模擬戦 浅間ひより その3
住む世界が違う。と言う言葉を知っているだろうか。
上流階級の人たちに対して主に使う言葉であり、雲の上の存在や、憧れの人に対して使う言葉である。
ただ、私は昔から、この言葉に疑問を持っていた。
だって、同じ世界にいるじゃないか。だって、同じ空気を吸っているじゃないか。
比喩だとはわかっているが、少し自分より優れているだけで住む世界が違うのは、やっぱりおかしいと思う。
……と、今起きた光景を見て、そんなどうでもいいこと思い出した。
「こんなこともできる」
その言葉とともに、彼が残像となって消える。別世界にいなくなるかのように、彼の姿が跡形もなくなってしまった。
「!? 消えた!」
思わず出てしまったその言葉とは裏腹に、私の脳内は冷静な判断を下していた。
(ここは気配を……!!)
確かに彼の姿は消えてなくなったが、本当に消えてなくなったわけではない。超スピードでの移動で肉眼では確認できないだけだ。
この現象は今まで何度も見てきた。彼のような超スピードで動けるスキルを持つ敵とも何度も戦った。透明になれるスキル所有者の相手だってしたことがある。それに、あのチェス隊黒のビショップである旋木先輩の動きにだって、何とか対抗してきた。
それがこの気配察知だ。肉眼で確認できない相手に対しては、無理に肉眼で追わず、気配を感じ取ってその場から動かずに攻撃をさばくのが鉄則。
その場から動かないのは、体力を温存するためだ。超高速で動く相手は、その運動量の分体力消費が激しい。逆にこちらは動かない分体力を温存できるため、相手の体力が勝手に切れて、向こう側から勝利が寄ってくる。
(だけど……)
相手は彼だ。体力面の部分は、何かしらでばっちりカバーしているだろう。ならばこちらも、体力切れなんてこすい勝ち方は狙わない。
(向かってくるタイミングで……カウンターを合わせる!)
いくら超スピードで移動しようと、結局は近づかないとダメージにはつながらない。必ず私と彼の距離がゼロになる時が来る。
そのタイミングを気配を察知して見極め、極上のカウンターをお見舞いする。その後、一気に距離を離し、オーラナックルで更なるダメージを追加する。
よし、最初のプランから少し脱線してしまったが、まだ修正できる。まずは気配を察知するところからだ。
(……なっ!?)
ただ、感じ取る気配が問題だった。本来1つしか感じないはずの気配が、2つ3つと爆発的に増えていく。
(そんな!? 一体どういう――――)
その瞬間、後ろに感じた一際大きな気配。私はこの気配がする場所に彼がいると、本能的に察する。
「――後ろか!!」
意味のわからないアクシデントはあったが、私のプランに変更は無い。後ろを振り向き、カウンターを合わせる。結果的には私のプランに支障はなかった。
目の前に迫ってくる拳を除けば。
(――――は)
なんで、私は後ろから気配を感じた瞬間に振り向いたのに。こんなにも早く拳を発射できるわけがない。
……いや、方法はある。そんなことが可能なのかと疑問に感じる方法だが、それしかないと思える方法が、たった一つだけ。
(……気配を置き去りにしたんだ)
音を置き去りにするほどの速度なら、理論的にも可能だ。
しかし、気配というのは肉体がある以上、ついて回るもの。どんなに速く動こうと、それだけは感じることができる世界の理ルールだ。
ただ、彼はその理ルールを超えた。音を置き去りになんてものじゃない……彼は気配を置き去りにするほどのスピードで動いたのだ。
そして私は理解してしまう。
私の視界から彼が消えた時、彼は1段階上の――――
世界に突入してしまったことに。
(……世界が違う)
私の顔を、拳が掠めた。
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