レッスンスタートォォ!!

「私の訓練はまだですか?」


「……はぁ?」


 その日の深夜、いつもなら眠たそうな顔をしている袖女がキリッとした表情で俺に話しかけてきた。


「いや、私初日に言ったじゃないですか。プロモーション戦に協力してくれるって」


「ああ……言ったか?」


「言いました!!」


 俺の発言がお気に召さなかったのか、袖女の顔が一気に近づく。髪から漂ってくるシャンプーの香りが女性らしさを醸し出している。袖女に対して思うのは癪だが、とても官能的だ。


「わかったわかった……明日から本格的に訓練してやるから、今日のところはもう寝よう。俺もさすがに疲れてる」


「昨日は寝かせなかったくせに……」


「言い方に語弊がある」


 今日は本当に疲れているのだ。新たに身に付けたスキル。エリアマインド。それの検証と、その結果があまりにもショボ過ぎたことで、感情の落差が激しいことになっていた。感情がたくさん動いた1日は、たとえそこまで運動していなくても疲れるのだ。


「じゃ、いつも通り俺はソファで寝るから、適当に寝ていてくれ」


「……もうっ」


 これ以上は話が長くなりそうだったので、適当に話を切り上げ、俺の寝床であるソファに向かう。


「ふぃー……」


 さすがに寝室で一緒に寝るのはまずいと思ったので、袖女のベッドがある寝室とは別のリビングにあるソファで俺は寝ている。大阪にいた時のように布団を用意する方法も考えたが、今から新しく布団を買うと、他のチェス隊に不審がられる危険性がある。


 なのでソファ。別に寝心地がいいわけでもないソファを使って眠っているわけだ。


(袖女……来客用の布団ぐらい用意しとけよ……)


 心の中で袖女に悪態を吐きつつ、俺はまぶたを閉じ……


「あの……」


 眠ろうとした瞬間、リビングのドアがドアノブのひねる音とともに袖女が顔をのぞかせてきた。


「……よかったな。もしこの家がお前のものじゃなかったら殺していた」


 人の睡眠を妨げる。それは死刑になるべき重い行為だ。しかし、今の俺には袖女が必要なので殺すことはできない。


(1発殴るぐらいなら許されるかな……)


「……私、強くなりますかね」


 袖女の口から放たれたのは、何の変哲もないその一言。人間なら誰しもが思う将来への不安。それが込められた一言だった。


「はぁ……? そんなんきまってるだろ……」


 俺はあの東京派閥でそんな経験何度もしてきた。だからこそ、不安な気持ちは痛いほどわかる。



「強くなったかなとか、成長できたかとかは……」



 そして……その不安が無駄なことも。



「その時になって、初めてわかるんだよ」









 ――――









 次の日の早朝。誰もいない神奈川兵士専用の訓練所には、2人の男女がたたずんでいた。


 1人はチェス隊の隊服を身にまとい、茶髪をポニーテールでまとめた女性。


 1人は黒髪に黒いジャケットをまとったフツメンの男。ザ・フツメン。特別感がまるでない。





「……なんかすごい馬鹿にされた気がする」


「何いってるんですか? とっとと始めましょう」


 世紀の男犯罪者、黒ジャケットと、神奈川の最高戦力、チェス隊の黒のポーン。その2人による、世にも奇妙な訓練が今始まった。

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