黒のビショップVS白のビショップ その3
すぐそこまで近づく沙月先輩を見て、思わず声が出てしまう。
沙月先輩が行った戦法はありきたりではあるが、疲れていたり集中を切らしている相手に使用すると、今のように絶大な効力をもたらす。
(いつもの天子先輩ならあんなのすぐに気づけるのに……!)
私の思った以上にあの風の維持は困難を極めるらしい。まさかこんな短時間でそこまで消耗するとは思わなかった。
沙月先輩の右ストレートが天子先輩の顔面に迫る。
「ぬぐっ……」
しかし、間一髪のところで頭をぐりんと回し、そのパンチを回避する。
これは完全に沙月先輩側のミスだ。一撃でも当てれば勝ちのルールがある戦いなのだから、わざわざ顔面を狙うよりも胴体を狙っていた方が回避のすべがなかったはず。沙月先輩は右腕を振り切ってしまっていて、次の攻撃までにタイムラグがある。次の攻撃までの時間に体を後ろに下げてしまえば、なんなく距離を取れる――――
が、天子先輩は両手を挙げ、こう答えた。
「ギブアッープ!!」
「……え?」
訓練所に響き渡った降参宣言。私からすれば、まだまだ勝負はわからない。後ろに下がれるタイミングがあった以上、むしろ天子先輩の方が有利。降参するのは自殺行為だ。
「……変なタイミングで降参しますわね?」
沙月先輩も同じことを考えていたらしい。天子先輩に対して疑問の言葉を投げかける。
「ひよりの声がないと避けられなかったからね! 私はあそこで負けたんだよ!」
「ああ……そういうことですの」
そう言いながら沙月先輩はチラリとこちらを見る。しかし、私の脳内は別のことでいっぱいになっていて、その視線に気づきもしなかった。
(やらかしたー!!)
完全にやらかしてしまった。私がとっさに叫びさえしなければ、2人とも納得のいく決着があったかもしれないのに、私がそれを邪魔してしまった。チェス隊でありながら何たる失態。あそこは声をかけず、2人の行く末を見守るべきだった。
「……ですが、本物の戦場では1人になることの方が少ないですわ。それに外野からの助言を禁止にした覚えもありません。どうですか? 一度やり直しという形で……」
「いんや! 誰がなんと言おうと、あの時点で私個人の力を沙月ちゃんは抜いたんだよ! だから私の負けー」
沙月先輩も納得がいかないのだろう。何とか理由を見つけて再戦を図ろうとするが、天子先輩は降参宣言を取り消さず、はっきりと負けを宣言する。
「いやー、次こそ勝てると思ったんだけどなー! ま、いいや! いい感じに食い下がれたし! じゃあね沙月ちゃん! ひよりもバイバーイ!」
そう言い切った天子先輩はダッシュで訓練所を後にする。いつものことだが、本当に風のような人だ。
「……恨みますわ、浅間ひより」
天子先輩のいなくなった訓練所で、沙月先輩は私に近づき、私にしか聞こえないような声量で言い放つ。そこには明確な敵意と怒りの感情があった。
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