考える人

 数分前、私は授業が終わった後、家に帰るために荷物をカバンの中に詰めていた。


「やっと終わった…………」


 人に教えると言う経験がなかなかなかったため、いざこうやって大人数に教えると大変だ。なかなか言うことを聞いてくれなかったり、私が言ったことができなかったりで、悪戦苦闘中だ。


(こんなのが1週間に何回も……給料をもっと上げて欲しいくらいだわ)


 しかし、そんなこと言えるはずもなく、家へ帰るためにカバンを担いだ時、カバンの中に一緒に入れていたスマホから着信音が鳴り響く。どうやら誰かから電話が来たようだ。


「なによもう……こっちは帰る途中だって言うのに……」


 人間と言うのには、電話が鳴ってはいけない2つの場面がある。風呂に入っている時と、こんなふうにもうすぐ帰る時の2つだ。

 わかる人が多いと思う…………いやわかる人しかいないと思うのだが、帰る途中に電話がくると死ぬほどムカついてしまう。楽園がすぐ近くにあると言うのに、お預けされているような気分なのだ。


 そんなことを考えている間にも、私のスマホから聞こえてくる着信音は鳴り止まない。


(ああ〜もう!! イライラする!!)


 私は怒りのままカバンの中からスマホを引っ張り出し、苛立ちを抑えないまま電話に出た。


「はいはい!! 藤崎です!! どなたですか!!!!」


 自分でも久々と感じるほどに声を荒らげる。そもそも今まで仕事がなかったこともあるが、最近はストレスもなく、子供たちの成績も優秀なため、起こることなどほとんどなかったのだが、これも電話が鳴ってはいけないタイミングの効果なのだろうか、何の罪もない電話の奥の相手に八つ当たりしてしまった。


 別に相手が親しい相手ならばよかったのだが…………


『…………ご乱心のようですね。また後日にしましょうか?』


「はぁ? 後日でいいなら何のために電話しに、来……て…………」


 不幸にも、今回は親しい相手ではなく。


『すいませんね。私の性格上、どうしても仕事は早めに済ませておきたくて……』


「あ……あ……す、すいません!!」


 それは圧倒的に格上。東京派閥を支える大臣の一角。


「異能大臣!!」


 あの異能大臣だった。


 私は大慌てでさっきの発言を訂正し、すぐに向かいますと勢いよく答えた…………









 ――――









 というわけで、私はある建物に呼ばれ、その1室に呼ばれたわけだが…………


「さぁ、そんなところで立ってないで、椅子に座ってください」


「は、はい……」


 ちなみに、異能大臣との面識はそこそこある。現役時代に何回かお話しする機会があったのだ。つまり完全に初対面と言うわけでは無い。


(けど……緊張…………)


 胸から張り裂けそうなほど心臓が高鳴る。この文章だけだと、まるで恋しているかのように聞こえるが、実際はそうではなく、ただただ緊張しているだけ。そんな感情は一切ない。


 私は暴れだしそうな腕を抑えつけ、足が震えていないか気にしつつ、異能大臣が座っている席のテーブルを挟んで向かい側にある席に向かって歩き出す。

 やがて、なんて大層なことが言えるほどの時間歩いていたわけではもちろんないが、体感時間では2時間は歩いたような気がする。


 そんな過程を得て、私は異能大臣の向かい側の席に、恐れ多くも着席することができた。


(わぁ……!!)


 異能大臣ほどの人なら当たり前なのかもしれないが、この椅子もすごい作りだ。赤を基準に黄金の装飾がちりばめられたいかにもな椅子。座り心地もふわふわで気持ちいい。ベッドと遜色ないレベル。気を抜いたら眠ってしまいそうだ。


「では……最近のお仕事はどうでしょうか?」


「は、はい! みんないい子達ばかりで、こちらが学ばせてもらうこともあり、とても楽しく取り組ませてもらっています!!」


 まるで先生を目の前にした生徒のように、敬語に慣れていない子供のような敬語で言葉を放つ。自分でもこの事は自覚しているので、かなり恥ずかしい。顔が赤くなるのを感じる。


「ははっ、それはよかった」


「は、はい……あははは……」


 そんな私の拙い敬語にも、異能大臣は笑って対応してくれる。さすがは大臣、心の広さも大臣並と言うことだ。


「それでなんですが…………お子さん方は参加できそうですかね?」


「えーっと……それは……剣斗と牡丹ぼたんのことですか?」


「はい」


 剣斗と牡丹。その名前は、私の子供2人の名前だ。今もなお第一線で戦い続ける夫とともに、心を込めてつけた名前。


「あの2人は将来有望……うまく成長することができれば、あなたと同じく、東京を代表するような兵士になれるかもしれません」


「……いやぁ」


 剣斗と牡丹は私と同じく、兵士になりたいと言ってくれている。親としてそれは嬉しいし、2人ともスキルランクはハイパーだ。その願いは今、現実になろうとしている。



 しているのだが…………



「設備に関しても、不満な点などがあるのならば言ってくれて構いません。あなたの親としての本音が聞いてみたい」



「あ、いえ……設備に関しては問題ないと思います。周りの子たちもあの子達と遜色ないほどの実力だし、あの子達も良い体験ができると思います……けど…………」



「けど…………?」



「……あの子たちの人生ですから。あの子たちから話を聞かないとどうにも……」


 私の判断だけでそれは決められない。あの子たちの人生なのだ。できるだけ選ばせてあげたい。


「……なるほど、了解いたしました。では、その話はまた後ほど……」


「はい。私もあの子たちに聞いておきます」


 その後は世間話を少しして、解散した。

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