思考

「これは……」


 コンクリートの埃しか見えない中で、ものすごい存在感を放つ水滴。それは、空中に浮かぶ小さな小さな水滴だが、コンクリートの埃をかぶる事によって、埃の中でもクッキリと見える様になっていた。


 別に水滴がある事自体はおかしい事ではない。ただ、その水滴の状況がおかしいのだ。


 まず、水滴が落ちる様な雨は今さっきから降っていない。逆に雲1つない晴天だ。


 真夜中なのに晴天と言うのはなんともおかしな話だが、とにかく雨は絶対に降っていない。そんな中で水滴が浮かぶのは考えづらい。



 それに、何よりおかしいと思うポイントは……



「落ちない……」


 そう、落ちない。いつまでたっても水滴が地面に落ちないのだ。俺の感じている時間が長いだけで、本当の時間はそこまで経過していないのかもしれないが、そうだったとしても長い。もう2秒ほど水滴を見ているが、俺の首あたりの位置から全くと言っていいほど動いていない。水滴がこんな秒数空中に浮遊する事など、無重力でもない限りは不可能。何か人の手が加えられている事は確定。


「一体これは……」


 俺は好奇心の赴くままに、目の前に浮かぶ水滴へと手を伸ばし、水滴をグッと掴んで、もっとしっかり見えるように目の前で手を開いた。


「……無い」


 しかし、確かに水滴を掴んだ俺の手の中には、水滴はなかった。小さな小さな水滴なので、手に触れて消えてなくなってしまったのだろうか。


(……いや、人の手が加えられているんだ。そんなわけない)


 人の手が加えられているのなら、その程度の対策はされてもいいはず。と言う事は、水滴は俺の手の指の間から外へ出て行ったと考えた方が良い。


 たかが水滴でそこまで考えるか? と思う人が出てくるかもしれない。しかし、この世界はフィクションのような事がノンフィクションで起こる世界なのだ。どんなに些細な事でも、おかしいと思えば警戒しなくてはならない。この世界の戦いは、一見、スキルのおかげでド派手に見えるが、実はとても繊細な戦いなのだ。


「…………」


 水滴はどこにいったのか。それを考え始めた時……


「グアアアアアア!!!!」


「……ッ!!」


 大きな咆哮とともに、コンクリートの埃が晴れ、牛の姿があらわになる。俺の姿が見えなくなったので、無敵状態を解いて埃をはらったと言う事だろう。


「グルゥ……」


(……ん?)


 牛の様子が何かおかしい。どこか怯えているような、どこか怖がっているような感じがする。そしてそれを裏付ける様に牛の額には脂汗が浮かんでいる。


 しかし、あの中で俺がとった行動など、水滴を手に取ろうとした事位だ。


(……あの水滴に何かあるのか?)


 確認する必要がある。そう思った俺は、すぐに行動を開始した。


「ふん!!」


 俺は足に反射を入れ、一気に牛へと近づく。目にも止まらぬ速度だが、相手は牛。牛の肉眼では、俺の動きなど歩いている時と大差ないだろう。焦るまでもない動きだ。



 しかし、今回の牛は違った。



「ガァアアアァァァ!!!!」


 少しかすれたような大声を上げ、向かってくる俺に対して拳を合わせてくる。


 やっている事自体は悪い事ではないが、それを行う前の予備動作で何をするかがバレバレ。拳をぶつけるための動きが大振りすぎるし、何より外した場合のケアがまるでなっていない。一発勝負すぎる。焦りの感情が表に出てきている証拠だ。


 俺は見え見えの拳を難なく回避し、右手に拳を作り、闘力操作と反射をこめて牛の腹へと打ちこんだ。


 牛はくの字に折れ曲がり、ものすごい速度で吹っ飛んでいく。あの巨体があの速度で吹っ飛ぶと言う事は、ダメージは間違いなく入っているはず。牛にとってはあるまじき自体のはずだ。


 さらに、先の経験から、牛は俺が追撃を仕掛けに来ると考えるだろう。そうなると、これから行う牛の行動は一択しかない。


 牛の姿が半透明になり、遂には消える。牛の無敵状態モードが発動したのだ。


(そりゃ……そう来るよな!!)


 俺は牛の無敵状態に合わせて、地面を叩きつけて埃を一帯に蔓延させる。理由はもちろんあの水滴だ。あの水滴が牛と関係のあるものなのか、それとも全く別のものなのか。これでハッキリする。


 ほこりが蔓延しきった後、俺は目を開いて埃の中を見渡すと……


「……っ!」


 目の前にはやはり、空中に浮かぶ水滴。


 これではっきりした。この水滴は牛の無敵状態に関連するものなのだ。そうでなければ、この水滴が中に浮いている理由がわからない。


 このままいけば、こちらに有利に事が進むのは間違いないのだが………


 やはり、人生とはうまくいかないもので、予想外の出来事が起きていた。




「水滴が…………」





「水滴が……大量に……?」




 そう、目の前にある水滴は1つだけではない。無数。ものすごい数の水滴が、埃をかぶり、自分が1番目立っているんだと言わんばかりに主張していた。その数、実に数百から数千。ものすごい数の水の水滴が、まるで霧のように撒布している。


「…………」


 考えろ、考えるんだ。ここまで情報が揃ったのだ。今の俺ならば、いや、今の俺だからこそ解けるはずだ。


 牛の半透明から始まる無敵状態、無数の水滴、しかもその水滴は牛が無敵状態になっている時しかない……



「…………」



 少しずつ、ただ少しずつ、パズルのピースがはまっていく音がする。ぐちゃぐちゃになっていた紐と紐がゆっくりと解けていく感覚。



 ……やがて、最後のピースがはまった時。



「……そういうことか」


 牛の攻略法が見つかった。

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