策と策と……

 何故かわからんが急に袖女が喚き出した。


 いつもなら、さすがの俺も動揺し、どうかしたのかと心配するところだが、今回は状況が状況だ。女の涙にかまっている余裕はない。


「……っはい……見てるから……見てますから……」


「おう、見てろ」


 泣いた影響で声がしゃっくりの様になっている袖女の声に、俺は軽く返事をする。今は一時たりとも牛から目を離すわけにはいかない。


(確かに俺のダメージもやばいが……牛だって相当のはずだ)


 牛は両腕がねじ曲がり、使い物にならなくなっている。よって牛に残されたまともな攻撃手段は蹴りによる攻撃のみだ。


 対して俺は五体満足ではあるものの、単純に体力が切れ、闘力も先の攻撃に気絶しないギリギリまでエネルギーを使ったため、実質使えるのは反射のみ。


 今の俺は、ありえないほどボロボロだ。しかし、それは牛も同じ事。こちらも追い詰められている感覚は伝わるが、相手も追い詰められている感覚を味わっているはず。


 メンタル的にも、コンディション的にもほぼ互角。


 ならばここからは…………



(気力の勝負だ!!)



 俺は反射を使わず、ただ自分の身体能力だけで走る。もちろん俺自身も身体能力が良いわけではなく、体力もないため、おっさんのランニング程度のスピードしか出ないが、今はそれで問題ない。今はとにかく最低限の動きで最大限のダメージを与える必要がある。


「グアアァァァ!!!!」


 牛も黙って見ているはずはない。右足を浮かし、俺を殺めようと蹴りを繰り出す。


 しかし、不慣れなのか、動きが単純だ。蹴り技と言う攻撃のマイナスポイントである足1本で体を支えなくてはならないポイントをケアできていない。


 俺は難なく蹴りを回避し、力のない拳で牛の体を支えている左足を攻撃する。力がない拳とは言え、反射が乗っていることにより、かなりの威力になるはずだ。


「グガオオオオ!!!!」


 血が噴き出たりするような目立った外傷は特になかったが、足の重心をずらし、体制を崩す事に成功した。


 おそらくダメージはほとんどないだろう。しかし、牛の体制を崩した事により、ダメージを与える大チャンスが生まれた。


(ここで……!)


 しかし、相手は十二支獣。ここで終わる獣ではない。


 牛は体を大きく捻り、ダランと垂れ下がっていた腕をまるで鞭の様にしならせ、俺にぶつけようとしてくる。


「うぐっ……」


 俺も認識はできていたのだが、肝心の体が反応してくれない。結果、ダメージは少ないが、後ろへ吹っ飛んで距離をとられてしまった。


(まずい……今の体力では……!)


 俺は叩き付けられるはずだったコンクリートの山に反射を使う事で、まるで磁力の様にお互いが反発しあい、叩き付けられる衝撃によるダメージを無にして着地する。


「ぐっ……はっ……」


 衝撃によるダメージを無にしたのにもかかわらず、この疲労感。どれだけ今の俺が追い詰められているのかがよくわかる。


(まずい……このままでは……!)


 俺がそう考えたその時、牛の姿がスゥッと半透明になり消えていく。


「……っ!」


(きた!!)


 遂に牛も切り札を切ってきた。無敵状態のスキルだ。


 こうなってしまうと、俺には待つ事しかできない。



 ……それが今までの考え方だった。



 しかし、今は違う。この牛の無敵状態の秘密がわかったかもしれないのだ。つまり今は考える時間ではなく、実行する時間。


「行くぞ……!」


 俺は黒のジャケットを脱ぎ捨て、両手で残りの少ない闘力を使いながら、ゴシゴシとジャケットを擦る。


「……うあ…….」


 視界がぼやける。頭がクラクラする。もともと気絶寸前まで闘力を使っていたので本当に辛い。さっきまでの戦いでは闘力を使っていないため、少しは回復していると思っていたのだが……闘力は強化量だけでなく、回復量も少ないらしい。


 エネルギーと言うのは熱だ。何かしらのエネルギーには必然的に熱が集まり、強大なパワーを発する。


 そう、熱が発生するのだ。


 布に熱がこもった状態の物体が擦りつけられるとどうなるのか。そんな事は簡単だ。


 ただひたすらに燃える。そうなる運命なのだ。


 黒いジャケットが音を立て、気持ちの良いほどよく燃える。それは光を発し、あたりを明るく照らす。暗闇の中で火が発すれば、水滴が明確に見える。

 火の光に反射され、無数の水滴が俺の目に映るのだ。


(今しかない!!)


 はっきりと写し出された無数の水滴の中で1番俺に近いものを補足し、しっかりと見える様に左手にジャケットを持ちながら、その水滴に向かって駆け出す。


 おっさんのランニング程度のスピードだったが、空中に浮遊する水滴に近づくには問題ない。牛が無敵状態の時は牛のほうも攻撃できないため、安心して近づく事ができた。


 そして遂に、腕を伸ばすと届く位置まで近づく事に成功する。すかさず俺は右腕を伸ばし、その水滴を右手の拳の中に入れた。


 しかし、このままではついさっきと同じ様に、手のシワの間などから逃げられてしまう。


(俺が何も対策を立てていなければの話だがな!!)


 俺が対策していないわけがない。俺は右の手の平に反射を発動し水滴を掴む事で、水滴が俺の手の皮に触れた瞬間、反射する仕組みを作ったのだ。


 そうすれば、水滴が俺の右の手の中から出る事は無い。これで準備は整った。


(きたっ……!!)


 すると、右腕から引っ張られる力を感じる。十中八九あの水滴によるものだろう。俺はその力にあえて逆らわず、体がすごい速度で動いていく。さすがに俺の反射ほどではないが、なかなかの速度だ。


 そして同時に、目の前に半透明の牛が現れる。





「お前のスキルは、ただ単に透明になって無敵状態になるスキルじゃない……!!」





「お前のスキルは……!!!!」


 そして俺の右腕は、拳を作った状態を保ちながら、半透明の牛にまっすぐに近づき…………





「自分の体を水にして、霧状に散布するスキルだったんだ!!」





「そして、体を水に変えるって事は……!!」


 半透明の状態の時は、半分肉で半分水の状態と言うことだ。



 つまり……………





「脆い!!!!」





 俺の右腕は、深々と牛の胸に突き刺さった。



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