1日目の終了

「よし、と…………」


 俺のスマホの電源を落とし、今歩いていた道を戻って家への帰り道を歩く。


 ここ最近の帰り道といえば、大阪の道だったので、東京の帰り道と言うのは少し違和感がある。


(それにしても……)


 凄まじいほどの重労働。1日の休みもなし。一瞬にして大阪から東京への出張を命じられた。


 ブラック企業でももう少し休みを出すレベルだ。


 東京でレベルダウンを殺し、間髪入れずに神奈川に侵入、神奈川で犯罪を働いた後は2カ月間かけて大阪に直行、やっと休めると思ったら、十二支獣とのバチバチバトル。


 …………なんだろ、世界は俺を殺す気なのかな?


 少なくとも、高校生にやらせる労働量ではない。


「不運とかそんなレベルじゃねえだろ……」


 とにかく、今日打てる手は全て打ったのだ。


 とっとと家に帰って、一眠りしよう。









 ――――









「あー……」


「大丈夫? 体調悪いって聞いたんだけど……」


「あ……大丈夫大丈夫。気にしないでいいからとっとと自分の部屋に帰りなさい」


 あの後、家に無事帰宅した俺はベッドに入ってゆっくりと体を休めていた。


 一応、俺は体調が悪いと言う名目で学校から早退しているので、体調が悪いように見せかけないと怒られてしまう。


 くだらない考えだと思うかもだが、俺もまだ高校生の歳、怒られたくない。



 と言うわけで、ベッドにずっと潜り込んでいるのだが…………



「ほんとに大丈夫? しんどそうだけど……お粥でも作ろうか?」


「大丈夫だから……心配するな。自分の部屋に戻れ。病気移されると困るだろ?」


「だけど…………」



 この妹、なかなかに強敵だ。


 ついさっきから何度も部屋に戻れと言っているのだが、一向に部屋に戻る様子がない。


 相当俺を心配している様で、普通ならばありがたいところなのだが、今回ばかりは邪魔の一言だ。


 実の妹にじっと見つめられながら、藤崎剣斗を演じると言うのは、精神的にかなりしんどい。


 ベッドの中に入って体を休めているのに、まるで面接を受けているような気分だ。


(どうにかして帰らないとな……)


「とにかく部屋に戻れ。俺だって高校生なんだ。見られたくないものの1つや2つある。それともなんだ? そういうのを見つけたいのか?」


「なっ……! そんな事……!」


「思われたくないならさっさと戻れ。俺ももう寝る」


 俺は妹が見ている方向と逆の方向に体を動かし、目をつむって息遣いを寝息と同じにして眠ったふりをする。


 妹もそれで観念したのか、ため息をついた後、トタトタと足音を鳴らし、ガチャリとドアノブの音を響かせて…………


「……まるでお兄ちゃんじゃないみたい」


(……ッ!!)


 そして、もう一度ガチャリ。


 扉が閉まった。


 俺はしばらく経った後、ゆっくりとまぶたを開ける。いないとは思うが、もしいた場合の事を考えての行動だ。


 しかし、俺がまっさきに考えていたのは、もし寝たふりをしていた事がバレた時の言い訳でも何でもなく、ただ1つの問題。


「…………まずいな」


 妹に俺が藤崎剣斗ではないと言う事がバレ始めて来ている。


「何か対策を……」


 しかし、藤崎剣斗がどういう人物だったかを俺は知らない。藤崎剣斗は日記を書いたりするタイプの人物ではなかったので、自分はどういう人物だと言うことがよくわからない。


 かといって、周りの人物に自分がどうだったかを聞けば、不審がられること間違いなしだ。


(……厳しいな)


 あまりにも情報が少ない。たった1日、24時間と言う時間は、人間1人を知るためには少な過ぎる時間だ。


(……どうにもならない事を考えるよりも、今は目の前のやるべき事をこなすべきだな)


 今やるべき事は、藤崎剣斗と言う人間を知る事だ。それが1番早く、とても合理的だ。


 それに、藤崎剣斗に似せる事ができれば、それと並行して妹の疑いも晴れるかもしれない。


(後……それから……)


 ブーーーーッ


「…………チッ、またか」


 突如鳴り響くスマホからの着信音。その正体は、あの黒髪女からのものだ。


 少し前から、切っても切ってもスマホの振動が収まらない。くそほど面倒臭い女だったようだ。


 こう言う女を身近に感じてしまうと、袖女がどれだけ良い女だったかが窺える。

 俺はその電話を速攻で切り、ベッドの中に潜り込んだ。



(とにかくこれからは藤崎剣斗を知る事! それがしばらくの任務だ!!)



 俺はそのまま、ゆっくりと意識を落とした。






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