近づく

「何もない……?」


「うむ」


 何もない。何もないと言う事は、その女の子がそんな目にあう理由がないと言うことである。


「ってことは……愉快犯か?」


 愉快犯とは、簡単に説明すると、何かを起こすことに理由はなく、起こしたことに対する人の反応で楽しむことを目的とした犯行をする人物だ。

 ハカセの言った通り、体を入れ替えるのに何も理由がないのなら、これが当てはまるだろう。


「いや……ワシは愉快犯ではないと見ておる」


「理由は?」


「体の入れ替えを解除した日が意図的すぎるからのう。本当に愉快犯なら、もっとめちゃくちゃにやるはずじゃ」


「この状況ができる限りのめちゃくちゃなんじゃないか? その女の子の体を入れ替えている間は、他の人物の入れ替えができないとか」


「それはワシも考えたんじゃが……どうも納得がいかんのじゃよな」


 ハカセはそう言いきると沈黙し動かなくなってしまった。どうやら何か考えているらしい。


(……じゃよな?)


 じゃよなという聞いたことのない言葉に疑問を抱きつつ、俺も少し思考を巡らす。


 現時点では愉快犯の可能性がかなり高い。しかし、体の入れ替えが愉快犯によるものだったとすると、俺の立てた犯人妹説が崩れてしまう。


(……いや、俺が知らないだけで、妹が人の不幸に幸せを感じる性格だったら成立するのか……)


 妹とは間近で暮らしてみて、そんな性格ではないと思っているのだが……人は見かけによらない。もしかしたらそんな性格なのかもしれない。


 (……まぁ、そんな可能性など極小だがな)


「……そこで! ワシは1つ仮説を立てたのじゃ、聞くか?」


「……いいね。ハカセの仮説なら聞きたい」


 俺は少し体を前のめりにし、ハカセの口から出てくる仮説を聞く姿勢を整える。

 他の人の仮説ならば、半信半疑ながらも耳に入れる程度の感覚で聞いていただろう。

 しかし、今から話される仮説はただの仮説ではない。俺の考え方、戦い方の基盤を作ってくれたハカセの仮説だ。俺にとっての師匠に近い存在。そんな存在の仮説を聞かずして、誰の仮説を聞くと言うのだ。


「……まず、なぜ女の子の体が入れ替えられたのか、じゃな」


「ああ」


 それが犯人は誰なのかに次ぐ問題点だ。女の子が入れ替えられた理由。それと俺の境遇を照らし合わせれば、何か共通点が見つかるかもしれない。



 ……しかし、さすがハカセだ。ついさっきまでの少ないな情報で、仮説を立てることができるのだから。





 すごいぞハカセ!! かっこいいぞハカセ!!





 …………自分で何を言っているんだ俺は。



「おそらくじゃが……ワシはお前をとらえるための実験台だったと思っておる」


「……実験台?」


「たぶん……いや、確実に犯人はあまり体の入れ替えを行って来なかったのじゃろうな」


「なんでそんなことがわかるんだ?」


 俺の些細な疑問にハカセは即答する。


「情報量じゃよ。ワシがいくら調べても、出てきた例はこの女の子とお前だけじゃった。体の入れ替えなんてとんでもないことが起きたら普通、ニュースにはならなくとも、裏では情報が出回ってもおかしくはない。なのに出てくるのは女の子の情報だけじゃ……この時点で、本人は体の入れ替えを頻繁に行わなかったことがわかる」


「なるほど…………」


「じゃから自分のスキルを確かめるために、適当な人物で試そうとしたんじゃろうな……要するに不安だったんじゃ」


「しかし、なぜ俺が目当てだとわかるんだ?」


「状況証拠から見てもそうじゃろ。何の特徴もない普通に暮らしていた女の子と、東京から抜け出して裏社会で暴れ回っている青年。どっちが本命かなんて火を見るより明らかじゃ」


(…………)


 ハカセの仮説を説明すると、要するにぶっつけ本番で俺に対して体を入れ替える力を使うのは不安だったから、まず最初に適当なやつで試して効力を見ようとしたというわけだ。


 …………それならば納得がいく。何も怪しいことが見つからなかった女の子に対して、体を入れ替えたのにも理由ができる。


「…………さすがだなハカセ。それならばすべてのことに自由ができる」


「クククッ……まぁの! ここが違うんじゃ、ここが!! カッカッカ!!!!」


 ハカセは自分の頭を人差し指でトントンと叩き、誇らしげに大笑いする。普通の人が見たら頭のおかしい人物にしか見えないが、俺としてはこのテンションが懐かしい。ハカセにつられて俺も少し笑ってしまった。


「しかし……結局犯人の目星はつかないな……地道に探していくしかないか」


 そう、女の子の体が入れ替えられた理由はわかったが、その理由と俺と藤崎剣斗の境遇に接点がない。犯人へのヒントがなかったのだ。


「いや、ヒントぐらいならあったぞ?」


「……へ?」






 …………へ????







「ま、マジか!? それを教えてくれ!! 頼む!!」


「お、おお……分かっとる分かっとる……言うから落ち着け……」


 ハカセにそう言われ、少し深呼吸して心を落ち着かせる。柄にもなく少し興奮してしまった。


「悪い……それで、ヒントっていうのは?」


 ハカセは落ち着いた俺を一目すると、手元にあったお茶を少し口に含み、飲み込んだ。


「……ふぅ…………ヒントと言うのは、相手は大きな組織と言う事じゃな、ワシとしてはほぼ確定だと思っておる」


「組織?」


「体を入れ替えるなんて馬鹿げたスキルが何かしらの組織に見つからないなんてことがあるわけなかろう。確実に目をつけるはずじ「お待たせしましたー!!」…………」


 ハカセがキメ顔で俺に説明してくれていたところに、まるでその話を遮るかのように店員さんが料理を運んできた。

 そのあまりのダサさに、ハカセは沈黙。俺は笑いを堪えるため、必死に口元を手で隠し、広角があるのを防ぐ。


「…………まぁよい。食うか」


「ああ、そうだなっ……! ッ! ククッ……!!」




 

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