楽しい楽しいお祭りの続き 対面

 不愉快だ。


 不愉快。実に不愉快。袖女に負けた時も、牛に負けた時もこんな気分はしなかった。

 悔しさや怒りとは違う。何か別のもの。堪えなければとわかっていながらもあふれてしまうのか、体の震えが止まらない。恐怖からではなく、武者震いだ。


(落ち着け……落ち着くんだ……今はその時じゃない)


 この先、いくらでもチャンスは出てくる。この状況よりももっといいチャンスが。


 俺はそう言い聞かせ、体の震えを止めようとすると……



「あの……大丈夫?」



 目の前の見知った顔に、右手が殴りかかった。





「……ッ! ぐうう……!!」





 …………が、俺は勝手に動いた右手を、着弾する前に左手で押さえ込んだ。ここで桃鈴才華を殴ってしまえば、厳重注意は免れない。最悪の場合、体育祭と文化祭の出入りが禁止になってしまう可能性もある。それだけはしてはいけないのだ。


「え……? えっと……ほんとに大丈夫?」


 俺の奇行に対し、桃鈴才華は戸惑った様子で心配してくる。

 まぁ当たり前っちゃ当たり前の反応だ。目の前で厨二病みたいに右手を押さえ込みだした奴がいれば、誰だって戸惑うだろう。


 なぜあの人混みを離れ、俺に喋りかけてきたのかはわからないが、とにかく俺の前まで来た事は確かだ。


「……大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」


 右手とは裏腹に、口では敬語を使い、まるで初対面かのようにふるまうことができた。この言葉遣いなら、正体がばれることもない。


(ひとまず大丈夫だな……)


 ついさっきから、目に入れてしまうとどうなってしまうのかと不安になっていたが、右手が勝手に動いてしまうこと以外は大丈夫だった。

 目の前にいられると、殺したい衝動が高まるが、表に出てしまうほどではない。自分をコントロールすることには慣れている。


「でも……」


 桃鈴才華は俺の返答に不安を持ったのか、食い下がってくる。

 桃鈴才華はおせっかい焼きなのだ。それは幼なじみであった俺が1番よく知っている。


「問題ないです。むしろそうやって心配される方が嫌なんで……」


「……じゃあ、心配しない!! 心配しないからちょっとだけ話そ?」


「ええ……」


 これが桃鈴才華の凄いところだ。こんな初対面の相手でも、辛そうだったらどうにかしてそれをなくそうとする。誰でもできそうでできないことだ。


「それにしても……驚いたよ! まさか剣斗くんが体育祭に参加するなんて」


「ああ……まぁ……うん?」


 その時、少しの違和感を感じる。





(なんだ……?)





 感じた違和感。その正体は……





(なんで剣斗を知っているんだ?)





 藤崎剣斗にも多少の知名度はあるので、話しかけられる事は何も違和感はないが、俺が着目したのはその言い方だ。


 明らかに会ったことのある言い方。そこから察するに……



 桃鈴才華と藤崎剣斗は面識があった?



 確かに東一から東四の生徒が関わるイベントがあるにはある。しかし、そこまで楽しげに話せるようなイベントではないし、何よりそんなイベント1つでそこまで仲良くなるとは思えない。

 この点から考えても、桃鈴才華と藤崎剣斗は顔見知り。それ以上の関係ではないことが予想できる。


(そして……だからといって、顔見知りにこんな積極的に話しかけるのかという疑問も……ああ)


 桃鈴才華のコミニケーション能力で説明がつく。そういうことか。


「……覚えててくれたんですね」


「もちろん! 前々から有名だったからね!」


 今は一刻も早く話を切り上げ、桃鈴才華から離れたい。そんな気持ちが心の中で渦巻く。


 ……しかし、桃鈴才華にここまで近づくことも滅多にないと言うのもまた事実。桃鈴才華レベルの人物なら、東京派閥の情報をいくらか持っているかもしれない。

 ここで何か有益なアクションを起こして、役に立つ情報を掴めたら大金星だ。


「……そんなことより、あなたは最近どうなんですか?」


「え……僕?」


(……お?)


 何気なく聞いてみた質問だが、思ったより反応が悪い。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。


「いや……僕は全然……」


「……何か悩み事でもあるんですか? 俺でよければ全然話聞きますけど」


 ここは引かず、がっつり押していく。


 会社の取引と一緒だ。いけると思ったポイントでガンガン行く。話術の基本であり、覚えていれば人生で役に立つ方法の1つだ。ここでいかねば、もう二度とチャンスは来ないと思っていい。


「うん……まぁ、いろいろあって……」


 桃鈴才華がここまで思い悩むほどのいろいろなこと。それは他の人間が考えるいろいろなこととは1線を隠すほどのものに違いない。


「それは一体どんな……」


 そう聞こうとしたその時。


「最初の競技が始まりますので、出場者の方は準備をお願いしまーす!」


「あ……」


 待合室の出入り口から、運営側だと思わしき人間が選手たちに声をかける。最初の競技がもうすぐ始まるようだ。


「あ……! 僕……行かなきゃ……!!」


 渡りに船だと思ったのか、桃鈴才華は俺の話を聞かず、最初の競技を始めに行ってしまった。



(チッ……何にも収穫がなかったか……)



 しかし、桃鈴才華には俺がいない間の何かがあった。

 それは確実とみて間違いない。



(つまり、今の桃鈴才華は不調……)



 今が好機なのかもしれない。

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