俺だって
思考が回る。
袖女が介入してきた事で、頭をリフレッシュできたのか、少しずつだが頭が回る。少なくとも前よりは100倍マシのはずだ。
「ふぅ……」
ゾーン、とでも言うのだろうか。痛みで縛られていた体が、一気に痛みから解放される。
追い詰められると強くなる。そんな言葉があるのを知っているだろうか、人はピンチになると100%以上の力を発揮する時があるのだ。
そんな主人公のような力を、今の俺は宿している。
さっきまでも荒らぶっていた感情が、さらに荒らぶり、まるで業火の様に俺の心の中で燃え上がっている。
「……行くぞ」
瞬間、俺は一瞬にして牛に近づき……
「グ……!?」
牛の頭に、強烈なドロップキックを叩き込んだ。
まるで鉄の様だった牛の体が、地面に向かって大きく動く。今までならば、これと同じ事をしても、牛の体が動くなんて事はあり得なかったのに。それほど今の俺は力が入っていると言う事なのか。
(……いや、どうでもいいか、そんなの)
今の俺の頭は、究極的に戦いの事しか考えていない。
。
……いや、戦いの事以外に脳のリソースを割く余裕がないと言った方が正しいか。
とにかく、牛が体制を崩したこのタイミングを逃す手はない。すかさず俺は体制を変え、空中で拳を叩き込みやすい体制になる。
そこまで来れば後は叩き込むだけ。牛の腹に反射の付いた一撃を叩き込んだ。
今の俺が叩き込んだ一撃。それは牛の体を揺らすだけにとどまらず、地面をも貫通し、地面を大きく砕いた。
しかし、牛も黙って見ているだけのはずがない。その太い腕を大きく振るい、空中に浮遊している俺を叩き落とそうとしてくる。
俺はそれに対し、空気反射を発動する事で回避し、一旦牛と距離をとる。
「……おい。何か怪我しなかったか?」
「え……? あ、はい! お構いなく!!」
ちょうど近くに袖女が居たので、怪我はないか聞いてみた。今の1連の行動による瓦礫等で、怪我をしていないか気になったのだが、杞憂だったらしい。
「そうか、じゃぁ構わないからな」
「え? ちょ……」
俺はすぐに牛の近くに戻り、戦闘を再開する。
戦い続けるために。
――――
戦いの途中、急に襲われた衝撃に牛は困惑していた。
私にとってはどう言う事はないダメージだが、戦いの中に横槍を入れられた。
と、言う事はあの男の仲間か。ならば排除しなければならない。私は体をすぐに起こし、砂埃を払って、男が居た場所を見る。
「グルゥ……」
いた。やはり居たぞ。私の攻撃によってボロボロになった男だけではなく、その横に男を支える見覚えのある女が1人。あの時の女だ。
しかし、あの時の女程度なら大した問題ではない。いないのとほぼ変わりは無いだろう。
それに、2人がかりで来るのかと思っていたが、どうやら男1人でそのまま来る様だ。
余裕。その一言が頭の中に浮かぶ。
本当に何も問題がない。1人ずつ来てくれるのなら、あまりにも容易に対処が可能。何の面白みもなく勝利することができる。
…………つまらん。
主人にモニターでこの男の戦いを見せられ、我慢出来ずに飛び出したのはいいものの、やはりこの程度。最近戦った中では1番強かったが、私を満足させるには至らない。
雰囲気が変わったのを感じ取れたが、雰囲気が変わった人間など、何度も何度も見た事がある。こんなものは雰囲気だけだ。少し攻撃をぶつければ、すぐに萎縮して元に戻る。
こちらに近づくまで引きつけた後、腹に一発お見舞いしてやろう。
そうやって、ゆっくりと近づかせて…………
男が消えた。
瞬間、腹に打ち込まれる一撃。
…………見えなかった。
全くと言っていいほど見えなかった一撃。こちらが一撃を入れてやろうと思っていたのに、逆に入れられてしまった。しかもこの威力。ついさっきまでの比ではない。
私の肉体に衝撃が吸収され、そこまで目立っていないかもしれないが、拳の威力だけで言えば、私の8割近くのパワーに匹敵するだろう。
…………面白くなってきた。
――――
「凄い……」
私の目の前で繰り広げられる光景。それは神秘的でも綺麗でも何でもない動物の殴り合い。それはとても殺風景で、血が飛び交う光景だ。
「グォォォォ!!!」
牛は彼に攻撃を当てるために、右へ左へ拳を振るう。しかし、スピードアップした彼に攻撃を当てる事は至難の業。後から俯瞰で見ている私でも目で見えないのだから、牛にも見えていないだろう。
「速くて見えない……!!」
もはや彼の姿を見ることすら叶わないほど高速で彼は動いている。確かに拳と拳のぶつかる音は聞こえるのだが、肝心の彼が見えない。目が鍛えられていない一般人がこれを見れば、上半身が人間の牛が拳を振り回している様にしか見えないだろう。
そうして、戦いは佳境に突入する。
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