道路でニヤつく

「とは言ったものの……」


 1つやっておかなければならないことができた。それは最初のため息の原因であり、あらかじめ想定していたものではない想定外の出来事。袖女に部屋を借りる条件として提示されたとある戦い。









 ――――









『プロモーション戦に協力して下さい!』


『…….何それ』









 ――――









「プロモーション戦ねぇ……」


 プロモーション戦とは、定期的にチェス隊メンバーが自分たちの地位をかけて戦う伝統ある戦い。簡単に言えば昇格戦のようなものらしい。


 内容は結構簡単で、チェス隊同士が1対1で試合をし、勝った方が負けた方の駒をそっくりそのまま自分のものにできるというもの。勝利条件は相手が降参するか審判に止められるかの2つのみ。武器の使用は禁止。しかし、スキルの都合上必要な武器が有る場合は認める。


(つまり、ただの殴り合い)


 ……ちなみに、袖女はプロモーション戦で勝ったことがないらしい。


(ま、当然だわな)


 あいつのスキルはタイマン向けではない。薄く広く攻撃する範囲が広いスキルだ。昔は俺も苦労したが、攻略法さえわかってしまえば容易に対処できる。


(昔の俺が勝てたんだ。他のチェス隊の奴らが負けるわけない)


 それに勝ちたいから俺に手を貸せと袖女は言ってきたわけだ。


 気持ちは痛いほど理解できる。俺もそちら側だったから。


 だから協力する。


(……わけじゃない)


 悪いが俺には同情の精神は持ち合わせていない。そんなものは昔捨てた。つまり、俺が袖女に協力するのはもっと別の理由。


 それは……飯である。


 袖女の作る料理はどれもこれもが絶品だ。神奈川に来たからにはあれを食さなければ精神がおかしくなってしまう。


 袖女に作ってくれと言うのは癪なので伝えてはいないが、夜に部屋、男女で2人きりになれば気まずくなって何か夜食に作ってくれるはずだ。



 ……おふざけはここら辺にしとこう。



 本当のことを言うと、これを機にチェス隊メンバーのスキルの詳細が知れるチャンスだからだ。


 これを思いついたのは袖女からプロモーション戦の話を持ちかけられた瞬間のことだった。全く、俺の頭の回転の速さには良い意味で悩まされる。


 前々からチェス隊の情報は欲しかった。神奈川でも俺は犯罪者としてその名を知らしめているし、黒ジャケットの状態でチェス隊メンバーのだれかと出会えば戦闘は確実。そのため、チェス隊の情報、特にスキルについての情報は喉から手が出るほど欲しいものだった。


 チェス隊は強大な組織。情報が1つでも欲しい。そこに舞い込んできたプロモーション戦。





 その時、伸太に電流走る。





 プロモーション戦で協力するのに必要だからという理由でチェス隊の情報を袖女から入手できるのでは……? と。


 そう考えついた俺はすぐさまプロモーション戦の話を承諾。チェス隊メンバーのスキル情報を手に入れた瞬間である。


(チェス隊の情報を入手しながら、キングになるための準備を同時に進められる……これが俺のテクニックよ……!)


「ふふふ……」


 あまりに好都合な出来事に嬉しさを隠せず、だめだとわかっていても口元が緩む。


 結局、口元の歪みを戻せないまま市役所に行き、神奈川ランキングの登録を済ませた。



 ……市役所の社員さんに冷たい視線を向けられた。ずっとニヤついてたら当たり前か……

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