抜き足
家族の情報を抜き取ると決めた日。ついに夜になる。作戦決行の時がきたのだ。
今の俺はリビングでテレビを見ているふりをしている。ふりをしているだけのため、テレビ番組の内容はまるで頭に入っていない。
既に時刻は午前2時を回り、妹や母親は自室で眠っている。これは2人が眠るまでリビングで見張っていたので間違いない。
「さて…………」
俺は重い腰を上げ、体を逸らして背骨をポキポキと鳴らす。家族が眠るまでずっと座ってテレビを見ているふりをしていたため、かなりの開放感だ。
「任務開始だ」
(任務ではないがな)
任務ではなく自分で立てたただの作戦なのだが……任務として考えた方が気合が入る。
俺は早速、行動を開始した。
――――
「まずは母親の部屋からだな…………」
俺はリビングから廊下に移動し、すぐに母親の部屋の前までたどり着いた。この家の間取りは1階にリビングと両親の部屋1つずつとトイレ。2階に俺の部屋と妹の部屋のため、リビングからの距離的に母親の部屋から調べたほうが合理的だ。
(まったく…………覚えるのに30分かかったぜ)
何かを覚えることをしたのは、ハカセに言われてハカセの電話番号を暗記したのが最後だ。覚えるのは苦手なので、もう何かを覚えると言うのはしたくない。
そんなことはさておき、早速、母親の部屋のドアノブをひねり、ゆっくりと音を立てないようにドアを開けた。
ドアを開ける時特有の音であるあのきしむような音楽がしなかったため、この家はかなり最近に建てられたと言うことがわかる。単純に何か加工がされているだけなのかもしれないが。
念のため、チラリと母親が眠っている方を覗いてみると、スゥスゥと小さな寝息を立てて眠っている。これならば、大きな音を立てない限り起きる危険性はないだろう。
今回、俺が狙うのは母親と妹の保険証だ。
保険証には前にも言った通り、名前や血液型、スキルの内容など、とにかくその人物のありとあらゆる情報が記載されている。
今回の任務はその保険証をスマホの写真で撮影し、情報を取ると言うものだ。それが1番手っ取り早く、かつ大量の情報を入手できる。
(そして……保険証がありそうな場所といえば……)
ただの偏見だが、そういうカードは財布の中やカバンの中にあるような気がする。そこを重点的に探してみよう。
俺はカバンのファスナーを音を立てないように開け、カバンの中身をまさぐるようにチェックする。気分はまるでスパイ。やっていることは泥棒だ。
(お! 今のはシャレたセリフだったな)
自分の心の中で言ったセリフを自分で褒める。
…………これが1人に慣れてしまった者の末路か。
自分の中の慣れに絶望しつつ、カバンの中を漁っていく。
結果から言うと、カバンの中にも財布の中にも保険証は入っていなかった。この母親は持ち歩くタイプではなく大事に保管するタイプらしい。そもそもタイプがあるかどうかすらも知らないのだが。
(となると…………棚の中か)
そう思いながら、棚をゆっくりと開けて探すと、案の定、それっぽいファイルの中に手に収まるサイズの証明証を見つけた。
俺はすかさずスマホを使い、ライトをつけたままの状態で写真を撮る。事前にカシャリと音がならない状態にしていたので、危険性を孕むことなく撮影することができた。
ここまでできればもう要は無い。そこら中に散らばった物を棚やカバンに詰め込み、つま先立ちで音を立てずに母親の部屋を後にした。
「ふぅ〜…………」
廊下に出た瞬間、体の力がふっと抜け、壁に体をもたれかける。自分の知らないうちに、とても力が入っていたようだ。
なぜ体に力が入るほど緊張していたのか。原因はもちろん母親の存在だ。
あの母親にhyperスキル保持者の疑いがある以上、起こしてしまえばひどい目にあう可能性が高い。さすがに自分の息子なので、殺しはしないだろうが…………
(いや、俺の予想通り、家族全員が犯人だったとしたら、殺されるかもしれないな……)
本来の俺ならば、ハイパースキル保持者であろうが余裕で対処できていただろう。
しかし、今の俺はまったく慣れていないスキルに何が得意で何が不得意なのかもわからない肉体。あまりにも不利対面すぎる。
よって、今ここで戦うわけにはいかない。絶対に気づかれることなく、ことを終えなくては。
俺はそれを心の中に刻み込み、2階の妹の部屋へ行くため、2階への階段を上っていく。なぜか心臓がどくんどくんと脈打つ。
そうやって、妹の部屋の前までたどり着くと…………
後ろから、誰かの視線を感じた。
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