楽しい楽しいお祭りの始まり その8

「…………」


 空気が固まる。その言葉でしか形容できない微妙な空気が流れていた。

 まさかこんなタイミングで話しかけられるとは思わなかった。


 話しかけてきた人物はまさかの店員。顔は可愛めの美形でおとなしそうな雰囲気を出している。

 店員の服はみんな一緒だったので、服からは断定できなかったが、その顔から女と言う事がすぐにわかった。


 別にこのタイミングで見られる事は問題ではない。今話しかけてきた人物が、藤崎剣斗の知り合いだったとしても、「最近こういうのにハマってるんだよね〜」的なことを言えば苦しくも言い逃れすることができる。


 なので、そんなに焦ることでは無いのだが……


(……あ、あ、あ)


 問題なのは、その人物が店員であることだ。


 服屋の店員に話しかけられると、妙に緊張するやつ。簡単に言うとそれだ。

 今までの道のりで、自分にもそこそこコミュ力がついたと思っていたのだが、現実はそうではないらしい。


「…………」


 結局、俺は言葉を返せないまま、お互いにお互いの顔を見合うと言う地獄のような時間が続いた。



「……あの……そんなに緊張しないで大丈夫ですよ? 単にその服を買うのか聞きたかっただけなので……」



「あ……ひゃい……かいます……」



 キッツイ、男子高校生がなんて声を上げているんだ。これではまるで初めておつかいをする子供。そこに大人の姿は微塵も感じられない。


「あっ、そうなんですか……理由とかって聞いても?」


(ええ……理由って言われても…………)


「か、かっこいいから……?」


 返しが適当すぎる。袖女と古着を買いに行った時もそうだったが、動揺している時、適当な返ししかできないのは俺の悪い癖だ。


 俺が自分の発言に対して、勝手に反省したその時……


「そうですよね!? わかりますか!! この良さが!!」


「……はい?」


 俺の心の中の気持ちに反して、女店員のテンションがぐっと上がる。


「もしかしてお客さん……ファンなんですか?」


「……ファンって、誰の?」


「あっ……そうですよね、わかりませんよね……じゃぁちょっと……」


 女店員は俺の腕をぐいっとひっぱり、俺の耳に顔を寄せてくる。身長差があるため、つま先立ちになっているのがなんとも可愛らしい。その行動を見ると、どうやら小さい声で何かを伝えたいらしい。


 どうやら俺の予想は当たっていたらしく、片手を口に添えて、俺の耳に付け、俺の耳に届く通り道を作り、声を発した。





「もちろん……黒ジャケットですよ!」





「…………はい?」





 俺にとっては聞き慣れない。しかし俺を指す言葉である黒ジャケット。それは俺の耳に、しっかりと入ってきた。


 俺の体の感覚が急に鋭くなる。脳がフル回転し始める。そうなった俺の体は、その場での最適解をすぐに出した。


(これは俺に関する話。それならば聞いておいたほうが得がある可能性が高い……ここは話を聞くために、話を合わせておいたほうがいいな)


「……まぁ、黒ジャケットならもちろん知っていますが……ファンは初耳です。どういうことですか?」


 俺の言葉に、女定員は首を右へ左へ動かして、周りに人がいないのを確認した後、すぐに俺の耳元に顔を戻し、言葉を返してくれる。


「実は……黒ジャケットには結構ファンが多いんですよ。もちろんやっている事はいけないことなんですけど……あの正体不明なミステリアスさが好きって人が多くて……」


「……なるほど」


 まさか黒ジャケットに人気が出るとは思わなかった。正直驚きだ。

 正直、人を殺しまくって得た人気に何の意味があるのかと疑問に感じるが、ファンが多いと言われると、どうしても嬉しい気持ちが出てきてしまう。


(そうか……ファンがいるのか……ふふっ)


 なにこれ嬉し、ファンがいるの嬉し。めっちゃうれしいじゃんこれ。

 いやまて、この話をこの女が振ってきたと言う事は……?


「もしかして、店員さんも……?」


「もちろん大ファンです!!」


(よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)


 今年最大の絶頂。今世紀一喜びを感じたと言っても過言ではない大ファン発言。しかも女。すばらしい。グラッツェ。


(…………ハッ!! 危ない危ない。一瞬飛んでしまった)


 こんなところで余韻に浸っているわけにはいかない。10分程度の休みを使って袋に入っているのだ。もうすぐタイムリミットが来る。その前に詳しい話を聞かなくては。


「ちなみに……その方々は一体どんな活動を……」


「そういえばその服、執事服ですよね? て事は休み時間なんじゃないんですか?」


 しているんですか。そう聞こうとした時、休み時間のことを心配される。

 そこをつかれるとかなり痛い。今の俺からしたら、優先順位は今回の話の方が断然高いのだが、他の生徒からしたら断然、休み時間の方が優先度が高い。話の途中にこれを指摘されると面倒なことになるため、早めに話を済ませたかったのだが……もうタイムリミットらしい。


「……そうですね。じゃあこれを買って場所に戻ります」


「はい。機会があればまた話しましょう!!」


「ええ、ではまた」


 俺はその後、黒いジャケットを購入し、従者喫茶に戻った。







(もしかしたら……出会う日も近いかもしれないな)

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