結構ドロドロ

「……沙月ちゃん。どういうことかな?」


 さっきの言い方にさすがに天子先輩も察したのだろう。天子先輩の周りの空気がガラッと変わる。平和的なものだったのが、今にも血みどろの戦いが起きそうな、そんな空気に変わる。私たちチェス隊にとっては日ごろの任務で慣れた空気だったが、周りはそうでもないようで、面白いほどみんなガタガタと震えていた。


「あら? 聞こえなかったかしら。ほっときなさいって言ったんですのよ。そ、ん、な、や、つ」


 言い忘れていたが王馬沙月……沙月先輩の見た目は黒髪のロングに赤のメッシュ、耳にはピアスが付いている。顔はかわいいというよりも美しい印象で、つり目が特徴的。本人はつり目を気にしているようで、それについて話すと怒る。


 性格は……見ての通り弱い人を見下して気持ちよくなる絵に描いたようなお嬢様気質。はっきり言って苦手なタイプだ。


「あなたは黒のチェスの中で私が唯一認めた女よ? 黒のポーンごときに構うなんて許しませんわ」


「……沙月ちゃんが私の友達関係にどうこう言う筋合いはないよ。それに前から言ってるけど、黒のチェスだからどうとか、白のチェスだからどうとか、そういうの私嫌いって言ったよね?」


「しょうがないじゃない。黒のチェスの方が弱いんですもの」


 白のチェスと黒のチェスには、浅くない溝がある。白のチェスと黒のチェスは、1位が白、2位が黒、3位が白、4位が黒といった具合で決まる。つまり、黒のチェスの方が全体的に順位も強さも下なのだ。


 斉藤さんという例外も存在するが、大体、黒のチェスは白のチェスの下位互換。そんな見方をされることが多い。


 沙月先輩はそれを露骨に出している。この前人づてに聞いた話だが、なぜ黒のチェスを馬鹿にするのかと理由を聞いた際、帰された言葉は「弱い者いじめが好きだから」だそうだ。


(人前でそんなことを言える……その度胸は尊敬できるんですがね……)


「……沙月ちゃん。ちょっと訓練所に来てくれない? 少しでいいからさぁ……」


 黒のチェスの方が弱い。その言葉が旋木先輩の琴線に触れたらしく、額に青筋を浮かべながら訓練所へ沙月先輩を誘う。十中八九やる気だろう。


 しかしこれはチャンスだ。今、チェス隊のメンバーと顔を合わせるのは気が引ける。2人が訓練所で戦って周りの気を引いている間に、自室に戻るのはわけない。結果として、このタイミングで沙月先輩が嫌味を言ってきたのはナイスだった。


 周りも2人の争いの気配を感じたようで、視線が2人に集まっている。今がチャンスだ。


(よし、脱出――――)


「ひよりは審判役をやって。沙月ちゃんもいいよね?」


「いいですわよ。異論はないですわ」


 ……どうやら私が逃れる術はないらしい。


 

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