我が家へ

「……ここは」


 何かわからない暗闇の中。何度も何度も見た光景だ。


 この暗闇の世界にいると言う事は、おそらく俺はあの後、意識を失ったのだろう。しかし、今の俺に気だるさなど感じない。逆に凄まじい達成感が俺の体を支配している。


 大阪の十二支獣、牛へのリベンジ。それを達成した事による全能感。ああ、何と言う気持ちよさだろうか。前までは暗闇で何も見えないだけの場所だったのに、今では光が差すまで一息つく良い場所になっている。


「ふー……」


 俺は暗闇の中でまったりと過ごし……



 少しすると、暗闇の中に光が差した。









 ――――









「んむぅ……」


 視界が暗闇から色彩のついた部屋に変わる。窓からは光が照らされ、白と木の茶色を基調にした部屋は大阪に来て1番見たことのある部屋だった。


(俺の家……)


 いつの間にか、我が家のベッドに俺は寝かせられていた。どうやら誰かが俺をここまで運んだらしい。誰が運んだなどと考える必要もないが。


「……ん?」


 と、右側から何か違和感を感じる。毛布に何か重りが乗っているのかと思うほど毛布が動かない。


 一体どうなっているのか確認するため、俺は横になっている状態のまま頭を物理的に回し、違和感のある右側をチェックする。


「すぅ……すぅ……」


(やっぱりお前か……)


 その重りの正体はやはり袖女。俺の毛布の上で力尽きた様に眠っている。


(まさか袖女がこんなに女っぽい事をするとはな……)


「ワン!!」


「ああ、ブラック……お前も忘れてないよ」


 ブラックの頭をなでながら、俺はゆっくりと考える。目覚めると隣に女がいると言うのは、漫画でしか見ない様なシチュエーションだ。


(現実には到底起きない様なことを平気でやるとは……)


 今まで袖女のことを本当に女なのかとか思っていたが、こんなことをされては、認識を改めなくてはならない。


(どうやら女だったようだな……)


「………おい、起きたぞ……お前も起きろ」


「ん……? んぅ……?」


 俺は右手で肩を揺らすと、袖女はうめき声をあげてゆっくりと起き上がる。


「んー……」


 どうやらかなりの深い眠りだったようで、起き上がった後も半目で俺が起きたことに気づいていない。


「…………」


 袖女は半目になった状態で、じっと俺を見つめる。まだ脳が目覚めていないのか、認識するのにしばらく時間がかかるようだ。


「……あ」


 俺を見つめて数10秒ほど経つと、ようやく袖女は俺を認識したらしく、目が半目から通常の丸い瞳に戻った。


「お、起きたん、ですね………」


「……なんだ? そのまま永眠して欲しかったのか?」


「……いや、そんな事は……」


(何やってんだこいつ?)


 袖女にしては妙に踏ん切りがない。学校を休みたいと何度も言っているのに、いざ親に学校を休むかと聞かれると悩んでしまう子供の様だ。袖女らしくない。


「……まぁいい、口に何か入れたいんだ。卵粥か何か作ってくれ」


 運動した後に眠ったからか、異常にお腹が減っている。かといってあまりにも固形のものを食べてしまうと戻しそうだ。


「あ、はい! 今作りますから、少し待っててくださいね……」


 袖女は俺の言葉を聞くと、すぐに体をベッドの外に出し、キッチンに向かう。


 何か難癖付けられるかと思っていたのだが、杞憂だったようだ。


(……さて)


 時間も余っている事だし、これからの事について考えていこう。


 俺は大阪にいる間、大阪派閥の最高戦力である十二支獣の内、鼠、牛、虎、兎、龍の5体を俺は殺している。こうやって改めて考えてみると、輝かしい功績に見えるのだが、まだ十二支獣は7体も余っている。しかも黒スーツの情報によれば、数字が少ないほど弱いらしいので、俺が殺した十二支獣は弱い部類ということだ。他のは数字が多いものばかりである。


 つまり、これからの十二支獣は今まで以上の強さということだ。


 しかし、俺の中には疑問が1つ。


(数字が多いほど強いのなら……牛は一体何だったんだ?)


 それは相手の強さに対しての素朴な疑問。普通に考えるなら、牛は鼠の1つ上程度の強さのはず。しかし、あの牛は明らかに強すぎた。牛より強いはずの龍や兎よりも数段強かったのだ。


「他の奴らを見る限り、黒スーツの言っていた事が嘘とは考えられないが…………」


 他の十二支獣は数字通りの強さだった。鼠は1番弱かったし、龍は1番強かった。


 牛だけが例外。あれは異常に強かった。強力なスキルに強靭な肉体。俺の反射でも相殺するのがやっとの圧倒的パワー。明らかに牛の位置にいていい強さではなかった。


(実は牛ではなかったとか……? いやしかし……あ)


 しまった。これからの事を考えるとか言っておきながら、牛の事しか考えていないではないか。どうやら俺には話がそれる癖があるらしい。


(今度こそこれからの話を……)


「出来ましたよ!!」


「……あ、きた」


 違う事を考えていたおかげで、袖女が卵粥を作り終えてしまった。今度から違う事を考えるのは止めなくては。


「サンキュー、それじゃぁ」


 がんばって体を起こし、袖女が持っている卵粥の器を貰おうと手を伸ばす。


「……何やってるんですか?」


「え? いや……器貰おうと……」


「…………怪我人が無理しないでください。食べさせてあげますから」


「……マジ?」


「マジです」


「…………別に前みたいに手は怪我してな「はいはい、じゃあお口開けてくださいね〜」……」


 袖女にも心情の変化があったのだろうか。



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