差し足

「ッ! 誰だ!!!!」


 背後に感じた強い視線。隠すと言うことを感じられないその視線に、俺は思わず声を上げて反応した。


 自分の意思と関係なく、グリンと回転する体。当たり前だが、それに連動し、目線が後に向く。



そこで見たものは…………



「いない…………」


 そこにあるのは、普通の廊下。電気のついた夜なのに明るい普通の廊下だ。何もない。変わったことなど何もない。


「…………」


 しかし、数々の修羅場をくぐりぬけてきた俺の第六感が、大きな警報を鳴らしていたのだ。


 そこに長居するな。すぐにでも場を離れろ。と言いたげに大きく大きく警報が鳴る。


 とにかく、目には見えないが、何かしらが俺を狙っていると言うのは明白だった。


 いつもの俺ならば、その第六感に従い、自室に戻るかその場から逃げるかしただろう。


 だが、その時の俺は違った。


(ここでつき止めてやる!!!!)


 急に知らない場所に閉じ込められた圧迫感と不安。それらが一気にストレスになり、間違った判断をさせたのだろう。視線の正体を突き止めようと、近くにあった窓を開けようとしたその時…………


「……何やってるの?お兄ちゃん」


「ッ! …………なんだ妹か」


 急に聞こえた背後の声に思わずビクッとしてしまったが、その正体は目に見えない何かではなく、俺の大声によって目を覚ました妹だった。


「何? なんだ妹かって……と言うか、こんなところで何してるの?」


「……いや……別に……今寝ようとしてたとこ」


「…………ふーん」


(まずい……明らかに怪しまれている)


 このままでは、いつか絶対にボロが出る。適当に話を片付けて、さっさと退却しなくては。


「わ、悪かったな! 起こしちゃったみたいだから、俺はもう寝るな! じゃあバイバイ!!」


「………………」


 俺は自分でも何を言っているのかわからず、日本語として成立しているのかどうかすらわからない言葉を発して自室へ帰った。









 ――――









「はぁ…………」


 俺は自室に戻った後、ベッドに座り込み、己の失敗を嘆いていた。


 勉強机のライトと部屋の電気が相まって、とても明るくなっている。まるでスーパーのようだ。


 ちょっと予想外の出来事が起きただけで、あってはならない動揺。そしてそれが伝播したかのように意味不明な行動をとり、妹に対して驚いてしまう醜態を晒した。


(くそっ……初心者じゃねんだぞ……)


 自分へのふがいなさに、思わず歯ぎしりをしてしまう。


 状況が違うから? 肉体が違うから? それがなんだというのだ。自分から厳しい道を選んだ以上、その程度の事は理由にはならない。それは言い訳なのだ。


 戦うこと以外で、自分の存在意義を消したのだ。


「…………」


 俺はゆっくりと目を閉じ、一旦心をリラックスさせる。


 今の俺はバラバラの状態。いろんな不安やストレスが入り混じり、不純物でまみれているのだ。これでは気合が入らない。


 例えるならば、掃除していない空気清浄機のフィルターのようなもの。掃除しなければ空気をうまく取り込めないのと同じで、心も掃除しなくては、いつものパフォーマンスを発揮できない。


 目を閉じてから数分後、気合を入れ直した俺は、ようやく目を開き、その体を持ち上げた。


「…………よし、やるぞ」


 心の不純物は掃除した。もう焦ることはない。一つ一つ、いつも通り、任務をこなしていくだけだ。


「作戦を立てる前に…………まずは写真からだな」


 情報がなければ、何もしようがない。気合が入ったからといって、むやみやたらに行動していいわけでは無いのだ。


 今の任務で入手できた情報は、母親のスキルと妹の保険証は妹の部屋にあると言うその2つだけだ。


 なぜ妹の部屋にあると思っているかと言うと、母親の部屋になかったからだ。普通、保険証は自分で持っているか親に保管してもらうかの2パターン。そして母親の方にないと言う事は、妹の部屋にある。確信を持っていいだろう。


(そして…………母親のスキルは…………)


 俺はスマホを開き、母親の部屋で撮った写真を閲覧する。







スキル名 洗脳マインドハッキング


所有者 藤崎ふじさき登子とうこ


スキルランク hyper《ハイパー》


スキル内容

目に映る対象者の脳をハッキングし、使用者の思うがままに操る。操れる人数には制限がある。








 さて、これを見た俺の感想だが…………


「つっ……よ……」


 なんだこれ。チート? チートの方ですか? あまりにも強すぎる。


 簡単な話、このスキルを使って敵を操り、自殺しろと命令すれば、自分は血を流すことなく瞬時に勝利できるのだ。というか戦いにすらならないだろう。


 何にせよ、これで分かったのは、藤崎家が超エリート一家だということだ。

 妹のスキルは残念ながら見れなかったが、長男もハイパースキル保持者で母親もハイパースキル保持者なのだから、もう間違いない。


「だが…………」


 このスキルを見て、1つの疑問が浮かぶ。


 それは、なぜ俺を殺さないのか、と言う疑問だ。

 

 もし藤崎剣斗にただならぬ不満があったのなら、体を入れ替えるなんて回りくどいことせず、さっさと殺してしまえばいいだけの話。なぜこんなことをしたのかがわからない。


(さすがに自分の息子を殺すのは気が引けた……とか?)


 何かそうしなければいけない理由があるはずだ。


(…………考えても駄目だな。わからないことが多すぎる)


 それは調べていくうちにわかるだろう。今考えるべきは…………




「あの視線…………だな」

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る