても、驚きや刺激になりはしない。驚きや刺激のない時間は学校の授業と一緒だ。眠気を誘い、飽きを起こす。


 自分の作り上げた結果に感情を爆発させる。訓練中に起こる感情の起伏こそが、長続きの秘訣だ。


 俺はそこでコーヒーを一飲み。精神を落ち着かせる。


「ふぅ……」


 この店は実にすばらしい。都会の人混みで忙しい外の世界にぽつんと佇む隠されしオアシス。


(……今日もいるのか、あの2人)


 昨日も目にした白髪と黒髪のおじいさん2人。おそらく、ここの常連なのだろう。


(ま、どうでもいいかそんなこと。さて、お会計……)


 レジに向かうため、2人の座るカウンター席を通り過ぎた時、白髪のおじいさんから声をかけられる。


「青年よ、問おう……強さとはなんだ?」


 何言ってるんだこのじじいは。


「……雲」


 いきなり言われてもちゃんとした答えなど出ないため、適当に思いついた単語を答えた。

 

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