模擬戦 浅間ひより 前編

「さて……黒のポーン様はどれくらい強いのかな?」


 訓練所に入って準備を整え、今から訓練を始めようとした時、彼の口から皮肉にしか聞こえない言葉が飛び出してくる。


(この男……私よりも強いことをいいことに……!!)


「……言ってくれますね」


 額に青筋を浮かべつつ、私は戦闘態勢に入る。今までなら正拳突きの構えをとっていたところだが、今回の私は一味違う。


(……ふふふ)


 正拳突きの構えではなく、訓練所の中で、堂々の仁王立ち。これが私の作った新たなる構え。大阪派閥での経験から編み出した新戦術。


(その被害者第一号になってもらいます!!)


 そんな私の秘めたる想いなどつゆ知らず、当の彼は目を輝かせ、キョロキョロとあたりを見渡している。


 それもそのはず、神奈川派閥の科学力は全国屈指。そんな国に作られた特製の訓練所なのだ。それはそれはハイテクノロジー。最先端のものがふんだんに使われている。それに目を奪われるのは、仕方がないといえよう。


 我が国の設備に彼が見とれていることに、少しの優越感を覚えるが、いつまでもそうされると、訓練に使える時間が少なくなってしまう。ここは私が声をかけ、彼を自分の世界から元の世界に引き戻してあげるのが最善だろう。


「……こんな時間なら来る人もそうそういないでしょう。早く初めますよ」


 私の言葉に、ハッとした顔を一瞬見せた後、体と頭をこちらに向ける。そこにはいつもの彼はおらず、体中から殺気を滲ませ、背筋が凍るような威圧感を放ち続ける『戦士』がそこにいた。


(少し見ない間に……ここまで……)


 彼の事は東京派閥でも目にしたが、私が目にすることができたのは既に戦った後の彼のみで、戦っている姿は見ていない。最後に戦っている姿を目にしたのは、神奈川派閥での最後の手合わせっきりだ。


(しかし……だからといってここまで……!)


「やるか」


「……よろしくお願いします」


 彼が明らかに強くなっていることを肌で感じつつ、彼の言葉に返事をする。


 勝てるとは思っていない。ここで私が勝てるような相手なら、訓練をお願いしていない。むしろ今の私に圧勝して欲しい位だ。


 だが、負ける気も毛頭ない。最初から負ける気で挑んでしまったら、勝てるものも勝てない。あの姿に届きはしない。


 私が変われないことなどわかっているし、この訓練を終えて変われるのかは私にはわからない。ただ……





 彼に見てもらうんだ。今の私を。





 たとえ変われなくても、強くあろうとする姿を見せることぐらいなら、私にだってできるから。





 だから……

 




(今ぐらいは……私だけを見て?)

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