リベンジマッチ その4

 体の所々に走る痛み。それは俺の神経を伝い、脳に痛みの信号を送ってくる。


 あのコンパクトな拳を受けてから、俺は考える事を放棄し、ただ単純に殴り合う昭和の喧嘩のようになっている。


 体力はもう1分ともたない。しかし、だからといって体力温存のために、動かないと言うわけにはいかない。それこそこのまま潰れていくだけだ。


 ならば攻め。攻めあるのみだ。攻める事が最大の防御。


 これが有効なのかは、俺にもよくわからない。

 だが、感覚で、脳以外の部分でなんとなく理解できていた。


 もう後には引けない事を。どちらかの命が絶えるまで、決して終わらない事を。


 体が悲鳴をあげても、精神が折れかけても。









 ――――









「ああああアアアアアアあああアアア!!!!」


 痛みをこらえながらの戦い。それは一手一手が勝敗を決める重要なものでありながら、脳は何も動かず、感覚だけで体を動かしていた。


 守りの事など考えない攻めのラッシュ。牛はそれを体で受け止める。


 それにより牛の動きを制限し、結果的に牛の攻撃から身を守る事に成功していた。


 しかしもちろんの事、すべての攻撃を防ぐ事は不可能なわけで……


「ガァッ……ハァ……はぁー」


 腹からは血が滴り、骨は砕け、焼けただれていた腕は自分の血でさらに真っ赤になっていた。


 体も上手く動かない。既に肉体は限界を迎えているようだ。麻痺した脳では、体の疲れも感じ取れないらしい。


 もうただ立つだけでやっと。腕を動かそうとしても、ピクピクと死にかけの虫のように動くだけで、正常な反応なんてしてくれない。



 しかし、だからと言って牛が止まってくれるわけではない。



「グルゥ!!」


 牛は俺が止まったのを見て、チャンスと言わんばかりに拳を振るってくる。


 ここにきて一番力のこもった一撃。牛の体から放たれる気迫からも、牛がかなりの一撃を決めに来ていると感じ取れる。


 回避できればそんな一撃など問題じゃない。しかし、今さっきからまるで体が動かない。動け動けと信号を送り続けているのに、それでもなお動かない。



 もう駄目ーーーーーー



 瞬間、体が横に跳ね、その一撃をかろうじて回避ことに成功した。


 感覚だけの反応。もはや条件反射のみで動いている。限界を超え、脳からの信号が送られなくなっても、まるでその部位一つ一つが独立したように、相手の動きに反応して動く。


 こんな事は初めてだ。これが火事場の馬鹿力と言うやつに違いない。


 だが、火事場の馬鹿力がそんなに長く続くわけがない。この力にもきっと限界が来る。問題がその限界がいつ来るかと言う話だ。



 持って5分。そんなふうに短めに考えた方が良いだろう。



「ゴアアアアア!!!!」



 そんなふうに考えている中でも、牛の拳のラッシュは止まらない。左右の拳がコンマ0.1秒単位で連続で放たれる。


 この戦いの中では特に速いわけでもないラッシュ。しかし、精密さを欠いた感覚だけの体の動きは、そのラッシュについていけない。


「がぁ……ぐ……」


 腹に2発。腕に3発。


 直撃ではないが、決して少なくは無いダメージをこの一瞬でもらってしまった。このままでは火事場の馬鹿力が切れる前に、俺の命が切れてしまう。



(なんとか……なんとかして……)



 俺はエネルギー切れの脳を必死に動かし、この状況を打開する案を考える。


 考えるが、アイデアが浮かばない。考えても考えても、脳の動きが遅すぎて何も浮かばない。いくら待っても思い浮かぶのは自分がどれだけ疲れているかだけ。


「ゴルアアアア!!!!」


 そんな時にも牛のラッシュは止まらない。怒涛に押し寄せてくる。


 それもそのはず、今の俺は牛に向かって攻撃していない。牛から放たれる攻撃を体で反応して回避しているだけ。牛にとっては、自分の行動を邪魔される事が無い。全てフリーパスだ。


 頭を回せば回すほど、頭がどんどん真っ白になっていく。



(あ……)



 頭の回転も遂に止まり、ぼやけてきた視界の中で……






「やっと……見つけた……」






 何かが、晴れた気がした。

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