戦いの前、その緊張感
「…………」
静寂。この一言が世界で一番似合うような、そんな空間。そんな空間になったリビングに、俺は座り込んでいた。
(…………)
俺は今日、十二支獣に戦いを挑む。それも1体ではなく、3体だ。
正直、今の俺は何かを出来るような状態ではない。まるで面接前の様な、まるで重要なプレゼンが始まる直前の様な、そんな精神状態だ。ずっと研ぎ澄まされている。
……まぁ、要するに緊張していると言うことだ。
「ふー……」
あまりの緊張に、息をすることすら忘れてしまう。今までこんなに緊張したことがあるだろうか。
今までは突拍子も無い戦いも多く、そうやって始まる戦いなら、幾分か割り切れて、逆に頭をスッキリさせて先頭に臨むことができた。
しかし、今は予告された戦い。それが逆に緊張感につながり、俺の体をこわばらせている。
対策も立てているのに、実戦も積んでいるのに、もしかしたら通用しないかもしれないと言う思い。そこから生まれる緊張感。人間は慣れる生き物だが、これだけは、慣れる事など絶対にありえないと断言できる。
だが、戦いの前に体をこわばらせていては、本番に悪影響を及ぼしてしまう。何とかして体をほぐさなければ。
「ストレッチでもするかな……」
俺はストレッチを行うため、ゆっくりと体を持ち上げて……
ピンポーン。
「…………」
(……まじで呪いか何かにかかってるだろ)
意味がわからない。チャイムの妖怪に取り付かれてしまっている。これで2回目だ。2回も生き物ではなく、物に邪魔された。俺が今まで何かしたとでも言うのか。
(……いや、やったといえばやったか)
このチャイムが鳴る時は大体、嫌な奴の来訪ばかりだ。嫌な事には、今までの経験で慣れたが、慣れたとしても来て欲しくはない。それとこれとは別問題なのだ。
「はぁ……」
俺は重い足取りでチャイムの鳴った玄関に向かい、そのドアノブに手をかけ、がちゃりと音を立てて、ドアを開いた。
「はーい。新聞なら間に合ってますよっと……」
俺はあるあるの言葉を放ちながら、ゆっくりと目線を上に上げると……
「こんにちは、黒ジャケット様」
「お……? 久しぶりだな、黒スーツ」
目の前にいたのは黒スーツ。そう、大阪に来てはじめての仕事仲間であるあの黒スーツだ。
……今更、俺の家がなんでばれているのかとか、そんなのは気にしない。
「言うほど久しぶりでもないですけどね……」
「どうした? "千斬"で何かあったか?」
黒スーツが来たと言う事は、千斬絡みの事である可能性が高い。
……が、俺は最近、千斬を使っていないし、何かやらかした覚えもない。袖女が何かやらかしたのだろうか?
「いえ、これは上からの指示ではございません。私個人の行動でございます」
「じゃあ何しに来た?」
個人で来てもらえるほど、親密な関係になった覚えはない。そういう建前ってやつなのだろう。
「黒ジャケット様の周りを確認したところ……どうやら大阪派閥に狙われている様で……」
「ああ……まぁな」
(そこまで筒抜けか……まぁ、千斬の情報網を使えば簡単ってことか……)
「だからなんだ。お前に迷惑が行くわけではないだろ」
「いえ……元はと言えば、上が私を通さず十二支獣殺害任務を黒ジャケット様に出してしまったことが原因。このままでは私も示しがつきません」
「ふぅん……」
見かけによらず、かなり責任感のあるタイプだったらしい。これが表の世界に出ていれば、さぞかし大成しただろうに、どこで道を間違えたのだろうか。人間の人生とは様々で面白いが、時にはこんな悲劇も生む、儚くも辛いものである。
「なので、少しでも力になれればと……」
「……ん? それってつまり、俺のために動いてくれるって事か?」
「ええ、そうしないと私の気がすみませんので」
「…………」
急な俺の沈黙。端から見れば、俺が話の内容に憤りを覚えていると思われる事だろう。しかし、俺の心境はその逆。
(やったあああああああ!!!!)
とてつもない歓喜に打ちひしがれていた。
(よし! よぉし!! 人材を確保したぞ!!!)
人材の確保。確かに喜ぶことではあるが、もし俺の心の中を聞いている人がいるのなら、そこまで喜ぶものかと思う人がいるだろう。しかし、俺の今の立場を理解してくれると、人材の確保がどれほど有意義な事かわかってくれるだろう。
まず、俺は今、外に出る事ができない。もし外に出てしまえば、1人になったタイミングで十二支獣3体が血眼になって襲いかかってくる事は必定。
戦うタイミングは、できるだけ騒ぎにならない夜がいい。今戦うのは愚策だ。
そんな時に人が1人増え、自分が動かなくとも情報が増えると言うのは、値千金の価値がある。これほど喜ぶべきものなのだ。
「よし、それじゃあ……」
俺は黒スーツに、十二支獣が3体向かって来る事を除き、俺の置かれている立場を話し、大阪派閥についての情報をできるだけ調べてほしいと伝えた。
「なるほど……では、情報が入り次第、お伝えします」
「ああ、頼む」
今までと違い、ホクホクした気持ちで黒とのとの会話を終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます