返り討ち
牛は今、歓喜に包まれていた。
久々に主に命令を受け、望んだ今回の戦闘。
正直な話、私が出るほどの存在なのかと。私が出るまでもないのではないかと思っていた。
しかし、その予想はうれしい事に、裏切られる事となる。
すばらしい。すばらしい人物だ。
最初の女はスピードだけで、威力などまるで無かったが、次のこの男は違う。
パワーもスピードも私が満足できるほどにあり、絡め手やこちらの動きを読んだ様な一撃。
すばらしい。数十年前の殺し合い程とは言えないが、すばらしい腕の持ち主だ。
確かにこれは、私が相手するべき敵だ。
そう考えているうちに、頭と腹に良いものをもらった。
嗚呼、この相手になら……
本気を出しても壊れないだろう。
――――
「はーっはーっ…………」
俺は今、どこかのよくわからない道路をどこに行っているのかもよくわからないまま、ひょこひょこと歩いていた。
(とにかく……遠くへ……)
今の俺の状態は、左腕に袖女を担ぎ、体は腹だけではなく、体の至る所から血を吹き出している。コンディションも体力も最悪といえよう。
(まさかたった一撃だけで、ここまでダメージを負うとは……)
一撃だった。
たった一撃。されど一撃。あの巨体から放たれたたったひとつの拳は、まるでミサイルのように俺の腹に着弾した。
普通、拳と言うのは面にしか衝撃を与えられない。ある1つの場所にしか、衝撃を与えることができないのだ。
しかし、あの牛の一撃は、そんな戦闘に置いての常識すらもあざ笑うかのように、"爆発"した。
拳の着弾点。腹にしか衝撃を与えられないはずの攻撃は、俺の腹に着弾した瞬間、爆発したかのように、腹だけではなく、俺のあらゆる体の部位に衝撃を与えたのだ。
俺がさっきから言っている、爆発と言うのは比喩表現で実際には爆発なんてしていないのだろう。
しかし、本当に爆発したと錯覚するほどに、俺の体のあらゆる部位は破壊されていた。
それが牛のスキルなのかは分からないが、ともかくものすごい一撃だった。
俺はその一撃だけで、こんなところにまで吹っ飛ばされ、今に至ると言うわけだ。
(1つランクが上がるだけで、あそこまで違うのか……)
鼠とは、スキルの厄介さも基本スペックも段違い。別格の強さだった。これからは1つランクが上がるだけでも、用心して戦わなければならない。
(とりあえず今は……)
俺と袖女を回復することのできる手段を確保しなければ。
……と、考えていると、近くに小さめの病院を見つけた。
「有難い……!!」
既に深夜にもかかわらず、閉店の看板を気にせず、俺はロックされたドアを無理矢理こじ開け、病院の中に入る。
病院の中に入ると、おそらくこの病院の医者であろう老人が、俺に背を向けている状態でパソコンを開き、業務をこなしていた。
「ん……? すいませんねぇ、うちはもう閉店で……」
「気にする必要はありませんよ」
俺はそう言いながら、一瞬にして接近し、医者の頭を吹き飛ばした。
「少しポーションをいただくだけなので」
――――
「こんなもんだな……」
俺は医者を殺害した後、奥の倉庫にあった上級ポーションをあるだけ俺と袖女にかけまくった。
おかげで俺も普通に歩けるまでは回復し、袖女は出血が止まって肌に潤いが戻り始めた。人の体が治る光景を実際に見ていると、今の技術の凄さを痛いほど体感させられる。
スキルの無い時代に薬と言うものを開発した人間には、もう頭が上がらない。
そして俺は、医者が起動しっぱなしだったパソコンを使い、今ここがどこなのかを特定する。
「……! かなり遠いな」
どうやら我が家とは逆方向に飛ばされた様で、我が家からはかなりの距離がある。都市は大阪派閥本部のある都市と変わらないが、だいぶ遠いところまで吹っ飛ばされたようだ。
「こりゃ帰る頃には朝だな……」
長い夜になることを覚悟し、袖女を担いで外に出た。
――――
同時刻、とある1室。
「まさかの結果だね……」
「ああ、まさか鼠が殺されるとはな」
「いや、違うよネーリエン。僕が驚いているのはそこじゃない。ネームドであるタウロスが全力を出したことに驚いているのさ」
「ならばベドネ、お前は鼠が殺されるのはわかっていたと?」
「いや? 僕も鼠が死ぬとは思ってなかった。しかしまぁ……鼠はhyper1人程度の強さしかないからね。もしかしたらとは思っていたけど……って感じだね。だから本当に驚いているのさ。タウロスに全力を出させた彼にね……興味が湧いてきたよ」
「ほう…………」
「調べてみたいね……彼の事を」
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