策と時間制限

「……あ?」


 急なエネルギーの分散。右腕に感じたそのエネルギーは、まるで最初からなかったかの様に、その存在感を失っていた。


 何か駄目なポイントがあっただろうか。もしかしたら反射に俺のまだ知らないデメリットが?


 俺はそんな事を考えながら、条件反射で牛に向かう拳を引っ込める。さっきまでは、牛に考える時間を与えない様に積極的に攻めていたが、イレギュラーが起きた以上、ワンクッション置いて体制を整えよう。


 ……が、そううまく事は進まなかった。


「なっ……体が……!?」


 俺は自分の体を支えきれず、中腰になって膝に手をつけた。









 ――――









「…………え?」


 勝負が決まるかと思われた瞬間、突如おかしな挙動をする彼の肉体。その姿は、小さいながらも私の肉眼で捉えられていた。


(そんな……彼は1度も攻撃を受けていなかったのに!!)


 その瞬間、私の脳は自動的になぜ彼が倒れたのかの考察に入る。


(牛のスキルではない……外部から何者かのスキルが働いたのかとも考えたけど、周りに人影も見えないし、それらしきオーラも感じ取れない……)


 つまりは外部の攻撃ではない。正真正銘、彼と牛の間で起こった事と言うことになる。



(一体どうやって……)



(牛は何をしていた? 彼は何をしていた? 私が到着した頃は、もう既に彼はボロボロで……)



(既に……ボロボロ……)



(ボロボロ……?)



「そうか……そういう事ですか……!!」


 仮説でしかないが、これしかないと言っていい回答が見つかった。


 しかしまずい。本当にこの仮説が正しかったとすると……



「彼は勝てない……!!」









 ――――









(馬鹿な!? 体力はまだ残っていたはず……)


 ありえないほど急激な体力の低下。それの原因など、たった1つを除いて他に考えられなかった。


(時間切れか……)


 体力の急激な低下。その原因は、今の俺の状態にあった。


 今の俺の体は、体力の限界のギリギリを保ったまま、火事場の馬鹿力により、ほんの少しの体力を維持しつつ、今まで以上の動きを可能にしていた。


 しかし、そんな都合の良いパワーアップが、いつまでも続くわけがない。最初に言った5分ほどの持続時間を切ってしまったのだ。


(しくじった!! もう少し早く仕留めれていれば……!!)


 こんな事にはならなかったのに。そう思おうとした瞬間、腹に強い衝撃が走る。


「おごっ……」


 衝撃が走った腹を見てみると、そこに打ち込まれているのは牛の足。ついさっきまでの俺なら、余裕で回避できたであろう攻撃が俺の腹に打ち込まれた事実に、本当に時間切れなんだと言う事を突き付けられた。


 俺の体は宙へ飛び、背中から瓦礫の山へと激突する。


「はぁ……はぁ……」


 何とか倒れずに済んだものの、体はもう限界。限界ギリギリとかではなく、正真正銘に限界だ。


 もしこれが主人公なら、ここから限界を超えたパワーみたいなのを発揮し、大逆転を起こすのだろうが、あいにくと俺はそんなチート主人公ではない。限界だと思えば限界だし、そんな都合よく限界は超えない。



 しかし……



(こんなところで……死ぬわけには……)



 そんな絶望的な状況でも、まだ俺は負けていない。生き死にの戦場に立っているのだ。戦っている以上、人は生きる希望を失ってはいけない。失った時こそ負けなのだ。


(今こそ考えろ!! お前の脳は何のためにあるんだ!! 今しかないだろう!! 考えろ! 考えろ!!)


 今こそスキルのゴリ押しではなく、頭を使った頭脳戦を繰り広げる時だ。勉学のときには全く役に立たなかった俺の脳だが、戦いの時には大いに役立ってくれた。それをここでも発揮するのだ。


(俺の今の肉体では、自分から何かを起こす事は不可能……だったら、瓦礫か何かを利用して……)


「逃げて!!!!」


 瞬間、袖女の声が聞こえる。聞こえると言う事は、もうすぐ近くにまで来ていると言うことだ。


 その時、目を声のした方向に向けると、そこには、俺の方向に向かって走ってくる袖女がいた。


 おそらく、袖女も俺の異変を察知したのだろう。女とは男よりも感情的な生き物だ。俺の様子がおかしくなったのを見て、いてもたってもいられなくなったと言った所か。


「お前!!! 来るなとあれほど……!!」


 その時、声を上げてしまったのがいけなかった。


「グルゥ……?」


 牛が袖女の事を察知してしまった。


 牛は袖女を見た瞬間、俺の前から姿を消す。標的であるはずの俺の目の前から姿を消す理由など、たった1つしかなかった。









 ――――









 走る。ただひたすらに走る。彼に近づくために、彼が倒れない様に。


 手を出すなと言われた。だが、戦いで彼が死んでしまっては意味がない。死んでしまえば全てが終わるのだ。


(お願い……!)


 単純に体力切れになった彼では、ほぼ間違いなく牛には勝てない。


 私は爆心地の様になった地面にいる彼を見つけると、大きく大きく叫んだ。


「逃げて!!!!」


 私は今までの人生の中で、出した事もない大声を上げると……







「え…………」







 目の前に、"奴"が現れた。




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