策と捕食者
攻略法は見つかった。ならば1秒でも早く実行に――
「いや、まて……まて……」
俺は焦る気持ちを抑え、早く実行しようと震える体をぐっと抑える。少しでも気を許せばすぐにでも走りだしてしまいそうだ。
(……っと、こんなことを考えている場合じゃないな)
俺はすぐに考えを戻し、自分の考えた攻略法に穴がないかもう一度考え直す。自分の中で確信めいたものがある時こそ危険なのだ。それを疑い、もう一度思考する必要がある。
俺は頭の中のピースをもう一度バラバラにし、再び組み直していく。どこかで使えないピースはないか、うまくはまらないピースはないか、確かめながら組み直していく。
やがて、すべてのピースが再び1つになった時……
俺の確信は今、信じるべき確信になった。
「行くぞ」
俺の考えていた確信が、信じるべき確信になったとわかった時の俺の行動は早かった。
俺はまず、牛が埃をはらうために姿を表すのを確認してから、反射と闘力操作で闘力を今までよりも多く使い、目にも止まらぬ速度で牛の背後へと回り込む。もちろん牛には見えていない様で、反応すらできていない。
それもそのはず、牛だって生き物だ。俺との激しい戦闘の中で、少しは体力が削れているはず。それに加えて形勢逆転した俺の猛打により、ダメージも相当溜まっている。そんな状態でさらに速くなった俺を捉えるなど、やれと命令した方が悪いレベルだ。
そして、そんな攻撃のチャンスを見逃すわけはなく、無防備な牛の背中に向かって、右足を使って、闘力と反射を纏った強烈なキックを叩き込む。
「グルアアァァア!?!?!!!??」
牛は何をされたのかわからず、体が逆くの字に折れ曲がり、ボキボキと背骨を鳴らしながら空へと吹っ飛んでいく。ついさっきまではあんなにも大きく、恐怖を教え込まれるような巨体だったのに、今では俺に吹っ飛ばされ、その体はどんどん小さくなっていく。
しかし、俺の攻撃はその程度では留まらない。離れ、小さくなっていくその体を、多めの闘力と反射で地面を蹴り、空気反射でブーストも加えながら接近する。
どんどん失速する巨体と、どんどん加速する人の体。本当に追いつくのかと言う不安など、感じる必要もなかった。
「よお」
「!? グア……」
俺は瞬時に牛へと追いつき、右手で拳を作り、追撃を加える姿勢をとる。
もはや余裕すぎて、牛へ喋りかける舐めプをぶちかましている。神奈川で黒のビショップに喋りかけられた時は、何相手にヒントを渡しているんだと思っていたが、今納得した。相手に対して力の差を見せつけると言うのが、ここまで気持ちいいものだったとは。そしてそこから生まれる自分の強さへの安心感。
(……こりゃあ、相手をおちょくらずにはいられないな)
俺は、数ヶ月前の神奈川での出来事に納得しつつ、牛を地面に戻してあげるため、思いっきり力を込めて、下の方向に向けて、牛の体に拳を打ち込む。
俺の拳を打ち込まれた牛の体は、さっきの宇宙まで行ってしまいそうな勢いはどこへ行ったのか、一気に地面へと急転直下。近くのビルやスーパーを巻き込み、崩壊させながら、地面へ落下する。
「さ〜て、どうなったかな〜」
俺は空気反射で空中に浮遊しながら、釘の様に地面に打ち込まれた牛を確認するため、覗き込む様にして煙が晴れるのを待つ。
やがて煙が晴れ、牛の姿があらわになると……
「あらあ〜らぁ……」
牛はクレーターの真ん中に仰向けに倒れ、口からは血反吐を吐いていた。
「大阪を守る兵士である十二支獣ともあろう獣がなんてザマだ……」
俺はその弱さに失望を覚えつつ……
「さぁ〜て……」
「まだ終わらんぞ?」
空気反射で空気を蹴り上げ、牛に向かって突進する。牛もその事に気づいたらしく、俺の姿を確認すると、腕をクロスしてガードの姿勢をとった。おそらくはもう回避できないと察知した結果だろう。
「おいおい……逃げねぇん……」
腕をクロスしてガードしてくる牛に対し、右腕を大きく振り上げ……
「かぁ!!!!!」
クロスした腕に向かって、本気の拳を振り下ろした。
「グルゥ……グアァ……」
自分で言うのもなんだが、凄まじい力だ。牛のクロスした腕と俺の拳が衝突した時の衝撃だけで窓が割れ、コンクリートの建物にはヒビが入る。近くの建物は当然の様に倒壊し、ただの砂となる。
1回だけでも戦況を大きく変える一撃。そんな一撃にもかかわらず、俺の両腕は止まる事を知らなかった。
「ひゃはっ……ひゃっはああああああアアアアアア!!!!」
俺はあまりの快感に奇声を上げ、体のエンジンを盛大にふかし、両腕をスロットルで牛の腕に打ち込み続ける。
(気持ちいい!!! 生き物に暴力を振るう事の楽しさは知っていたが……ここまでの快感は今までになかった!!)
今まで防戦一方だった牛に対してと言う事も相まって、俺のテンションは最高潮に達していた。
(ああ……そういう事か……今は俺が……)
(捕食者なんだ)
これが生き物の摂理。尊厳無き動物の世界の中で、唯一、鉄則として存在している絶対のルール。
"強き者が捕食者"だと言う事を、本能的に俺は頭の中に刻み込んだ。
「ガァ……グルゥ……」
「どうしたぁ!? もう限界かぁ!?」
一撃一撃が必殺級のラッシュを受け続け、牛の腕はもうボロボロだ。所々はあらぬ方向に曲がり、ひしゃげている。もはや俺の拳をガードする事はもちろん、満足に腕としての機能を果たす事すら難しいだろう。
「さてと……シメに入るか」
俺はここぞと言わんばかりに右腕を大きく振り上げ、俺の使える残りの全闘力と反射を宿らせる。1点に集中された闘力は、目で見えるほどで、見るだけでその威力を想像できるほどになっていた。
「グル……」
牛もそれを目の当たりにし、戦意を喪失したのか、腕をぶらんとぶら下げ、ボーッとその拳を見るだけだ。
こうなってしまえば、もう牛に勝機はない。俺の一撃をただ受けるだけだ。
「よっ……と」
俺はその拳を放とうと、腕を持ち上げ……
「じゃあな」
牛に向かって拳を振り下ろし…………
拳に宿っていたエネルギーは、一気に四散した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます