帰還、疑惑、暗躍、復活

 袖女が帰った後、ハカセと少し話した俺は、ハカセとも別れていた。


「さて……俺もそろそろ……」


 俺はコンクリートを浮かべ、それに飛び乗ろうとする。


 が……


「ぐっ……!!」


 突然の心臓の痛みと耳鳴りが再発。一気に体が言うことをきかなくなる。


「くそっ……はぁっ……ハァー……」


(息切れまで……!!)


 あの正方形の物体のせいだろうか。あれは体の中に入ってウィルスを注入するタイプの兵器なのだろうか。


 しかし、そんな考えは、次の瞬間に霧散することとなる。


「ぐ!?」


 体の中が引っ張られる感覚。感覚的な感じで形容しがたいが、どこかに引っ張られそうな、体の中にあるそれを引っ張られたら、自分が抜け落ちてしまいそうな、そんな感覚がする。


(待てよ……? 引っ張られるような感覚……?)


 この感覚に覚えがあったわけではない。だが、俺の体が入れ替わったことに、この症状も関係しているとしたら。

 もし、魂というものが存在していて、体の中から何かが引っ張られるこの感覚が、魂を引っ張っている感覚だとしたら。


 完全な妄想というわけではない。現に俺は体を入れ替えるスキル所有者に致命的なダメージを与えている。


 もしあの女がまだかろうじて生きていて、今、息を引き取ろうとしているとしたら。


「能力が……切れようとしている……?」


 だとしたら、やる事は1つだ。


 俺は料亭の中から護身用として持ってきた包丁を自分の心臓に向けて、発射体制を整える。


「ふーっ……ふーっ……」


 チャンスは1度、ミスったら死。タイミングは魂が体から引き抜かれそうになったタイミング。


 静かに静かにその場に立ち、絶好の機会を伺う。


 その引っ張る力は、ぐんぐんぐんぐん強くなり……


(ぐぁっ……!!)


 この日1番の勢いで俺の魂が引っ張られる。しかしまだだ。まだ完全に魂が引き抜かれていない。今はしっかり耐える時だ。


 俺はタイミングを見計らい、ついにその時がやってくる。


(キタっ!!)


 ついに魂が、これまでより強い力で引き抜かれようとしている。あと3秒ほどで完全に俺の体の中から魂が引き抜かれるだろう。


(今だ!!)


 その瞬間、俺は準備していた包丁を自分の胸に向かって発射した。


「がああああああ!!」


 その一撃は見事に俺の心臓を貫き、人間にとって絶対的な致命傷。


 誰が見てももう助からないとわかるであろう心臓への一差し。それは初体験の俺にとって、視覚的にも感覚的にも強い刺激を与えた。


(こ……こんな感覚なの……か)


 そんな最悪な気分のまま、俺は意識を落とした。









 ――――









「…………」


 ワシは伸太と別れた後、とあることについて考えていた。


 確かにこの件は解決した。体の入れ替えの原因を始末し、立て続けに内務大臣と外務大臣を殺害。黒ジャケットの正体も東京の上層部に知られただろうし、これで伸太はれっきとした犯罪者から、世紀の大犯罪者に格上げだ。


 だが、ワシが悩んでいるのはそんな部分ではない。


(あの時……ワシは確かに聞いたのじゃ……)


 それは文化祭2日目、4人目の教師から聞いたあのセリフ。

 


『明日の夜、藤崎剣斗を始末します』



「あれは……何じゃったのか……」









 ――――









「もしもし……聞こえますか?」


『はい。異能大臣』


 私は作戦の結果を聞くため、東ニに教師として潜入させていたスパイと連絡をとっていた。


「それで……結果は?」


『はい。"中身"を入れてみた結果、田中伸太と"中身"は適合に成功しました。作戦は完了です』


「……そうですか」


 正直、彼と"中身"が適合に成功したと聞いた瞬間、内心飛び上がって喜びを表現したくなるほど興奮していた。あれだけの労力を使って、こっそり完成させた"中身"なのだ。これで適合しなかったら落胆どころの話ではなかっただろう。


(スパイとの会話を聞かれている可能性を考えて、ブラフまで使ったんですから……本当に……)


 久々の作戦に疲労感と達成感を覚えつつ、東ニに潜入させているスパイに作戦の終了を伝える。


「これで作戦は終了です。本当にお疲れ様でした」


『はい。ありがとうございます。それでは』


「ええ、また」


 作戦の終了を伝え、通話を切る。内務大臣から黒ジャケットの犯人についてのメールが送られていたが、今はまだ彼の正体がバレては困る。後で上層部にはハッカーによるいたずらメールだと伝えておこう。



「ふぅ……」



「さて……種は蒔きました。後は――――」



「あなたにその"闇"が扱えるのかどうか……見ものですね」









 ――――









「あー……最悪の目覚めだ……顔べったべただし」



 彼はあたりを見渡した後、律儀に自分を待ってくれていた愛犬に声をかける。



「なァ……ブラック?」



「ワン!!」





 そして、底辺男は動き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る