VS牛

 消えてなくなった牛。それは鼠の様にすぐさままた現れるわけでもなく、数秒間、牛が消えてなくなった時間が続く。


(風の変化も何も感じない……鼠みたいに超スピードで動いてるわけじゃないっぽいな……)


 そもそも、あの巨体で数秒間も姿かたちが見えなくなるほどのスピードを出せるとは思えない。何か仕掛けがあるはずだ。


(よし……)


 俺は家が見えなくなった数秒間を利用し、後ろで倒れている袖女をしゃがんで持ち上げようとする。


 こんなところでぶっ倒れていてもらっても邪魔だし、こんなところで死んでもらっては困る。袖女にはまだまだ家事をしてもらう予定があるのだ。


「よっこらしょ……」


 俺は袖女の腰に左手を回し、袖女を布団干しのように持ち上げる。


 そして……俺の頭に向かって飛んできた拳を、闘力を宿した右手で受け止めた。


「やっぱりな……大体後ろなんだよ。単純なヤツの不意打ちって」


「グウッ……!!」


 ここまでの1連の動作はどういうことなのか。1から説明しよう。


 牛が消えて、あたりが静寂に包まれた時、俺は周りを見渡し、どう攻略するかの思考を巡らせていた。


 ……とはいっても、周りにあるのは崩れた瓦礫とテレビに映ったらモザイクがかかりそうなぐらいグチャグチャになった袖女のみ。普通ならば、かなりの時間を使わないと名案は浮かばないだろう。


 しかし、戦闘中と言う極限状態の中、俺は限界を超えた頭の回転を実現させた。


 瞬時に思いついた1つの策、その作戦は簡単に説明すると"隙を見せて敵をおびき寄せよう作戦"だ。


 これを行えば、牛の動きを少なからず制御することができる。相手の動きがあらかじめわかっていれば、対処など簡単だ。


 こいつら十二支獣は基本的に単純な思考回路をしている。普通の人間ならば絶対に引っかからないような作戦でも、こいつらなら引っかかると言うわけだ。

 さらにうまくいけば、相手のスキルの全貌をつかむことができるかもしれない。


 そんな淡い期待も込めた、俺の作戦だったが……


「まずまず成功……ってとこかな?」


 まずまず成功と言う形で終了した。


 まずまずの成功の理由としては、作戦自体がそもそも成功したのと、スキルの全貌はつかめなかったものの、スキルの情報自体は手に入れることができたのだ。


 肝心のスキルの情報と言うのは、牛は消えた状態で攻撃出来ないと言う物である。


 俺は牛の姿を認知せず、俺に向かって飛んでくる拳の風圧により感知して、拳を受け止めた。

 なので、姿をはっきりとは見ていないが、月の光によって照らされた地面の影には、しっかりと俺と牛の姿が写っていた。月が初めて俺の味方をした瞬間である。


 つまり、牛はしっかりとその姿を表している事がわかるのだ。


 なので……


(牛が消えているときは絶対安全……!!!!)


 某超有名FPSの女性忍者の能力みたいなもんだ。何秒間か無敵になれるが、その間使用者からは攻撃できない。


(敵と戦うたびに思うけど……敵のスキル強っ)


 ビビるほど強いスキルだ。攻撃性能が高いスキルではないが、退避にかく乱、不意打ちなど幅広いタイミングで使える汎用性の高いスキル。


「だが……使用者が無能なら意味ないな」


「グアア!!!!」


 俺の言葉が理解できたのかわからないが、大きな鳴き声を上げて、俺に抑え込まれていない方の手で拳を作り、俺に向かって打ち込んでくる。


 しかし。


「遅い」


 何の効率も考えていないような拳など、遠の昔に攻略済みだ。他の人間からはどうなのかわからないが、今の俺からしたら鼻息レベルだ。


 俺は向かってくる拳をヒラリと回避し、ガラ空きになった腹に右拳を叩き込む。


「ゴグッ!!!」


 俺の一撃に、牛は巨体を揺らしながらもだえる。


 それも当然だ。俺の拳は反射の乗った拳。後ろに振りかぶって勢いを付けずとも、コンクリート位なら破壊できる近距離に至ってはかなり上位と言っていい拳だ。


 コンクリートを破壊する拳が、筋肉に勝てないわけがない。


「このまま……」


 俺は闘力操作を体に宿し軽くジャンプし、牛よりも視点を上に立ち、右足で牛の頭に強い蹴りをお見舞いした。


 頭を地面に叩きつけられれば、動物は強い脳震盪を起こす。脳震盪を起こせば、少しの間体が硬直し、攻撃する大チャンスが生まれるのだが……


「……やっぱ、そう簡単にはいかないか」


 普通なら脳震盪を起こし、体が言うことを聞かなくなるこの状況。この圧倒的不利な状況に、牛は少しずつ半透明になり、ついにはその姿を消した。


「…………」


 なぜ動けるのかと言う疑問に対して、考えられる理由としては、人間とは違う牛の骨格があげられる。あんなに筋骨隆々な体つきをしているのだ。頭の骨格も筋肉ももちろんのこと大きく発達しているだろう。その頑丈な頭蓋骨を使って俺の攻撃による脳の揺れをカバーしたに違いない。




 さて、この牛が消えている時間はこちらからもダメージを受けない時間なわけだ…………




「が……!?」




 瞬間、推定2メートル先に牛が急に現れる。


「だがな……!!」


 目の前に牛が現れたわけではない。牛が現れたのは推定2メートル先の場所。


 目の前に現れたならともかく、2メートル先の相手に不意打ちを食らう事はない。俺はしっかりと息を整え、余った右手で迎撃体制を整える。


「グルル!!!!」


 しかし、ここで牛は突拍子もない行動に出る。


 なんと牛はそのたくましい右手で拳を作り、床を攻撃したのだ。


「なっ……」


 床を攻撃したことによるひび割れは、俺の真下の床にまで広がり、俺の足場を不安定にする。


(しまっ……)


 足場が不安定になったことにより、元々袖女を左腕に抱えていて、重心がブレていた体が、一気に崩れる。


 油断していたのだろう。十二支獣は危険だと散々言われながら、いざ鼠と戦ってみるとどうってことなかったことによる気の緩み。こうなって当然なのだ。









 たとえ俺の腹に、思いっきり振りかぶった拳が直撃しても。



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