寝起き

「……んふぁ」


 体が自分の意識をキャッチし、重い瞼がゆっくりと、意識の覚醒に向かって開く。眠ったままの脳がバチバチと音を立て目覚め、急な目覚めに少しのだるさを覚える。平均的高校生の一般的な寝起き状態。そんな状態で俺は体を起こした。


 時刻は既に夜。時計を見ると7時を回っており、俺がどれだけ欲望のままに眠っていたかが見てとれる。


「おはようございます……ご飯できてますよ」


「ん……」


 そんな事を考えていると、キッチンから聞き覚えのある声が聞こえる。もちろんのこと袖女だ。


 今更だが、リビングとキッチンはお互いに見えるように設計されており、吹き抜け? と言うのだろうか、とりあえず見える設計になっている。


 俺は首を回し、袖女がいるキッチンを見る。


 袖女はエプロン姿になっており、リビングに料理らしきものを運んでくる最中だった。


「はい、今日はうどんです」


「……お〜う」



 …………ほんと素直になったなぁ。



 初期の頃が懐かしい。ご飯を作ってもらえず、毎日カップラーメンを食べていたころがまるで遠い昔の様に感じられる。


 そこまで調教じみた事はやっていないのだが……時間が経てば心境の変化が起こると言うやつか。人間の不思議である。


「んぐんぐ……そういえば、報酬がもらえるのはいつなんですか?」


「……ああ、いつでもいいらしいぞ……連れて行かせないからな?」


「え〜なんでですか〜」


 当たり前だ。そんなことをすれば、闇サイトを使って任務を受けていたことがバレかねない。今更と思うかもしれないが、どんな時でも秘密を守り通すのが自分に悪いことを起こさない秘訣なのだ。


「ともかく駄目だ。約束通り任務には連れて行ってやったんだから、それで我慢しろ」


「……ちぇ」


 袖女はそれで観念したのか、それ以上駄々をこねず、うどんをすすり始める。俺もそれを確認すると、箸をつかみ、食いかけのうどんを再びすすり始めた。


(……あいつ、強かったな)


 俺はうどんをすする中、あの牛について考え始めた。


 俺を超えるパワー。ちょっと攻撃を加えただけじゃびくともしない耐久力。


 おまけに最後のあの一撃。俺が今まで目視できた中で、1番の威力がある攻撃だった。攻撃するまでの隙を除けば、あの幼なじみよりも強いと言い切れる一撃。


 だが、真に警戒すべきはそこでは無い。あのスキルだ。


 体が消え、無敵状態になるあのスキル。あのスキルが強すぎるのだ。


 いつでも好きなタイミングで消えることができ、なおかつ俺が最後に食らった一撃のように、隙をカバーして起点を作ることもできる。


 攻撃面を除けば、本当に隙のない強力なスキル。一見、弱点などないように見える。



 見えるのだが…………



(あるわけないんだ。何の弱点もない物なんて……)


 何か弱点が、盲点が、デメリットがある筈だ。



 何か……何か……



「……あの」


「ん……なんだ?」


「そろそろ名前ぐらい教えてくださいよ」


「ええ……」


 俺と袖女は自分の名前を教え合っていない。理由は単純で敵同士だからと言う理由だ。というかそれ以外に理由はない。互いに名前が知られれば、お互いに不都合になるんじゃないかと言う事だ。


「駄目だ。自分の立場位は弁えろ」


「大丈夫ですって、神奈川には言いませんから!」


「信用できん。駄目だ」


「信用できないって……う〜ん」


 袖女は、急にうんうん呻き始め、何かを考えるような素振りを見せる。


 それが少し続いた後、袖女は何かをひらめいたのか、バッとこちらを振り向くと、言葉を発した。


「じゃぁ苗字だけでも!」


「……それ意味あんのか?」


「ありますよ! いつまでたっても"袖女"と"あなた"じゃあ面倒臭いでしょう? 苗字だけでも知れれば、生活もだいぶ楽になりますって!!」


「う〜ん……」


 確かに、苗字だけなら不都合は起きなさそうだし、どんな時も袖女と言うのは、少し不便だ。


「まぁ、それくらいならいいかなぁ……」


「ほんとですか!」


 袖女はよほど嬉しかったのか、声が少し上ずっている。


(人の苗字を知れるのがそんなに嬉しい事なのか……?)


「決まりですね! じゃぁ私の苗字は"浅間"です! さぁ! 言いましたよ! 早く! あなたの苗字を!」


「お、おぉ……"田中"だ」


「ふむふむ……結構ありきたりな苗字なんですね」


「ほっとけ、自分でも気にしてるんだ」


「じゃあ早速……田中さん?」


「……浅間?」


 お互いに苗字が知れたところで、早速、苗字で呼びあってみたのだが……


「……やっぱ袖女でいいや」


「……私もあなたって呼びます」


 結局、いつも通りの呼び名に戻ることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る