楽しい楽しいお祭りの始まり その7

 つらい…………


 先ほどから時間が経ち、今は午後の3時。12時から3時までの3時間の業務と言うのは、バイトでもできて当たり前と言える量である。


 なのにここまで疲れている俺はやはり社会不適合者なのだろう。実にしんどい。休み時間よ。早く来てくれ。


「剣斗ー! 休み時間だぜー!」


「そ、そうか! すぐ戻る!!」


 待ちに待った休憩時間が今ここに降臨。俺は少し早歩きになりながら従者喫茶の裏にある更衣室へと入っていく。


「休み時間っつっても10分程度しかないからな? 服は着替えるなよ?」


「わかった」


 この堅苦しい服を着替えられないのは残念だが、10分休めるだけでもありがたい。

 頭をぐるりと回し、更衣室を見てみると、執事服を着た男どもがサイダーを飲んだり、楽しそうに談笑していたりと各々が各々のやり方で貴重な休み時間を消費しているのがわかる。別に驚くことでもない一般的な休み時間の使い方だ。


「……ちょっと外出てくる」


「ああ、あんまり遠出するなよ〜」


 俺はその中にいる1人に声をかけ、外に行くことを伝えた後、執事服のままで廊下に出る。

 廊下に出てあたりを見回す。わかっていたがやはり人の波がすごい。やはりすべての養成高校の生徒が集まっているため、人の興味をそそるのだろう。


 そんな中、俺は1人歩いて周りを見渡す。


(みんな楽しそうにしてんな……ああ〜笑ってる顔ぐちゃぐちゃにしてぇ〜)


 この言葉を聞いただけなら、中二病がこじらせただけのように聞こえるが、やろうと思えば本当にできるのが俺だ…………ふふん。


 そんなことを言うのだから、もちろんこの一人歩きにも意味がある……と、言いたいところだが……


(おっ、あの店面白そうだな……明日にでも行ってみるか)


 しかし俺は違う…………と、言いたいところだったが、俺も本来ならば高校生をやっている歳。正直こういう文化祭にときめきを覚えないわけがない。普通に出店が見たくて一人歩きをしているわけだ。


(……まぁ、10分程度の短い休み時間でやれることなんて限られてるし……この時間位は好きにしていいだろ、もしかしたら何か情報をつかめるかもしれないしな)


 自分で思っておいてなんだが、あまりにも悠長すぎる。文化祭は三日間しかないのだ。一応、その後も敵の情報を探るチャンスはあるのだが、それ以上にこの文化祭がビックチャンスなのだ。


 理由は前にも言ったと思うが、この人混みにより、俺に見つかることなく俺を殺すことができるタイミングが極端に多い点がある。

 それだけ? と思うかもしれないが、これ1つだけで俺を始末できる可能性はぐっと増える。これ以上に巨大な理由はないと断言できる。


 じゃあこうやって1人でほっつき歩くのは危険じゃない? と思うかもしれないが、敵が「あいつ1人だぞ! この間に襲ってやるぜヘッヘッヘ」と思って近づいてくれたらこちらとしては好都合。逆に返り討ちにして拷問し、情報を聞き出すチャンスが作れる。


「…………お」


 そう思い、周りを見てみると、とある店の前で俺の両足が止まった。


「服屋か……」


 学生たちが作った服屋……そこで俺の足はとどまることを選んだ。

 俺は服に興味があるわけではない。なのになぜ俺の足はとどまったのか。それは大阪で起きたとある出来事にあった。


(黒いジャケット……焼けちまったんだよなぁ)


 俺にとっての勝負服。任務を行うときに必ずと言っていいほど見に纏っていたそれは、大阪での牛の戦闘で犠牲になってしまった。


 表には出していなかったが、それなりにショックだったのだ。幼少の頃から共に過ごしてきた犬が死んでしまったかのような喪失感。もはや相棒と言えるような存在だった黒いジャケットは業火の中に消えた。


(新しい相棒を見つけるってのも……アリかもしれないな)


 新たな相棒探し。それを俺に実行させようと、俺の足はピタリと止まったのだった。


 俺は周りを見渡し、クラスメイトがいないことを確認すると、その足を前に出し、服屋の中へ入っていった。


「……おおー」


 服屋の中は意外と本格的。壁もきれいに高級な服屋っぽくアレンジされており、落ち着いた雰囲気だ。もともとが教室だとは到底思えない。

 さらにはマネキン。素人目から見てもおしゃれに見えるほどの服を着こなし、決めポーズしているマネキン。多分俺よりおしゃれだ。


(ただの人形が……人類よりもおしゃれだと……!?)


 全てがおしゃれ。文化祭で出す店のレベルをゆうに超えている。客もほとんどが学生ではなく、しっかりとした大人だ。


 しかし、肝心なのは服。服がダサくては意味がない。


(と思ってたけど……服もこれまたかっこよさそうな……)


 ファッションのことは全くと言っていいほど理解できないが、ガラス張りの店に飾ってあるだけで何故かオシャンティーに見える。

 そんなおしゃれすぎる服の中に、1つ気になるものを見つけた。


(これは……)


 見つけたのは真っ黒のジャケット。どこにでもありそうな布で、どこにでもありそうな値段。素人がファッションデザイナーを初めて10分で思いつきそうなデザイン。


 そんな黒のジャケットは、他のおしゃれな服のおかげで逆に目立ち、飾ってある服の中でもダントツで目立っていた。


 しかし、俺にとっては…………


(……いいじゃん)


 俺にとってはおしゃれかどうかよりも、元々持っていたジャケットに似ているかどうかの方が問題だ。


「…………決めた」


 小声でそう言い、黒のジャケットに手をかけた時……





「それ買うんですか?」





 右から、明らかに、狙ったタイミングで声をかけられた。

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