楽しい楽しいお祭りの始まり その2
耳に聞こえたハカセの声。しかし周りを見てもハカセはおらず、他の人がハカセの声に反応したような様子もない。
俺は周りに聞こえないように、小声でハカセの声に対して言葉を返す。
「さすがだハカセ…………あの時だな?」
(たぶん……あの時……)
『うむ、伸太と飯を食ったあの時、伸太の髪の毛の中に小さくなったスチールアイを入れておいたのじゃ……オヌシ一人じゃ何したらいいかわからないじゃろうからな』
ハカセが有能すぎる。ハカセの有能ストーリーだけで小説が1冊書けるんじゃないかと思うほどの有能っぷりだ。こんな上司がいる会社なら即入社したい。
(おっと、そんなこと考えている時間じゃないな)
そんな事は後からでも考えられる。今は今しか考えられないことを考えるべきだ。
「それにしても職員室って……そこに行って何するんだ?」
『正直なところ、犯人が客としてこの祭りに参加しているのか、運営側としてこの祭りに参加しているのか……はたまた参加すらしていないのかはワシにもわからん』
「…………」
『だが、犯人としてもこの状況は好都合のはずじゃ……まずは参加している前提で話を進めた方がよい。職員室の教員の情報をつかめば、ワシの手元にある1年前の教員の情報と照らし合わせ、1年以内に職員になった人物を調べることができるからな』
俺の純粋な疑問に、ハカセは即答する。
しかし、疑問が解けたと同時に、また新たな疑問が生まれる。
「1年前の情報と照らし合わせて何になるんだ?」
『犯人は藤崎剣斗と何かしらのつながり、もしくは面識があった可能性が極めて高い』
(なるほど……つまり、今まで藤崎剣斗の担任だった先生やらを調べれば絞り込むことが…………)
『…………と、普通なら考えるじゃろうな』
「…………へ?」
俺の中で考えが確定したと思ったら、ハカセからのまさかのカウンター。そのカウンターに、俺の体がピクリと反応してしまう。
『……まさか、オヌシもそう考えてるわけではなかろうな?』
「…………当たり前じゃん! そんなわけないでしょ!!」
『……オヌシそんなキャラじゃったか?』
「いつもこんな感じだって! ………それより、その話を続きを教えろよ」
ハカセに弱いところをつかれ、少しキャラ崩壊を起こしてしまった。体にぐっと力が入る。
『……まぁよい』
ハカセもそれ以上は言わないようにしてくれたようだ。よかった。
『昨日も言ったように、敵は組織で動いておる。犯人が直接殺しに行くより、手下に命令させて殺したほうがローリスクハイリターンじゃろう』
「つまり…………?」
『最近教員になった人物が組織の人間の可能性が高い。そいつらを探すんじゃ!!』
「…………了解した!!」
俺のこれからの行動は決まった。
――――
一方その頃……
「……なんだか……こういう平和なのが懐かしく感じるね」
僕はワイワイと賑わう中で、1人ぽつんと歩く。
他の友隣ちゃんたちにはもちろん一緒に回ろうと誘われたが、無理を言って断らせてもらった。少しは自分でゆっくりと回りたい。
(ここに……隣に……いつもなら…………)
伸太がいたのに。
「…………」
そんなことを考えても、伸太がいない今ではあとの祭り。後悔するだけ無駄だとわかっていても、後悔の念だけが頭の中でつのり続ける。
そんな肝心の伸太は、東京派閥では行方不明者として探されてはいるのだが、現実の指名手配犯の張り紙と同じく、ほとんど認知されていない。
(あの時のは……やっぱりそうだよね……)
神奈川派閥での任務に現れた人物。黒いジャケットを身にまとい、黒ジャケットと呼ばれているあの人物。話では神奈川のチェス隊をも退けたと言う実力者。
あれは…………
あれは…………
「…………」
どこで間違えたのだろう。
あの時手を差し伸べていれば、あの時話しかけていれば、あの時、伸太のそばまで駆け寄ってあげられれば。
変わっていたかも、しれないのに――――
「あ、あの!!」
「…………ん?」
後ろから誰かに呼び止められ、反射的にそちらを振り向いてしまう。僕はその身分上、あまりこういう場で知らない人の言葉に反応するのは良くないのだが、気が緩んでいたのか、声に反応して振り向いてしまった。
「あの……あの……」
「……? どうしたのかな? 迷子になっちゃったの?」
そこにいたのは1人の女の子。歳は小学生ほどだろうか。そんな子が1人、私の前にぽつんと立っていた。
最初は迷子かなと思ったのだが、そう聞いたらすぐに顔をぶんぶんと横に振り、迷子では無いことを伝えてくる。
「えっと、その…………」
「あくしゅ……してください……」
(あ……)
名前も知らない小さな女の子から、握手を要求される。私はそこそこ有名人。前まではよくあった流れだ。
しかし、最近は近寄りがたい雰囲気があったのか、あまりそういうのを要求される事はなくなった。
もしあったとしても、よっぽど仲の良い親戚とかでなければ、優しく断っていたところだ。
だが…………
「…………いいよ。しよっか」
なんだか今はしてもいい。そんな感覚がして、女の子に対して了承の返事をし、右手を差し出す。
女の子も自分の手を私の手に近づけ、ぎゅっと握手をした。
「あ、ありがとうございます!!」
「…………うん」
(何やってるんだろ僕)
こんなことをしても何の意味もなさない。失ったものは帰ってこないのに、ただ周りの人間に、だったら自分もだったら僕もと言われるだけ。プラスどころかマイナスだ。
自分のやった行為に後悔しつつ、手を離してそこを去ろうとした時…………
「いつもおうえんしてます!! あしたもがんばってください!!」
「え? ちょ……あ…………」
こちらが言葉をかける暇もなく、女の子は後ろを振り向いて走り去っていってしまった。
「……………………」
私の意識は、女の子と握手したことよりも女の子にかけられた言葉に吸いつかれていた。
「がんばれ……か」
言われたのはいつぶりだろうか。スキルの関係で、みんなに知られるようになってからは頑張るのが当たり前。がんばって当然、強くて当然。そんな当たり前ではない前提が、私の中では当たり前になっていた。
(……そうだ。僕はみんなの憧れなんだ)
くよくよするんだったら誰もいないところでやれ。
僕が負ける事は許されない。
相手が大事な人であろうとも。
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