断片

 澄んだ脳が信号を伝える。


 右、上、下、左。俺の脳が反応すれば、それに呼応し体が言う通りに動く。


 今までにない感覚だ。頭でこうやって動くと考えれば、0.1秒と満たない内に体が反応し、気持ちが良いほど体が動く。


 間違いなく今まで以上の最高な動き。体は今まで以上の最悪なコンディションなのに、最高の動き。


 変な矛盾が発生しているが、今はその矛盾がありがたい。


「むぅん!!!!」


 牛がしびれを切らし、大振りな攻撃で隙が生まれた所に力いっぱい闘力操作を溜めた拳を叩き込む。


 普通なら牛に対してノーダメージレベルの攻撃だが、今の俺の一撃は違う。今までとは比にならない位の威力になった拳は、牛にダメージを与えられる。


「グルゥウウウ!!!!」


 思った通り、牛の腹に直撃した拳は、そのまま牛の体を持ち上げ、何メートルか先に吹っ飛ばすに至った。


 牛は後ろのコンクリートの壁に尻からダイブし、大きなコンクリートの山を作る。


(今だ!!!)


 尻からダイブしたと言う事は、牛は戦闘態勢へ戻るために、体を持ち上げようとするはず。その無防備なタイミングを逃す俺ではない。


 俺は一気に反射で牛へ近づき、ダメ押しの一撃を放とうとする。


 が、牛もそう簡単にやられるわけもなく、俺の拳が直撃する前に、体が少しずつ消え始め、ついには見えなくなった。


「スキルか……」


 標的が消えたため、牛がさっきまで尻餅をついていたコンクリートの山に足をつけ、警戒を解かずにあたりを見渡す。


 見渡すと言っても、牛は完全に消えているので見えるわけがない。しかし、現れるタイミングは見ることができる。そのため、消えたからといって警戒を解いていいわけではない。


(……チッ)


 だが、この良い流れを消されたくはない。このまま見えなくなって時間を稼がれてしまっては、せっかく高ぶったこの体も覚めてしまう。とにかく早期に決着をつけたい。何もしていない時間を作りたくないのだ。


(とにかく、今1番邪魔なのは牛のスキルだ……あれの弱点を探さなければ……)


 せっかく牛が消えているのだから、この間に警戒しつつ、頭を回すとしよう。



 現在、牛のスキルについてわかっているのは、消えている最中は牛も攻撃できない事と、少しずつ半透明になって消えていくと言う事。


 おそらく、半透明の状態の時はまだ実体があり、攻撃が通ると思われる。その間に攻撃すればいいだけの話と思うかもしれないが、半透明から透明になっていくまでの時間が問題なのだ。


 少しずつ消えるとは言ったが、ゆっくり消えるとは言っていない。半透明の状態の時の時間なんて1秒程度。更に、牛もそのことを理解しているから俺の近くで透明になったりはしないだろう。そのごくわずかな短い時間プラス、そこそこ距離がある中で、牛に致命傷を与えるのは至難の業だ。


 それに、牛も馬鹿ではあるが、学ばないわけではない。もう単純思考で後ろから攻撃するとは考えづらい。少しは工夫を凝らした攻撃をしてくるだろう。


(……チッ、しょうがない)


 とにかく時間が足りない。いつ牛が現れるかわからない限界状況の中で、答えにたどり着けと言う方が無茶だろう。ここは安全な時間を作る必要がある。


 今ここで俺が取った選択は、砂埃を辺り一面に広げて、相手から自分を隠すと言う手段だった。


 早速、俺は拳をコンクリートの山に叩きつけ、煙幕のようにあたりに散らばらせる。いくら透明とは言えど、こちらの姿が見えなくては意味がないはずだ。


(まぁ……こちらも見えなくなってはしまうが……)


 牛からダメージをもらう事と比べればどうって事は無い……と言おうとした瞬間。





(…………ん?)





「水滴……?」


 砂埃をかぶり、目の前で大きく主張する、水滴の姿があった。



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