疲れ

「やっと着いた……はぁ……はぁ……」


 すでに早朝。やっとの思いでたどり着いた俺は、玄関に入った瞬間に力が抜け、体をおろし、疲労が急激に体を駆け巡る。


「ワンワン!!!」


「あ……ブラック……悪かったな、置いてけぼりにしちまって」


 家の奥からは、かなり焦っていたのか、ものすごいスピードでブラックが近づいてきた。


 今回、大阪のスパイの可能性があるブラックには、申し訳ないが留守番をしてもらっていたのだ。四六時中俺にまとわりついてくるブラックの目を盗んで外に出るのは、なかなかに骨が折れたものだ。


 普通ならここで眠っても良いのだが……俺にはまだ、あと一仕事残っている。


「終わらせるか……」


 俺は、嫌がる体を無理矢理持ち上げ、袖女をリビングまで運び、自分のベッドに寝かせた。


 本当ならば、汚れた服も着替えさせたいところなのだが、眠くて疲れてそんな気力は俺には残っていない。


「ふぅ……」


「クゥン……」


 疲れきった俺の姿を、ブラックが心配そうに眺めてくる。


 しかし、今の俺にはそんなことすらも気にしている余裕はない。ヨロヨロと体を動かし、ソファにたどり着くと、体の力を一気に抜き、ソファに寝転がる。


「ブラック……あとは任せた」


 目をゆっくりと閉じた。









 ――――









「あ、ぐあ……」


 暗闇だけだった視界が一気に広がり、私は目覚めた。


「まぶしっ……」


 カーテンから刺す青色の光がまぶしい。長いこと日に当たっていたからか、視界が全て青白く見える。周りを見渡すと、どうやら家に帰ってきていたようだ。


 ……時計を見てみると、時刻は午後6時。


 普通なら、橙色に見える外の光だが、先に言った影響で、その光すらも青白く見えてしまう。


「そうだ、私は……」


(あの時…………)


「……ッ!」


 意識を失ってしまったんだった。


 情けない。神奈川の主戦力、チェス隊の黒のポーンでありながら、真っ向から挑んでこの様とは。


(……いや)


 違う。神奈川の主戦力とか、チェス隊だとかそんな事はどうでもいい。ただ単に、自分の力不足で負けた。


 あの威圧感。あの風格。大阪の主戦力である十二支獣の中でも、牛と言う下から数えた方が早い序列にいながら、同じく神奈川の主戦力である私とは比べ物にならない程の力の差。


「……ッあ……っ」


 ダメだ。気持ちで負けちゃだめだ。

 

 負けちゃだめだと……わかっているのに。




 …………怖い。




 いけない。このままではいけない。何とか話題をそらさなくては。


(そ、そう言えば……彼は……)


 私は意識を失ったはずなのに、家のベッドに寝かせられていた。という事はつまり、私をここまで運んだ人物がいるはず。


 この家を知っている事と、私をあの場所からここまで運べる人物と言えば、彼を除いて他にはいない。


(あ…………)


 私は頭を動かし、リビングの周りを見渡すと、ソファの上に寝転がる人影が1つ。


 もちろん、彼がそこで眠っていた。


(あ……行かないと……)


 私は、まだふらつく体を無理矢理持ち上げ、ヨロヨロと彼に近づいていく。


 何故近づいていくのか、何故ボロボロの体に鞭打ち、彼の近くに行かなければならないのか。


 自分でもわからないが、何故か近づかなければならない。そんな気がした。


「グルル……」


「あ……」


 私が彼の1歩手前まで近づくと、気配で気がついたのか、どこからともなくブラックが現れ、警戒心をあらわにする。


 私が彼に何かをすると思っているのだろう。何かをするにはするが……別に悪いことではない。


「大丈夫。悪い事はしないから……」


 私はそう言って、自分の右手で彼のほっぺに触れた。


 彼のほっぺは問題ない程に暖かく、その暖かさからはしっかりと生気が感じられた。


「よかった……」


 本当によかった。死んでいたらどうしようかと――――


「……いや、違う違う」


 何を言っているんだ私は。彼は敵なのだ。敵は死んだほうがいいに決まっている。



 なのに、なのに――――



「私は……どうなっちゃったんだろ」





 自分で、自分が、わからなくなっていた。


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