予告
「……誰ですか?」
「おっと、ついつい癖で、僕はこういう者です」
白衣の男は、わざとらしくはっと気付いた様な顔を見せた後、ポッケの中から名刺を出して、俺に向かって渡してくる。
「大阪派閥の……ベドネさん?」
「うん。大阪派閥で医者をさせてもらってるよ」
「はぁ……」
大阪派閥の医者。十中八九、大阪派閥からの差し金だろうが、ここで焦ってしまえば相手の思うツボ。冷静を装い、あくまで一般市民として振る舞うのだ。
「ともかく……お茶出すんで中にどうぞ」
「いやいや、そんなにお手数かけないんで」
(計算通り)
これも僕の作戦の1つ。こちらから我が家に招こうとする事で、相手に遠慮させて相手から断らせる作戦。これをやることによって、相手は家に入る事が難しくなるのだ。
「では何の御用で……?」
「じゃあ……ちょっと耳を借りていいかい?」
何か大きめの声では言えないことなのだろうか、俺は言われた通りに耳を近づけて、ベドネの声を聞こうとする。ベドネもそれに対応し、こちらの耳に口を近づけて……
「明日、虎、兎、龍が君の前に立ちはだかる」
…………は?
瞬間、耳に入った強烈な情報。それと同時に頭の中で警報音が鳴り響く。
(こいつはーーーー)
生かしておいちゃ駄目だ。それを本能で理解し、脳が判断を下すより先に、腕がベドネを貫かんと、ベドネに向かって発射されていた。
本人から医者と名乗っていたが、その情報を信用するなら、まず間違いなく医療系のスキルだ。戦闘に使えるようなスキルではないだろう。もしそれが嘘だったとしても、俺の反射はそう簡単には返せない。俺に先手を打たせた事がこいつの運のツキだ。
そんな俺の拳を……
「はいはいストップ〜」
たった1本の人差し指で受け止めた。
「ッ!!!!」
俺はその光景に背筋が凍った様な感覚を味わう。拳を指1本で受け止めるなど、漫画でしか見たことがない。そんな光景を目にした感動と、簡単に受け止められた事へのショックが、俺の体に同時に流れ込んでいた。
「まぁまぁ、落ち着いて。別にこの場で戦おうとしているわけでは無いから」
「…………どうやって受け止めた?」
「スキルですよスキル。あなたのそんな強力な拳をスキル無しに受け止められるわけないでしょ」
普通、この場合は相手の戦わない宣言にホッとする場面なのだが、俺はここでどうやって受け止めたのかと言う疑問をぶつけた。
相手のその宣言より、どうやって受け止めたのかと言う興味が勝ったことによる現象である。
「とにかく話を戻して、僕は君と戦う気は毛頭ないよ。僕が戦っても、君には到底かなわないからね」
「……皮肉か?」
「違うよ、本心で言っているのさ」
「…………」
俺の拳を指1本で受け止められるのだ。俺の相手など余裕で出来るように見えるが……
(と言う事は……スキルに何かしらのロジックがあるのか……?)
「ともかく! 僕は今、戦うために来たわけじゃない。逆さ、その逆。僕は君に重要な情報をあげに来たんだよ」
「…………それをする意味は何だ」
普通に考えて、いや普通に考えなくても、相手側に自分側の情報を渡すなど人がスキル無しで空を飛ぶ事と同じ位ありえない。何か相手にとってのメリットが、意味があるはずだ。
「僕は医者だけど……とある研究もしているんだ。それを進めるためには、君の協力が必要不可欠なんだよ」
「……なるほどな」
「それに……フェアじゃないだろう? 君には何の情報もなし、こちら側は君の情報を握っている。そんなの全く面白くない。フェアじゃない。だからフェアにするために、君に情報を教えたのさ」
「……変人だな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
1つ目の理由は対して不思議でもないが、2つ目の理由がやばい。情報戦と言うのは、どれだけ相手にとってアンフェアにさせるかと言う戦いだ。なのにこの男は、それを全否定する様な事を言っている。
普通なら、気持ち悪いし共感できないのだが……
(ちょっとわかる俺もいるな……)
俺の心は、短期間で一気に変化したようで、ほんの少し戦闘狂の精神が入り混じっているようだ。自分でも嫌になってしまう。
「時間は君が1人になった時、上空からその3体を落として、一気に決める作戦だよ。対策の1つでも考えておいてね。それじゃ」
それを伝えると、ベドネは体を後ろへ翻し、帰っていってしまった。
別に追う必要は無い。無理矢理追ってしまうと、ベドネの反感を買ってしまうかもしれないし、何より俺の拳を指1本で受け止めたのだ。返り討ちにあう可能性の方が高い。
「…………」
そんな事よりも、ベドネが話した情報だ。信憑性がないとは言え、ベドネが話した情報も加味して明日までに何か対策を立てなければならない。
(虎、兎、龍の3体って言ってたな……)
この3体の中で気になるのはやはり、龍だろう。明らかに1体だけ生物レベルが違う。空想上の生き物だ。
そんな空想上の生き物が存在するのだろうか。大阪派閥の生物技術を使えば、空想上の生き物すらも容易に生み出せると言うことか。
(それに…………)
虎。虎と言えば、俺にとっては、ヤクザの拠点に突っ込んだときに現れたあの黒い虎だ。今考えてみれば、あの黒い虎も大阪派閥の刺客だったのだろう。そしてその虎の十二支獣。あれよりも強いという事は明確。
(これは……今まで以上に考えなくちゃならなくなるな……)
戦いは明日に決まり、俺は気をしっかりと引き締めた。
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