模擬戦 浅間ひより 中編

 とうとう始まった黒ジャケットと黒のポーンによる模擬戦。私は先制攻撃を仕掛けるため、オーラを胸の一点に集める。


 この模擬戦が決まった時から、私は彼に勝つために作戦を考えていた。


 彼のスキルは対象物に触れないと発動しない。それだけを考えた時、誰しもが思いつく攻略法が距離をとって攻撃することだろう。


 私とて、最初の頃はその戦法を使っていたのだ。あの頃の彼ならそれだけでも充分に通用した。


 しかし、今目の前にいる彼はあの頃の彼ではない。今の彼は遠距離で戦う敵に対しての対抗手段を手に入れている。


 それがあの超スピード。大阪派閥での牛の戦闘では目で見ることが不可能なほどの速度で動いていた。そのスピードを利用して、離れている敵に対して一気に距離を詰めたり、あのスピードを生かして縦横無尽に動き回られたら攻撃をとらえることは困難。それをされてしまうと負けの確率がグンと上がる。


 なので、逆にこちらが距離を詰めて戦うことで、そのスピードを殺す……のもいい手とは言い難い。


 彼はもともと生粋のインファイターだ。遠距離に対する攻撃手段を持ってはいるが、それはメインウェポンではない。近接戦闘こそが彼のメインウェポンであり、得意なフィールドなのだ。


 近接戦闘もダメ、遠距離戦闘もダメ。なら1番効果的な戦闘方法は何か。それを考えていくにつれ、1つの結論にたどり着いた。



『どちらもダメなら、どちらも実行すればいい』



 彼に勝つならそれをするしかない。針の糸を通すような作戦だが、これだけしか彼に対抗する策はない。


 遠距離戦闘も近距離戦闘もこなす。そんなに大変なことをやり切って、やっと彼に対抗できる。


 何という壁だ。何という強さだ。今まで、数十年程度の私の人生において、ここまで『強さ』を体現した男を私は知らない。


 きっと、今の彼はすごくモテるんだろうな――


(……っ!)


 考えた途端、胸にチクリと痛みが走る。何をされたわけでもないのに、普段の私はこの程度の痛みでは動じないのに。


 思わずこの痛みについて考えそうになったが、今は彼との模擬戦。余計な感情は捨てるべきだ。


 気持ちの整理をつけ、先制攻撃を仕掛けるまでの時間、なんと0.1秒。我ながらなかなかのタイムだ。


「フッ!!」


 体感時間ではようやくと言っていいほどの思考を経て、いよいよ私の先制攻撃が放たれる。その内容は彼を吹っ飛ばす程度のオーラを仁王立ちの状態で放つというもの。さしずめオーラバーストの一点集中型といったところだ。


 もともと、私のオーラは発射口がないと、あたり一面にオーラが分散し、射程と威力を大きく損ねてしまう性質がある。その弱点をカバーするため、拳を発射口代わりにし、腕にオーラを流して拳から射出していたわけだが、それだとどこにどのタイミングでオーラを発射するのかがバレて、簡単に回避されてしまう。


 そこで私が開発したのが、拳を発射口として使わないオーラの発射方法。


 まず、体の胸のあたりにできるだけたくさんのオーラを集める。その時にオーラをただ集めるだけでなく、オーラで胸の中にできるだけ小さな球体を作る。次に発射する方向を定め、球体になったオーラにその方向に合うように、そこだけに針で開けたような小さな穴を開ければ、その方向に向かってオーラが放たれるという仕組みだ。


 簡単に言えば、水を入れた風船に針で穴を開けた時、そこから勢いよく水が飛び出るのと同じ原理。極限まで圧縮されたオーラはその圧によって飛び出て、威力も方向も分散することなく、まっすぐ飛んでいくわけだ。



 名付けて……オーラビーム。



 そして、オーラビームは見事に彼にヒットし、彼は大きく後ろへのけぞる。


(よし!!)


 遠距離攻撃を終えた後はいよいよ近距離攻撃だ。私は足にオーラを集中させ、一気に近づこうとする。


(いっっ……け?)


 瞬間、彼はこの世界から消えた。


 

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